Thank you!!my darling








 古びて錆び付いてしまったガラクタのようなものでも、ぴかぴか光って見える。そんなことってあるんだろうか。心底不思議な気持ちで、宝箱に詰まったガラクタをエイトは見下ろした。たぶん、これを見たおおよそ殆どの人は指をさして「ただのガラクタだな」って言うに違いはない。けれど、このガラクタに思い出を詰まらせたエイトは、ただのガラクタだなんていうことは出来ないし、ましてや今も尚、宝物のように光り輝くかけがいのないもののように思えてしまっている。

「なに、見てんの?」
「ククール」
 横から覗き込んできたひどく顔の整った聖職者は、聖職者らしからぬみだりで色っぽい顔つきでエイトに顔を近づけた。ともすれば口付けあってしまいそうになる距離感に思わず身を引くが、ククールはそれを許さない。反対側から伸びた腕にぐるりと抱きかかえられてしまえば、行き場を失ったエイトはなされるがままにククールの口付けを受け取った。反射的に目を瞑ったが、それに気を良くしたククールは軽く合わさっていただけの唇をもっと貪るように深く合わせてきた。
「ちょっと…」
 口を開けばこれ見よがしに侵入してくる舌の動きは艶かしく、直情的な誘いかけを匂わせているようだった。それ応えるわけではなかったが、エイトも伸ばした手をククールの首に回し、身を委ねた。深く重なった唇が離されると、ククールは熱っぽい目でエイトをとらえ、機嫌よさげに微笑んだ。
「エイトもその気?」
「まさか」
 胸から局部へと這わされそうになった手を、エイトは跳ね除ける。途端、不満げな表情に変わったククールを見て、口端をあげたエイトは「あとで、な」と含みを持たせて宝箱の蓋を閉めた。
「後でかよー。あんまり焦らすと、俺浮気しちゃうかもよ?」
「浮気なんかしたら、殺してやる」
「真顔で言うところがすっげーこえー」
「嫌いになった?」
「イヤ?愛されてるなって思う」
「お前もなかなか歪んでるよな」
「エイトこそ」

 秘密を共有しあうように、笑いあう。恋人の顔から友人の顔へ変わるように、ふたりの間の変化は激しい。けれど、自然に移り変わるそれはお互いに苦ではなく、むしろ当たり前のことだった。
「で、なに見てたの?」
「思い出」
 友人の顔で何気なく聞くククールに、エイトもまたしれっと答える。かつては瑞々しく咲いていただろうシロツメクサの花冠に、ひのきを削って作った歪な剣。ふうん・と、鍵のかけられた宝箱を横目に、ククールはベッドに腰をかけた。
「姫さんとの、思い出の品って?」
 友人の顔をしていたはずのククールは、一瞬燃えるような嫉妬を垣間見せる恋人の顔になってエイトを問い詰めた。いや、詰め寄られてなどいないから、問い詰めたというのは語弊があるが、少なくともそれに似た威圧感をエイトは感じた。
「…そうだよ」
「ふうん」

 息を吐くようにククールは呟くと、不貞腐れたようにベッドに転がりエイトに背を向けた。女たらしでこなれた遊び人の癖に、エイトに関しては恐ろしいほど独占欲の強いククールは、昔からよくこうやってなにかしらに嫉妬しては拗ねてきた。エイトはそれを面倒くさいと思いながら、けれどなんだかんだと放っておけずに今まできた。今日もまた、拗ねたククールの傍に寄って、抱きしめて、キスをして、ご機嫌をとってしまうんだろう。
「ククール」
 呼びかけても返事も返らないその様は、まさに彼の拗ね具合を現しているようで、エイトは気付かれないようにひっそりと笑った。背を向けて横になったククールは無視を決め込んでいる。ならば。

 そっと近付いたエイトは、きれいな形の耳にそっと近付いてキスを落とした。ぴくりとククールは反応したが、なにも言葉は発さない。頑なだな・と、更に耳を唇で軽く食んで、息を吹きかける。
「誘ってんの?」
「いいや」
 反応は見せたがぶっきらぼうな物言いをするククール。エイトが首を振ればククールは眉間に皺を寄せてさらに明後日の方向を向いてしまった。分かりやすいな、だなんて本人には言わないけれど、それを見るとエイトは微笑を深くしてしまうほど楽しくて仕方がなくなる。
「誘ってるんじゃなくて、襲ってるの」

 ほら・と、エイトは思う。振り向いたククールは、上がりそうになる口端をどうにかこらえているようだ。その顔に唇を近づけて行ったのはエイトで、ククールは満足そうにこの口付けを受け入れている。

「俺は襲われるより、襲いたいんだけど」
 もうすっかり機嫌のよくなったククールはへらりと顔をにやけさせ、エイトの腕を引っ張ってベッドの中に引き込んだ。ククールの身体の下に組み敷かれたエイトは、深く深く唇を貪られる。息をつく間もないほど激しく強く、口の中で蠢く舌はまるでエイトの全てを求めているようで、エイトの身体は熱く火照った熱に浮かされそうになる。離れていく唇に名残惜しさを感じて、エイトは伸ばした手をククールの頬に添えた。
「ん?」
 添えた掌に手を添えられて、小さく口づけられる。すると胸が締まるような切ない気持ちが溢れて、エイトは口を引き結んだ。

(しあわせと……好きの、気持ち…)

 ない交ぜになって、ただ嬉しいとしか言えない。強く強く抱きしめて欲しくて、腕を広げたら思った通りに抱きしめてくれた。ベッドの横には先程蓋を閉じた宝箱。あれは昔を思い出す大切な思い出の宝箱だけど、これは。今、エイトの腕の中にあるものは、一時も離し難いなによりも大切なひと。

「…お前があれを見て面白くないと思う気持ちは、俺がお前とマルチェロを見てるときの気持ちとおんなじだね」
 呟けば、抱きしめられた腕の力がさらに強くこめられる。しあわせを抱きしめたエイトは喉の奥で、誰にともなく「ありがとう」と呟いた。






2011/6/15     ナミコ