近ごろグリフィンドールは騒がしい。
そしてピリピリしている。

クルックシャンクスのせいだ、とロンは言う。

…ロンがピリピリしてるだけだよ、とはさすがに言えない私とハリーだ。






 きみはぼくをすきになる






「はやくその猫をしまえよ!スキャバーズが死んじまう!!!」
「クルックシャンクス!だめよ、やめてってば!!!」

どたん、ばたんと人とかもののとかのぶつかりあう音がして、それはほこりがまうんじゃないかってくらいの大きさと量だ。
ふたりのまわりにいた子達は巻き込まれまいと素早く避けるように逃げて行ったし、テーブルの上のチェスやら本やらはごとごとと床へ落ちていった。
だけどみんなどこ吹く風だ、いつもと同じように始まったそれに迷惑そうにしつつも我関せず、宿題が…手紙が…とかなんとか言いながら迷惑被る前に自室へと入っていった。
そこに残ったのは当事者二人と2匹、そしてそれを見守る親友ズ……ハリーと私だ。

逃げ回るスキャバーズはテーブル、イスの下、暖炉脇、と駆け回り、最後にロンのポケットへ非難した。
一番安全で一番クルックシャンクスが手を出せないところだ。
どんなに彼女が毛を逆立てて威嚇しても、適うはずもない。
いきり立って飛び掛ったところでたたき返されるのがオチだ。
……そもそも賢い彼女のこと、そんなことはしないと思うのだが。

「やめなさい、やめなさいって!!」
逆立つクルックシャンクスの身体を押さえつけて、ハーマイオニーはとうとう彼女を籠の中に押し込んだ。
彼女はフーッフーッと声を荒げる。
ロンの顔は怒りで真っ赤だ、ハーマイオニーは申し訳なさそうに彼を見る。
開けっ放しの口がロンになんて言葉をかけていいのか迷ってるように見えた、実際そうなんだろう。

「君の、」
はじめに言葉を口にしたのはロンだ、完全に怒ったとでもいうような、ふつふつとこみ上げるものを必死で抑えながら徐々に放出しているような、そんな顔で。
「その猫のせいで、スキャバーズは怯えてしまっている!!しかも、この頃はどんどん弱ってきてるときた!!」
ダン、と強く床を蹴って、それからまだロンは言葉を続ける。
「言い聞かせてわかんないんだったら閉じ込めておけばいいだろう!!ずっと!!!外に出さないで!!!!」
「でもそれじゃあクルックシャンクスはかわいそうじゃない!!!」
負けじと言い返すハーマイオニーだけれど、それが気に食わないと言わんばかりにロンはまたダン、と床を蹴り、大声を上げた。
「かわいそう!!じゃあその猫に追いかけまわされてるスキャバーズは!!それで疲れていくスキャバーズは!!」
かわいそうじゃないのかよ!!ロンの声が大きく響く。

しん、と静まり返る。
私たち以外に誰もいなくなった談話室。
もしもここにパーシーがいたら、ふたりを止めてくれたのかもしれない。
あいにく、いつもふたりを止めてくれる監督生の彼は図書室に行ってしまっているし、ましてや騒ぎ立て煽る双子の彼らもどこへ行ったかいたずらの風をどこぞでふかせているのだろう。

きまずい。

ハーマイオニーはもうきゅっと口を一文字に結んでこらえるようにロンを見ている。
あれは、泣きそうになるのを我慢している顔だ、とは思った。


「――――ごめんなさい、あの、でも、私――――……」

震えそうな声で、ハーマイオニーは言葉を口にした。
そういうときの言葉は、とても勇気や覚悟を心に立てていることだと、は知っていた。
だけどロンはふっと冷たい目をして、それから冷ややかな言葉をくちにした。

「行こう、ハリー」

きびすを返し、ハリーをひっぱり、ロンは男子寮のドアをくぐっていった。
後に残されたハーマイオニーと私。
ハーマイオニーは俯いて、くすんと鼻をならした。
クルックシャンクスはもうしおらしくなってハーマイオニーを心配そうに見つめていた。

「だいじょうぶよ、今日のロンはちょっとイライラしてたもの…ホラ、魔法薬学もあったし……」
は優しくハーマイオニーの背中をさすった。
彼女はこくんと頷いた、頷いた瞬間、ぽたりと床に涙が落ちたのをは見た。
「……私たちも、部屋戻ろうね……」
背中をゆっくりとさすりながら、女子寮の階段を登った。
部屋にたどり着くまでのその間、ハーマイオニーは一度も声をあげず、ただぽたりぽたりと涙を流していた。




これは1週間前の話。
いつものことと思って、たとえ大喧嘩したって、3、4日で元の鞘に納まってしまうようなふたりだから、そんなに気にしてはいなかったのに、今回は違った。
ロンはあれから徹底的にハーマイオニーを無視するし、ハーマイオニーはロンに話しかけたくてもロンが無視してしまうからどうしようもならない。
やハリーが間を取ろうとしても、頑なにやんわりとそれをかわしてしまうからどうにもならない。
その妙な器用さを日常で使いこなせたらスネイプに怒られることも少なくなるのにね、とハリーに言ったら、小さく吹き出してくれたので少し心が軽くなった(私が軽くなってどうする)。




「あんまり気にしちゃ、ダメだよ」
このごろクルックシャンクスは部屋に閉じ込めておいているので、グリフィンドールの談話室がほこりにまみれることはない。
ロンが大声で怒るのも、双子がはやし立てるのも、パーシーが止めにくることも。
だけど静かながらにロンの怒りは停滞したまま悶々と腹の中をくすぶっているらしく、事態は進展しない。

いつも4人という構図は打ち切られ、ロンはハリーと、ハーマイオニーはと、というふたり組みで日々を過ごしてった。

「気にしてないわよ」
ハーマイオニーはまるでなにごともなかったように振舞っているけれど、それは嘘だ。
読んでいる本は逆さまだしさっきから1ページたりとも進んでいないことをはちゃんと見ていた。

「なんか飲み物持ってこようか?落ち着くよ?」
「そうね、明日は晴れるといいわね」
「…………」
むちゃくちゃだ、とは思った。
だけどそんなろくすっぽ的外れなハーマイオニーの言葉はどうしてなかなかいろいろと考えているんだろうと伺えた。
考えて考えていっぱいっぱいなんだ、きっと。
そうでなきゃあのハーマイオニーがこんなにもこんなふうになるわけがないんだ。

「…かぼちゃジュースもらってくるね」

多分きっとおそらく、ハーマイオニーはロンのことが、好きなんだろうなぁと、思った。
ハーマイオニーはぼーっと、逆さまの本を見つめてる、の声に気付かない。

パタンと閉めたドア、長い廊下を歩き始めるは、少し複雑な気持ちでロンのことを思い浮かべた。
なにを隠そう実はの好きな人はロナルドウィーズリーである。
ハリーとロンとくっついていて、目に入りがちなのはなにかとハリーだけど、だけどロンにもいいとこがあって…ハリーよりもかっこいいところもちゃあんとあるのだ。

そういうところを知っているのは自分だけじゃないって知って嬉しいのも事実だった、だけど自分のほかそれを知っている人がいるという事実には少しくちびるをはにかむような気持ちになった。






前にウィーズリーの双子に連れられて、ホグワーツの厨房にお邪魔したことがある。
教えてもらった抜け道を使って入り込んだ厨房で、屋敷しもべ妖精からふたり分のかぼちゃジュースを受け取って、は寮へときびすを返した。
これを飲みながらふたりで話そうと思う、いろいろなことを。

「あれー…?」
そうして考えて歩いていたら、どこかで1本道を間違えてしまったらしく、入ってきた道とは別の、外の裏庭らへんに繋がった道へと出てしまった。
知らない場所なわけではないから、別にいいのだけれど、少し遠回りになってしまったことにため息をついて歩き始めた。

気温はあつくもなく寒くもない、中間点のわりと過ごしやすいくらいのものだった。
ただ、空はじめっと曇っていてどうしようもない。
まるで、そう、今のロンとハーマイオニーをさすような。
……少しだけ、私をさしているのかもしれないと、なんとなくは思った。
本当に、なんとなく。

「あれ?」
本日二度目の首を傾げる行為、はぱちくりと目をこらして前を見た。
裏庭、そこに広がる小さな林、奥まっていない場所で、ちらりと見えたのは見慣れた赤毛。

これは、たぶん……いや、きっと。

「ロン?」
一歩踏み入れた芝生、覗いた木の後ろ、「…やぁ、か」と元気なくロンはつぶやき、それから心ここにあらずといった風体で、地面をじっと見つめ続けた。
「元気ないね」
飲む?といって差し出したのは、手に持っていたハーマイオニーと飲むはずだったかぼちゃジュース。
ロンは「うん」と言って受け取ったけれど、口つけることなく手に持ったまま、ぼーっとしはじめた。

ハーマイオニーと同じだと、は思った。
となると、この考えがたどり着く場所はいっしょではないかと思い、大きなため息をつきたくなった。
当たり前だ。

「ねぇ、…そのぅ………あいつ、どうしてる?」
あいつ、の部分だけ声を潜めて、誰にも気取られないように気配って、ロンはに目を向けた。
「元気ないよ」
そう言うと、ロンはまるで自分が元気がないみたくなって肩を落とし、またぼけっとしながら「そう」と言った。
「クルックシャンクス、もうあれからずっと、部屋から出てないよ。ハーマイオニーも、全然元気ないよ」
ロンも元気ないよね。そう言った。ロンは小さく眉をひそめて苦笑した。そして「うん」と言って膝を抱えた。随分としおらしい。

「………ねぇ、本当はちょっぴり…ほんの少しだけ……」「どうしていいかわかんない」
の問いかけを遮って、まるで矢継ぎ早に言うように一言だけ呟いてロンは膝に顔をうずめた。
はそれをいたたまれないような悲しいような憎いような不思議で複雑な気持ちで見ていた。

「仲直りしたいの?」
「……そうかもしれない…けど、僕はきっとまたスキャバーズのことで怒っちゃうんだ」
それでまたケンカして、仲直りして、ケンカして……堂々巡りだ、馬鹿みたいだ。ロンは笑った、ほとんど嘲笑だ。

あの日ぽつんと落ちた涙の染みは、ロンの心にも巣食っていたらしい。
見てもいやしないのに、しっとりと、たしかにロンの心にはあるんだ。
ハーマイオニーと、同じものが。

「……いんじゃない?」
私はロンの心にぽつんと染みを落とすことはできないし、その染みを取り払うこともできない。
多分、ずっと、これまでも、これからも、きっと。

ロンはを見上げる。
はそれを見て、じっと合わさった目線を外さずたしかに見続けた。

「そうしたらまた仲直りしたらいいよ、繰り返して繰り返して何度だって」
そうしてずっと一緒にいられるということは、とても素敵なことでしょう?と、は笑った。
ずっと一緒にいたいと思うから、そんなにも悩むのだものね。
だから私は、貴方たちの心に染みこんだ涙の雫を取り払うキッカケになりたいと思った。
不覚にも、一瞬、ほんの少し、やわらかなあたたかな優しい気持ちで。

「そうかな」
ロンが小さく微笑した。
久しぶりの笑みだ、とは思った。
思った瞬間、心にすっと羽根が生えた。
ほころぶような、いとおしいような、例えるなら、大切に育てた儚い一輪の花が咲きほころぶような。

「そうだよ」

この花に名をつけるとしたら愛だろう。
想う人がひとりだったならば決して咲かなかった、つぼみを持っていながら枯れ果てる道を選ばなかったのはきっとそこにふたりがいたからだ。
愛しい人、愛しい友。





ロンは立ち上がり、寮へと帰って行った。
ひとつのことを決意した、大きな背中で。

そしてはひとり、膝を抱えてぼーっとしていた。
先ほどの、ロンやハーマイオニーのように。

「非情だなぁ」

誰にともなく空に呟いて、は大きなため息をついた。
なんとなく、このままグリフィンドールに帰るのは嫌だった。
目に付いた芝生をぶちぶちとちぎってはところどころはげた緑地を作り上げていく。

「なにが非情?」
「んー…いろいろ。もーハーマイオニーがロンのこと好きなこととか、ロンがハーマイオニー好きなこととか、それなのに気付いてないとことかもーいろいろ」
「ふぅん」
「…………や、てゆうかなんであたかもずっと前からここにいたような雰囲気で出てくるの、ハリー」
「僕はずっとここにいたよ」
ロンと一緒にね、とハリーは言い、ぼーっとしてたロンはそんなこと忘れてたみたいだけどね、と笑った。
「そっか……覗きは悪趣味だよ、ハリー」
「覗いてたつもりはないよ?」
聞こえてきただけだ、と悪びれもなくハリーは言った、そしての隣に腰を落ち着けた。
はおしりをもぞもぞさせて膝を抱えたふりをして、こっそり隣のハリーに目をやった。
ハリーはそんなこととうに見通して、くすくす笑って「なに?」と聞いた。
は慌てて目を逸らして「なんでもないよ」と言ったけれど、なんでもなくないことなどハリーにはお見通しなんだろう。

「暗くなってきたね」
夕方の時間を通り越し、今はもう逢魔が時か。
隣に座ったハリーはぴったりと肩をつけ、こちらを見ずにまっすぐ前を見て、ぽつり。
「失恋しちゃった?」と言った。
わぁ、わぁ、わぁ。
この人、本当にどうして、なんでも見通しちゃってるの?

この人に嘘をついても無駄なんだと思って、はぽつりと吐くように言った。
それこそ、吐き出すように重たい気持ちを込めるように。
「……誰かに、好きという気持ちを受け入れてもらえるかもらえないかが恋の終わりというわけではないのね」
「なんだい、やけに哲学的」とハリーは笑った。
はちっとも笑う気が起きなくて、はにかむように取り繕いの笑顔を苦心して作り、ハリーを見た。
「入り込めなかったのかい?」
「うん、まぁね」
付け入る隙などないほどに、あのふたりは完璧で完全だ。
常に100%お互いに気持ちが向いている、そのくせお互いのそれに、ましてや自分のものすらも気付いていない。
本当に、とてもやっかいな人たち。

「あのふたりは今すぐにでも自覚してしまったら、きっと今までどおりじゃいられなくなるわ、たぶん、ダメになっちゃうかもしれない」
それじゃあダメなの、とは言った。
「もっと自然に、友達がいつの間にか恋人になっているように、そんなふうに優しく穏やかに想いをひらいていって欲しいわ」
だから私は言わないの、という言葉は、は自分の胸だけにしまっておこうと思い、言わなかった。
ハリーはの手にぎゅっとその手を絡ませた。
そして穏やかに微笑みかける。

なんか、まるですべてを見通されてるみたいだ。

のそういうとこ、すごく好きだよ」
包み込むように笑顔をほころばすから、すこしうなだれていたはずのも気分が浮上して、にっこりと笑いかけた。


星をちりばめたように、きらきらした気持ち。

たぶん、今ふたりを包むものはそんな優しくてキレイなものだ。



ゆっくりとは目を瞑った、自然に。
近づきくるハリーの碧色の目が、あまりに深くて、まっすぐだったから。

この星が宇宙の星のひとつであるように、人の中にも、植物の中にも、きっと宇宙はあるのだ。
小さくて、大きくて、無限大で、どこにでもあって、どこにもない。
そんな大きな宇宙が、ふたり自然にあわさったくちびるから広がった。

星の大群だ、宇宙だ。
すべての始まりはここから生まれ、そしてここに還ってくる。



「………な、な、な………!!!!!」
まるでエサを欲しがる金魚のようには口をパクパクさせた。
「あれ?目瞑ったからキスして欲しいのかなって思ったんだけど」
にっこりと笑うハリーの目はいたずらっ子のそれそのものだ。
悪びれてない、自分がそうしたゆえの言い訳をに転嫁させてる。

(嘘つきだ……)

は膝に顔をうずめた。
赤くなる頬を隠すため、これ以上ハリーに好き勝手はさせないため、……理由はいろいろあった。
だけど手はずっと繋がれたままだ、熱い。
べっとりと、汗をかいてきてしまった。


「ああ、一番星だ」
「え」
ハリーの声につられ、は空を見上げた。
薄暗く青くなった空の奥に、キラリと星がひとつ輝いていた。
(宇宙…………)

「ねぇ、、おまじないをしてあげる」

ハリーはに言い、はそれをおとなしく聞いていた。
キラリと光る星はさきほどハリーから零れもたらされ、涙よりも強く輝き、涙より強く心に染み入った。
宇宙はすべての始まりだ。
そして星は輝いてここにいるのだといい続ける。

頬をくすぐるやわらかな輝き。
親愛の…いや、愛のもたらす、始まりの星。

は、僕を好きになるよ」

にっこりと、自信満々にハリーは笑うから、それはおまじないじゃなくて予告だ、布告だ、挑戦だ。
言いたかった、そう言ってハリーを怒ったようにたしなめたかった。
ハリーは相変わらず笑ってる。
とても…とても満足そうに笑っている。

頬がこんなにも熱いのはなんでだろう。
口元がこんなにも緩みそうになるのはなんでだろう。

ねぇ、私、私、私。
さっきまで失恋したって言っていた。
ロンが好きって言っていた。

なのにこんなことあるの?本当に?
こんなにも、気持ちがゆらゆら動いて、キラキラして、幸せなの。


「もういっかい、してあげようか?」
そうしたら君、もう僕のこと以外考えらんないねとハリーは笑った。
「いっ、いい!!いらない!!!!」
笑い事じゃない!!!なんて言えない、言えないけど、きっとハリーにはお見通し。

どうしてそんなに嬉しそうに笑うんだろう。
どうしてそんなに楽しそうに笑うんだろう。





「かえろっか!!」
唐突には立ち上がり、ハリーを置いてずんずんと足を進めていこうとした。
だけど繋いだままの手だ、置いてゆけるはずもなく、先にゆけるはずもない。
ましてや、ハリーはその手を決して離さまいとしているのだから、余計に。

はハリーの身体に内包された宇宙を、かいまみる。

激しい、それは今生まれたばかりのような、荒々しいエネルギー。
新たなる星の誕生だ、そしてそれをは受け取った。



君は僕を好きになる、そう、遠くない未来の話。



グリフィンドールに向かって手を繋ぎ、並んで二人は歩き始めた。






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ロンドリームを書いていたはずが!などとは言いません。
こんなハリーもいいかもしれない。
余裕にリードしてくれたら、嬉しいかもしんない。


C VanillaRadio
あらなみかいり
2004/6/19