いまとなってはさようなら

 あいつ、いつかオレに置いてかれるって、さんざん当り散らした時期があったんだぜ。信じられるか。真面目で大人しくってよ、誰にでも優しくって人当たりのいいあいつがさ、泣くんだ。泣いて置いてかれるのは嫌だって、ずっと一緒に生きていたいって、泣いたんだ。信じられねぇだろうなぁ。でもまあそれはさ、オレだけに与えられた特権てやつなんだよ。そうやって怒鳴られるのも、泣かれるのも、不謹慎だけどオレはさ、嬉しいって思ってたんだ。誰にでも感情をあけすけにするヤツじゃあないだろ、あいつ。あいつはオレだけに心の底の本音をぶつけてくれる。オレだけにしか、言えねぇんだ。不器用で、本当に、本当に愛しかった。あいつはいつも、自分の中に流れる竜の血に怯えてたよ。やれ成長が人より遅いの、やれ顔が人より童顔だの、そりゃ理由としてあげられるものだったらなにからなにまで、太陽が東から昇るのもそのせいだって言わんばかりになにもかもをこじつけていやがったんだぜ。神経質になっちまったんだろーなあ。オレはオレで、そんなことないって言いながら、それでもどうなるか本当のところなんてわからなくてよ、たぶん置いていくんだろうなってどこかで思っていたのかもしんねぇ。ちっともよくなんねぇあいつの言動は、たぶんオレが原因だったんだ。なにか気休めでもいい、置いていったりなんかしねぇ、ずっと一緒にいる、生まれ変わってもお前を探し出してまた、お前を愛するよって、そう言ってやればよかったんだよな。馬鹿だなあ、オレ、本当に馬鹿だ。あいつはオレを置いていかない・だなんて、そんなふうに思っていたんだな。結局オレはあいつに何も伝えられないまんま、結局。
 あいつに置いていかれちまった。

 穏やかな毎日を繰り返していた、ある日のことだった。仕事に行く前の早朝、ベッドから起き上がったエイトはひとしきり泣いて、怒って、肩を落としながら食パンとめだま焼きを食べて、しっかりした顔つきで家をでていった。ここ最近は変わらない、それが朝の日常だった。他人からすれば、それはおかしい日常なのだという。けれどククールは、他人が思うほどにそうとは思えなかったけれども、たしかに街中ではふつうに暮らすことが出来ないことも知っていた。ひそひそ噂話と、他人の目が気になって、暮らしにくかった。だからそうして人目を避けた谷の上、森の奥、三角谷の近くの緑深い場所でいつしかふたり、暮らすようになった。幸いふたりして便利な移動呪文を知っていたから、一度行き着いてしまえばなんの不自由もなかった。かえって静かでいい。そうして誰の目も触れない、ふたりだけの世界を作り上げてしまった。なにが起きてもそれがふたりの間で起きたことなら、あるがままに受け止めた。それがふつうだった。ほんの少しばかり、ふつうから逸脱したものではあったけれど。
 にっこり・と、笑いかけてくれるようになった。そんな日が一週間ぐらい続いて、