スタンドバイミーを手に 4






 今度はちゃんと、母さんを連れてくるから。と言って帰ってしまったあの子に無理やりついていけばよかったのかもしれない。

「あの子、あれから全然来ないわね…」

 なんの音沙汰もなく月日は過ぎ、今日で1ヶ月ほどの時間が流れたことになる。何処にいるかはわからない。けれど何処かで確実に生きていてくれる。それすら分からなかった今までに比べたら幾分が気持ちは軽く感じられるが、何処かにいる筈なのに会えないということが、今までより一層に心を焦らして掻き立てる。
 会いたくてしょうがなかった。言葉を交わしたくてしょうがないと思っている。どうして姿を現してくれないのだろうか。ゼシカはそれが悲しくて、とても寂しかった。


 コンコン
「!、はぁい」

 ドアを叩くノックの音に、ゼシカの心は期待に弾む。あの子が来てくれたのではないのだろうかと、そう思って扉を開けば、銀の髪に紅い衣装をまとったかつての仲間がそこにいた。
「なによ…」
 期待はずれにもほどがあるわ、ゼシカは少し悲しくなったけれど、ああでもあの子もこいつと同じブルーの目をしていたな、と思い出した。エイトがどうしてあの後姿を消したのか、ゼシカはその理由を知らない。けれどこいつは…ククールは、誰よりも必死になってエイトを探していて、ゼシカは自分の知らないことが二人の間にあったのだろうとぼんやりと認識したのを覚えている。
 きっと不器用な二人のことだ。不器用なまま自分の気持ちなんか伝えようともせず、すれ違ってしまったんだろう。するする口から嘘と美辞麗句は出るくせに、このヘタレ男は。

「なんだよ、ゼシカは相変わらずつれないなあ…」
「…あんたは本当に懲りてないのね。 そういう冗談ばっかり言っているから…エイトは……」
「……悪い…。でも冗談でも言ってないと」「心が張り裂けんばかりだって? エイトはいつだってそんな気持ちでいたはずよ!」

 ククールの言い訳なんて聞いてられないと、ゼシカはまくし立てる。後になって知ったゼシカに、旅をしていたときのククールの言動を責めるなんて事は出来ないはずなのだけど、そうせずにはいられなかった。

「あんた、エイトが好きだったんでしょう!?」
 傷ついたようにうろたえるククールの表情に、苛立つ。責めるゼシカの言葉にククールはなにを思い出しているのだろうか。宿屋に泊まったとき、時折一緒に降りてくる二人を知っていた。それとはまた別の日に、ククールが宿屋に戻らず一晩中どこか出かけていたときがあったことも。それをエイトはどんな気持ちで見ていたんだろうか。考えると苦しい。
「あの頃のオレは…弱くて、臆病で…一つのことに執着する自分自身を否定せずにはいられなかったんだ。…ガキだったと思う。今さら後悔しても遅いけど―――」
 ククールは逡巡する。いつもいつだって、エイトはそっと寄り添うように支えてくれた。ククールに限らず、ヤンガスにも、ゼシカにも同じように手は差し伸べられ、エイトの広い心に受け止められて旅をしていた。みんなの心の拠り所のようなものだったはずだ。けれど、エイト自身の心は一体誰が支えてやれたんだろうか。
 二人きりで夜を営んでも、それだけで何もなかった。いや、なにかいいたげにこちらを見ていたエイトに気付かないフリをして、遠ざけていたのだ。なんて馬鹿なことをしたのだろうか。失ってはじめて、ククールは気が付いた。
 自分がただ、どうしようもなく、エイトのことを好きだったということに。


「子供が、来たんだってな」
「そうよ。黒髪の、エイトに似た男の子よ!あんたと…同じ目の色をしていたわ。あんたが父親なんでしょう?」
「ああ…」
 でなければ、嫉妬で気が狂いそうになる。諦めたくても諦めきれないまま、心を一緒に連れてかれたようなそんな気持ちで今までずっといた。もっとも、いなくなってしまったエイトは、ククールの心を持ってったまんまだなんていうことは一切わかっちゃいないだろうけど。…それでも、幸せに暮らしてるのならいいさ。なんてきれいごとは言わない。自分以外の誰かと幸せに暮らしてたら、そいつを殺してやりたいくらい嫉妬するに決まってるから。

「…会いたい」

 絞り出すように出した声は震えてた。会いたい。エイトに会いたい。ごめんって謝って、抱きしめて愛してるって言って、抱きしめ返してほしい。
「なくしてはじめて気が付くなんて、馬鹿もいいとこだよな…」
 自嘲気味に呟いて、ククールはため息をついた。
「俺、今もドニを拠点にふらふらしてるんだけど、今日からリーザスの宿に泊まるわ。だから、俺の息子が来たらすぐ教えてくれよ」
 よろしくな、と呟いたククールはどこか吹っ切れたような様子でゼシカに言った。呆気にとられたゼシカはしげしげとククールを見る。つまり、腹をくくった、ということなんだろうか。
「…どうせならうちに泊まりなさいよ、部屋も空いてるんだし」
「いや、ありがたい話だけどやめとく。女しかいない家に泊まるのも誤解を招きそうだし…お互いにな。なんつーか今更だけど、そういうのちゃんとしておきたいっつーかなんつーか」
「…あんたって悪ぶってるけど根はクソまじめよね。昔遊びまわってると見せかけてたけど、エイトとそーゆー関係になってからは浮気はしたことないものね。エイトは鈍いからわかんなかっただろうけど」
 ほんと意地悪、とゼシカは呟いた。こいつは、この男は。結局そういう形でエイトの愛を試してたのだ。傷ついた顔をみて、それでやっと信じられる。
 ククールの幼少期の性格形成を思えばそれは仕方のないことかもしれないけど。

(めんどくさい男だわ。)

 宿屋に向かって歩くククールの背中を見て、ゼシカはそう思ったのだった。






2017/7/22 ナミコ