C l a r a






「やっぱりククールには黒と赤がよく似合うわ」
「そう…かなあ」
 口々に似合うと声をあげるメイドたちはあまりあてにならないことを知っている。たとえ上から下までピンクのきぐるみを着せられたとしても、父と母が「似合う」というものには似合わなかろうがその声に同調する。それが主に従う使用人というものだろうし、と小さくついた嘆息はすべてを着用したことにより息をついた、ということにして、目の前に持ってきた鏡に全身を移してオレは前、後ろとそれがどう見えるかを確かめた。
 ワイシャツに黒のベストとズボン。一見して普通のスーツを模したものに見えるそれは、細やかな装飾にひときわ気を使っている――――例えば、銀のボタンに彫られているのはすべてハロウィンをかたどったジャック・オ・ランタンが刻み込まれていたり、普通のワイシャツでは有り得ないアート的なパターンをとっていたりとか、黒に溶け込む上品な赤い糸で刺繍が施されていたり、などだ。

「今年のボタンは芸が細かいわねぇ」
 しげしげと袖口のボタンを品定めする母の顔は、芸術品を見る貴族のものの顔だった。今年は、とのたまった母が言うように、毎年毎年ハロウィンの衣装は決まってヴァンパイアで、さまざまな趣向を凝らせて母は自ら仕立て屋に赴くのだが、それと同時に決まってもうひとつ、リブルアーチの彫刻家に銀のボタンに絵を彫らせてもいるのだ。
 兄がまだオレと一緒にハロウィンに参加していた頃なんて、ふたりぶん揃って注文をしていたっけと、思いをめぐらす。この横に長いサン・ドニの道は、父や母は馬車を使って行き来をするけれど、普通の家の子供はそんなもの使えるはずがない上に、滅多なことではこの左側の領主の私邸の土地側には入ってこない。だからきまって領主の子供は先頭を歩き、蝋燭を灯したランタンを手に、子供たちを先導していく。おまけにそのせいか、もうとっくに子供じゃないと言い張りたい年頃になるまで、その役から解放されないらしいのだけれど、オレがいたおかげもあってか、兄はこの行事から3年ほど前から不参加の意思を通している。オレは、一体いくつまで参加させ続けられるだろうか。

「さあ、マントをつけて。私の可愛い王子様、日が沈んでいくわ」
「可愛いって……母様、オレ男なんだからさ」
 嬉しくないといっても、可愛いものは可愛いのだと、息子だから当たり前でしょうと言われてしまえば、返す言葉もない。羽織ったマントは長すぎず短すぎず、装飾のみだけでなく実用的にも申し分ないほど着易く、そしてあたたかかった。あえて文句を言うとすれば、首元のリボンはいらないということぐらいだったけれど。

 夕焼け色に染まっていた空が、宵の色に染まって夜に取り込まれようとしている。日没が家を出る合図だから、あと、もう少し。家の中で子供たちはそれぞれのお化けに扮装して、日が沈むのを待っているはずだ。ジャックのランプを手にしたオレと、ジャック・オ・ランタンの道を辿るサン・ドニの子供たち。今日は川を越えたドニからも、いくらか子供が来ていると母が言っていた。
「ククール、落とさないように気をつけろよ」
「落とさないって」
 兄から手渡されたジャックのランプ。3年前からはオレが、それよりもっと前は兄が、父が子供だった頃には父が持ったという先導者のしるし、ジャックのランプだ。年季の入ったランプの癖に、いつも丹念に手入れされているせいか、ちょっと落としたくらいじゃ壊れはしない。
「じゃあ、行ってくるから」
 母と兄を背に飛び出すステップは軽く、早く、先を急ぐように。けれど丘の下に下りてしまえばことさら遅い足取りで先を進んだ。丘の下は使用人たちと、少なくない兵士達のための屋敷があって、そこもハロウィンのジャック・オ・ランタンで飾り付けられていた。兵士達や使用人たちの談笑が、遠くで聞こえるみたいだ。

 日没、星空、月、カボチャのランプ。長い道を行けば、待っていたと言わんばかりに子供たちが駆け寄った。
「ククール兄ちゃんおっそぉい!!」
 あどけない子供の笑い声、一番にかけよったシェリーがククールの手を取って引っ張り、中央へ連れて行く。お化けのガキどもに囲まれたククールは今、領主の息子ではなく、ジャックのランプを持ったお化けの先導者だった。
「うるせぇな、お前らお化けならもうちょっとお化けらしくしてみろ」
 まとわりつく凶悪なもののひとかけらでさえもっていなさそうな子供たちを前に、ククールは声をあげて笑う。左から見て、カボチャのお化けがパン屋の息子のマックス(だってカボチャがパンだ!!)、黒いフードを被っただけの即席魔法使いは花売り・串焼き・土産物をうまくまわしてるエリシアのとこのいたずら3兄弟、オレの手を引っ張ったままいまだ離しゃしねぇ魔女がシェリーで、その横にいんのが猟師の息子のケイン(ていうかいくら父子家庭だっつってもプリズニャンの毛皮だけってーのはないだろーに)、と、あと?
 白い布被ったお化けの格好、ざっくんばらんの裾から飛び出た足、深く被ったフードからは黒髪がちらりと見えた。サン・ドニでは見かけない子供。ならばこれは。

「お前か?ドニから来る奴って」
「えっ!?あっ、うん―――そう。僕、ドニから来たんだ」
 シェリーと変わんないような高い声の癖して、僕と言うお化けの子。わりと縄張り意識が強いと言われてるサン・ドニの子供だけれど、不思議なことにそいつは違和感なく溶け込んでいた。大方昼間にでも会って仲良くなったんだろうな、と思ったのは、見知らぬものには容赦なしの悪戯をぶちかます3兄弟が、そいつのまわりをじゃれつくようについて回っていたからだ。
 まあ、別に気にすることでもないし?

「じゃー行くからお前らちゃんとついて来いよー」
 まるで保護者の気分なそれに、オレは肩をすくめながら街への道を辿ってった。