4 ダーハルーネの街で






 逃げた祠の先の旅の扉で行き着いてから、出会った仲間がひとり、ふたり、三人と増えた。一番大切で大好きなのは変わらずカミュだったけど、ベロニカもセーニャもシルビアも、大切で、信頼できる仲間で。一緒に過ごすことが本当に楽しくて。
 …だから、デルカダールで起きた忌まわしいことは思い出さないよう蓋をしていたんだ。

 でも、ダーハルーネの町で金色の髪を持つ長髪の兵隊長を見て、足がすくみそうなほど怖くなったんだ。

 欲情の捌け口にするでもない、ただ痛めつけるためだけに俺を犯したあの人の冷たい目を見ると、心も身体も凍り付きそうになるから。だから一瞬出遅れた。かばうように俺を逃がしてくれたカミュが捕まってしまって、みっともないくらい取り乱した俺を仲間たちはどう思っただろうか。突き放される?…でも仲間たちは叱咤して勇気づけてカミュを取り戻そうって言ってくれた。ああ、俺はひとりじゃないんだなって、少しだけ強くなれた気がした。でもまだ、やっぱりカミュがいないと不安で仕方がない。



***



 レヴン達を逃がしたところでカミュは心底ホッとした。ただならぬ雰囲気で怯えたレヴンの顔を見て、ああ、あのときレヴンを犯した誰かがいるんだな、とはっきりとわかったから。縋るようにこちらを見たレヴンの手を強く握り「大丈夫、俺がついてる」と呟いた。だからこれは当然の結果だろう。それでもカミュは構いやしなかった。レヴンが無事ならそれでいいのだから。

「お前、地下牢にいた盗人か」
「それがどうした」
 柱に縛り付けられたカミュに、そいつはゆっくり近づいて話しかけた。値踏みするような視線で冷たく射るように見る男は、そこらにいる兵士とは力も経験も桁違いなのは見て取れた。噂では聞いたことがある、たぶんこれがデルカダールの双鷲。白い甲冑に金色の髪を持つ、デルカダールの上品なご婦人方に人気の高い美形軍師ホメロスだ、と。

「そういう顔立ちなら、洗礼を受けても仕方がないと思ったんだがな」
「ハハ、初日に歓迎されたぜ」
 思い出しても胸糞わりい、とカミュはホメロスを睨みつけた。見目麗しい顔立ちだ。今でこそ軍師という力ある立場についているが、そうでない一兵士の時はどうだったのだろうか。洗礼だのなんだのと言うだ、そうして罪人をいたぶることを黙認しているのはだいたいかつて自分もそうでされたものが多いことをカミュは知っている。

「生意気なやつは私が直々に教育を施してやるんだがな」
「あんたも昔はそうされたのか?」
 侮蔑を込めてそう言ってやれば、反射的に拳が飛んできた。カミュの推測は間違ってなかったのだろう、容赦なく顔に叩き込まれた拳には怒りがこもっているようだった。
「盗人風情が身の程を知れ」
 燃えるような怒りを孕ませながらホメロスはカミュの首に手をかけた。ギリ、と食い込む指が容赦なさを物語っている。酸素の取り込めないまま息苦しさに顔をゆがめるが、カミュは引く気など到底なかった。
 きっとこいつだ。と、カミュの本能は告げていたから。こいつがレヴンを貶めた。苦しさに目が霞んでも、カミュはホメロスを睨みつけることをやめなかった。

「ホメロス様!方々捜しましたが、見つかりません!」
 広場入り口から聞こえる兵士の声に、ホメロスの気が一瞬削がれた。チ、と舌打ちをすると、もう一度カミュの顔を殴りつけ、ホメロスは振り返って兵士たちへと声を荒げた。

「なにをやっている!ここはもう私だけでいい、全兵士でもって悪魔の子を捜し捕らえよ!」

 急に気道に入り込む酸素にカミュはガハゴホとせき込む。いつか、あの牢から出るときは自分にこんな仕打ちをした兵士の喉かっ切ってやるって思ったっけ、と考えるけど、今考えてるのはそんなことじゃなかった。自分の事よりなにより、レヴンを凌辱したこいつを殺したくてたまらない、と。

「あんたがレヴンをヤったんだな」
「悪魔の子には当然の所業だろう」

 悪びれることなくホメロスは言い放ち、乾いた笑いを落とした。それの確証が取れただけで十分さ、今は。と、カミュは忌々しげに目を伏せた。

「カミュ!」
 小さく呼ばれた声に、カミュは振り返る。どこをどうやってやってきたのか、いつの間にか広場の後方にきていた仲間たちを誇らしく思う。ちょうどタイミングよく、ホメロスは前を奔走する兵士たちに目を配っていたものだからちょうどよかった。隙を見てカミュを拘束するロープを断ち切り、取り戻す。
それに気づいた軍師は慌てて対峙するが、一足遅かったようだ。なりふり構わず抱きつくレヴンを抱きかかえ、カミュ達は後ろへと退いた。

 意表を突かれ、苦虫を噛み潰したような顔をしたホメロスは兵と共に追いかけたが、海から船を走らせたシルビアによって退路は活路に代わって新たなる道辺を照らしてくれた。

「カミュ、良かった!カミュ!」
「おま、ちょ…、」
 ぎゅうぎゅうと仲間の目なんてお構いなしにレヴンはしがみ付いては離さなかった。忌々し気にこちらを見る軍師様の目はいっそ狂気じみてるほど殺気がこもった目でレヴンだけを注視していた。

「なぁに、レヴンちゃんたちってば、やあねえ」
 ばしんと背中を叩かれて、意味深に笑うシルビアにはどうやらばれてしまったらしい。
「なになに?」
「どうかしたんですの?」
「なんでもねーよっ」


 あはは、と笑いながら遠ざかる一隻の船を見ながら、ホメロスは尚強く呪った。
傷付け、嬲り、貶め、尚。光を失わないお前が憎くて。

(ああ、お前の十分の一でも私に素直さの欠片があったのなら、なにかが違っていたのだろうか。)

 地に堕としてなお届かぬ所へいこうとするレヴンが心底憎い、と。

(もっと、踏みにじらなければ。もっと、貶めてやらなければ)

 そうでなければ、闇にとらえられたわが身では、到底耐えることなどできないのだから。
 あの、ひかりに。





2017/9/2 ナミコ