5 終焉、そして。






「キミ達って、本当に仲がいいんだね」

 藁に背をもたれかけながら、こっそり手を繋いでカミュとお喋りしていたら、後ろからマルティナがそう話しかけてきた。さりげなく手を離して、後ろを向く。

「こんなのいつものことよ、もう慣れちゃったわ私」

 呆れた様子のベロニカは肩をすくめてそう言うと、セーニャとのお喋りを再開した。
「マルティナちゃん、いらっしゃい。私たちは私たちで女同士のお喋りに花を咲かせましょ」
 柔らかく手招きするシルビアに、引きよられたマルティナは「それもそうね」と呟くと丸太に腰掛けるシルビアの横へと腰を下ろした。
「わしは?わしも入れてはくれんのかのう」
「おじいちゃんは本でも読んでればいいんじゃないの?」
 ほら、そのいつもこっそり見てるやつ、とシルビアが言うと「な、なんのことじゃ」と焦りを滲ませながら仲間たちからやや距離を取ったところで鍛錬に励み始めた。
 小さくクスクス笑う声が時折交じり、他愛のないかけがえのない時間はゆっくりとだが確実に進んでいった。
 苦しみも悲しみも、つかの間忘れてしまえるほどに。

 だけどあの美しく気高い世界樹が崩落して世界が闇に満たされたとき、仲間たちと離れ、ひとりになった。ひとりでいることなんかできないと思ってたのに、いざひとりになると不思議なもので、どうにかこうにか動けたのだ。はじめはみんなを探すように。いちばん初めに出会ったのは仲間ではなかった人だったけど、その人のおかげで踏みにじられたと思った大切な者たちは生きていたのだと知り深く感謝をした。
 かなしみがひとつ軽くなって、それから母の言葉が今となって心に思い浮かんだ。「ひどいことをされたからと言って、ただやり返すのは格好の悪いことだよ」と。どうして今思い浮かんだかなんてわからない。だけど思い浮かんだということは、考えた方がいいことなんだろう。いま、考えてもレヴンにはまだよくわからなかったけれども。

 歩いた道筋を辿るようにもう一度歩けば、仲間たちと二度目の邂逅を果たすことができた。なくしたものを取り戻す道筋だと思ったけど、カミュが記憶をなくしてしまっていたと知ったときは言いようのない喪失感を覚えた。だって、カミュだったら「よくやったな」って笑って甘やかせてくれるような気がしていたから。でも頼りきりのそれはだめなんだって、運命は教えてくれたのかもしれない。今度、カミュの手を引くのは俺で、カミュが俺を救ったようにカミュを救うのが俺自身なんだってことを。

 カミュが自分を取り戻したとき、それと同じように無くしたものすべてを取り戻すことができそうだなって思ってしまったんだ。…本当のところは、たったひとつのかけがえのない人を犠牲を礎にしてのことだったのだけれど。

 俺は成長したよね。もう、間違えないし、迷わない。だからもういちど、あの恐ろしいほど冷たく悲しい目をしたあの人の前に立ったとしても、震えないし足もすくまない。胸を張って対峙できるよ。


 それは大きく広い天空魔城だった。迷いそうになるくらい広い城内を抜け、あまたの仕掛けを開錠し、辿り着いた奥で彼と対峙した。もう足はすくまなかった。背中を支えてくれたのはみんな。あの世界樹の時だってきっと支えてくれたに違いなかったのに、俺は俺の中の恐怖しか見えてなかったんだね。あの日俺を嬲った彼の冷たい暗い目はかわらずそこにあったけど、剣を持つ手はしっかりとしていたから。




***




 魔王を倒して世界から光を取り戻した。なのに、心は晴れないまま、レヴンはぼーっと空を眺めていた。だってひどいじゃないか、あんな仕打ち。
 思い返せば返すほどひどく陰鬱な気持ちになっていく心の内を、レヴンはひどく持て余していた。気を緩めれば泣いてしまいそうで、ぎゅっと口を引き結んで耐えていた。

「そんな顔すんなよ」
 たしかにベロニカのことは悔やんでも悔やみきれないけどさ、と。優しい掌がレヴンの目を塞いだ。いたわるようにカミュが腕を伸ばし、あやすように背中をたたいた。瞬間、涙がこぼれた。それは悔しかったからじゃなくて、罪悪感からだ。
 レヴンが考えていたのはベロニカのことではなかったから。たしかにベロニカのことは悔しくて悲しくて―――、でもそれ以上にレヴンの心を占めていたのは、あの魔城で終焉を迎えたあの人―――ホメロス―――のことだったから。
 だってそうだろう。あんなにもひどいことしたくせに、あの人が求めていたのはたったひとつの光で、しかもそれはレヴンではなかった。グレイグだった。自らの光を光の象徴である勇者と重ね合わせて、言えないことを、できないことを、ぶつけ、嬲り、いたぶっただけだったんだろう。その証拠に、ホメロスはレヴンを見もしなかった。せめて憎まれでもしたいた方がどれほど良かっただろう。でもなんにもなかったのだ、なにも。

 縋るようにカミュの腕の中にうずくまれば、優しい手が背中を撫でてくれる。優しいカミュ、大好きなカミュ。求めれば求めるままに与えてくれるのに、その腕の中でレヴンの頭を占めているのは違う男のことだった。いったいいつからこんなことになってしまったんだろう。カミュの手から幸せを貰っていたはずなのに、当て馬のように利用され傷付けられたことしかレヴンの心に残っていない。悔やむ気持ちはそれだけで溢れんばかりだ。





2017/9/3 ナミコ