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ホグワーツの日常は非情に安穏としていて平和だ。 少なくとも長い時を生きている(といっても死んでしまっているけど)ゴーストたちにとっては。 生徒や教師たちが過ごす日常は、生きていた年月をとうに過ぎてしまった彼らにとってはほんのささいな時間だ。 何秒何日何年と経っても、彼らは成長するでもなく色が蘇るわけでもなくふらふらとさまよっている。 逝き残った彼らは彼らなりに永遠の余生を楽しんでる。 たまーに、生きていた時を思い出して人間たちを羨ましがるくらいで。 こう長い時間を生きているとちょっとやそっとのことじゃあ動じなくて、ましてやもう死んでいるのだからあらかたの恐怖は取り払われていて、少しばかり無神経で性質も悪くなっている。 例のあの人が倒された! 栄枯衰退さ、いずれは起きた出来事さ。 例のあの人が蘇った! 執念と怨みのエネルギーさ、生きている証拠だな。 校長が変わっても、いつか起きること。 教師が去っても、いつか起きること。 迎えたって、出会えてよかったと思え。 日々がどう過ぎようか、時代がどう動こうが、時が止まった彼らには、ふかーく干渉なんてできない。 少しばかり関わって、気まぐれに助言をするかもしれない、そんなものさ!! 短い生から隠居して、ゆったりさまよう彼らはとてもマイペースでとりとめがない。 なんたってゴーストだから!! でもね、この話は、そんなゴーストがふいにやってきた闇の魔術に対する防衛術の教師にほんのちょっと興味を持ったことから始まった、お話。 私はこれを書いたら忘れてしまおうと思うから、君たちが忘れず憶えてくれたらいいと思うよ。 誰が為に鐘は鳴る それは私がホグワーツ魔法魔術学校に赴任してきた日の晩に、初めて出会った。 素晴らしいあのホグワーツの教授職ということで迎えられた栄誉のなんたること!! そろそろ本の執筆にも飽き、新しい冒険でもしようかと思っていたから、ちょうどいいと思ったよ。 ましてやあそこは、今や噂で持ちきりの小さな勇者、ハリーポッター君がいるではないか。 ギルデロイロックハート教授…そしてこの私を慕う、ハリーの姿…うーん、エクセレント!! 世間もみんなもなにもかもがうっとりしてしまうね。 それにホグワーツに自らの子息息女を預けている奥様方はびっくりしたんじゃないかな、教えるのが麗しい奥様方ではないのが残念です――― と、そうそう、そんなことを思いふけりながら私はホグワーツ魔法魔術学校足を踏みいれた。 懐かしい場所だね、私も昔はここで魔法を習ったんだ。 ということは私が教える生徒諸君のみんなは、私の後輩にあたるわけだね。 「初めまして、可愛い小さな魔法使いたち」 にっこりと笑いかける姿に、大広間中の生徒教師たちがうっとりとしてしまったのを私は見逃してはいないよ。 なんたって週刊魔女のチャーミングスマイル賞に5回も続けて選ばれたのだからね。 だけど私は紳士であるから、そんな彼女彼らたちにそのような指摘はしないよ、もちろん。 存分に見て欲しいからね、美しいものはいくら見たって減らないしその人にとってとてもいいことだと思うよ。 そしてダンブルドア校長先生は私のために杯を取り、乾杯をしてくださった―――ありがたいことだね。 彼の期待にこたえるためにも、素晴らしい教えを説かなくてはならない。 今夜はじっくりとその方法を考えようと心に誓ったんだ。 「なかなか素晴らしい部屋じゃないか」 素晴らしい彫刻の施された上品な額に納められた写真を見て、私はにっこりと笑った。 もちろん私の写真だ。 たまに自伝の分について助言をする彼らは、私にとってとても頼もしいパートナーである。 私にとってこれは日常で当たり前なのだから、たくさんの私がいてもなんら違和感はないんだ。 むしろ素晴らしいと豪語したくなってしまうよ…私の部屋に招かれた人はこの素晴らしさにときどき頬を染めて閉口してしまうけれど、なんとも嬉しいことだと思うよ。 うーん、親愛の挨拶として今度ミネルバ先生をお招きしようかな。 「ミネルバはおよしなさいよ。それよりずこい部屋ねぇ!!」 ひんやりとした気配が背筋を辿って、私は振り返った。 突然の訪問者は、キャシーヴァレンタイン。 とても美しい女性だった、色白そうで、唇が扇情的で、髪と目が印象的な人。 残念なのは彼女がゴーストで、生きていたならば見れたであろう美しい肌や髪や目や唇の色が見れないことだったかな。 ゴーストは色を失ってしまうからね、うーん本当に残念だよ。 彼女はぐるりと部屋を飛び回って見回して、写真の中の私を驚かして私のめり前におりたった。 「ハイ、ギルデロイロックハート教授!!歓迎するわ、ホグワーツへようこそ」 にっこりと笑ったその顔に、私は思わずうっとりとしてしまった。 うーん、もしもキャシーが生きていたら、週刊魔女のチャーミングスマイル賞が5回連続で選ばれることもなかったかもしれないね。 とにかくキャシーはそれぐらい―――私と同じくらい素晴らしくチャーミングな女性だったんだよ。 私はキャシーのことをとても気に入ってしまって、それから何度もお茶に誘ったりしていたのだけど、なにぶん彼女はゴーストだから食べ物を口にすることはできないので、そのたびに何度も断られてしまった。 だけれどキャシーはそのたびににっこりと笑い、私のことをユニークだと言ってくれたんだ。 信じられるかい?この私を、ナイス、とかクールだ、とかスマートだ!!というならまだしもユニークだと言ってのける女性がいるなんて!! 今までに出会ったことのないタイプのキャシーは、私にとってとても新鮮で、斬新で、魅力的だったんだ。 だからますます私は彼女をお茶に誘い、断られてはキャシーの笑顔を貰っていたんだ。 だけどゴーストっていう類のものはやっぱり長くさまよっているからなんだろうか、とてもきまぐれで興味がなくなってしまうとついに最後まで口を聞かずに過ごす、ということがあるらしいって小耳に挟んだんだ。 うーん、正直あの時私はとても焦ったよ。 もしもキャシーがもう二度とここに訪れなくなったらどうしよう!!ってね。 ここで私が随分キャシーに執心してるってわかってしまうだろうね、その通り!! だから私は次にキャシーが来たときに聞いてみようと思ったんだ。 「君は本を読むかい?」 ってね。 もちろんこれも愚問だ。 ゴーストはページをめくれないから本なんて読めないんだ。 だけどキャシーはまたにっこり笑って、私にこう言ったんだ。 「本を読むのは好きだったけど、自分で読むのはもうできないから苦労するわ」ってね。 だから私はあることを持ちかけてみたんだ。 キャシー、君のために私が本を読んであげるよ!! ね、とってもいい考えだろう? キャシーは好きな本を読めるし、私がキャシーに本を読んであげる限り約束は続く。 私はキャシーの笑顔が見れるし、キャシーと共にいられる時間をそうするとこで取り付けられるから素晴らしい。 にっこり頷いたキャシーの笑顔に、私もまたうっとりと頬を緩ませた。 一番初めの週に、トロールのとろい旅を聞いて聞かせた。 はじめのうちは私もそんなに忙しくなく、時間に余裕があったから、夜の1、2時間を割いてキャシーに聞かせてたんだ。 キャシーははじめのうちこそおとなしく椅子に腰をかけて話を聞いていたけれど、時間が経つにつれて文と一緒に動き出し、はしゃぎ、笑って私の自伝を楽しんでくれた。 私もとても楽しかった。 だから彼女を喜ばせるために声の抑揚をつけ、時に唸り、時に鳴き、時に呻いては深呼吸し、朗読した。 なんだかもう一度冒険を経験しているようで、とても不思議な気持ちになった―――――パートナーのキャシーはとても勇敢で優秀で、最高だ!! もしもこの不思議な自伝を書くのだとしたら、キャシーのことを付け加えなくては。 とまぁこんなふうに私たちはとても順調で滞りなく信頼関係や友人関係を築いていったんだ。 だけど私は、少しずつ聞いて聞かせる本の文の量を少なくしていた。 なぜって、限りある私の自伝だ。 毎日読んでいれば、嫌でもいつか終わりが来てしまうからね。 たとえ読み終わってしまっても、また来て欲しいって言えばよかったのかもしれないけど、あのときの私はどうしてもその一言が言えなかったんだよ。 だって私はあろうことにも、ゴーストである彼女に恋心を抱いてしまっていたからね。 キャシーに言ったらあの笑顔でにっこりとかわされてしまうんじゃないかってね、ためらっていたんだよ。 でもね、神様は私の味方だったらしい。 すべての自伝も聞かせ終わる頃、キャシーと私がお互いに抱えていた感情は同じものになっていたんだ。 もちろんキャシーはゴーストだし、私は生きている人であるからキスをするどころか手を握ることすらできなかったよ。 それをしようと思えばうっかりキャシーの身体をすり抜けて、あろうことにも大地とキスしてしまったりするからね、間抜けだ!! でも恋の語らいだけは何度も飽きることなくさせてもらったよ、それこそ朝から夜まで、時間の空いているときはずっとだ。 ときどき授業中にキャシーが尋ねて来てくれるのだけど、それこそ授業なんて投げ出してしまいたい気持ちになてしまうのを私は必死に抑えるんだよ。 生徒たちが行かないで!!と必死に私を目で引き止めてくれたからね。 私はあんなに私を慕ってくれる生徒たちを決して無下には出来ないんだ、私の愛しいキャシーもそれをよくわかってくれていたはずだ。 私のホグワーツ魔法魔術学校教授としての生活は、とてもよく充実して申し分なかった。 私はこのままずっとここで教鞭を振るっていたいと思ったし、みなさんもそう思ってくれていることだろう。 ひそかに来年の教育プロジェクトを練っていたんだ……小鬼に笑われないようにネ!! だけどそのときキャシーが壁をすり抜けて私の目の前にやってきたんだ、とてもびっくりしたよ。 元気な彼女の事だから、私を驚かそうとしたんだと思ってたしなめようとしたんだ。 だけどキャシーは泣いていた。 私はあんなにも人である自分を恨めしく思った瞬間はないよ。 だって私は泣いているキャシーの肩を抱く事も出来ず、涙を拭う事も出来ず、優しく抱きしめる事もできないでいたのだからね。 泣かないで、とか、どうしたんだい、とか私は言うけれど、キャシーの耳にはまったく届いてないかのように彼女はずっと泣いているんだ。 私はとても悔しくて、キャシーの涙を拭うことはできなくても、触れるようにすることは出来るかもしれないって思って、ゆっくりと突き抜けることのないようにキャシーの頬にキスを送ったんだ。 ひんやりとした温度が唇に伝わって、私はちょっぴり寂しくなったけど、すすり泣くキャシーの声を抑えることは出来たみたいで嬉しかったよ。 だから私は彼女がちゃんと泣きやんで、もう一度笑ってくれるようにと思って反対側の頬と、それから額、そして唇と順にキスを落としたんだ。 泣き止んだキャシーに泣いていた理由を尋ねたら、私とずっと一緒にいたかったのだと言った。 なんだ、と思ってそれは私がキャシーと同じようにゴーストになればいいんだと笑ったら、キャシーはまた泣き出しそうになったので私は少し焦った。 キャシーは違うのだと頭を振って涙を零した。 私はなにが違うのだろうと頭をひねっては、零れるキャシーの涙にちくちくと胸を刺すような痛みに苛まれた。 「あたし、ギルデロイと一緒に生きたいの」 でも無理だわ、あたしは逝き損ねてゴーストになってしまったんですもの、とまたキャシーは大声をあげて泣いた。 ゴースト特有のポルターガイストを起こし、キャシーの泣き声は部屋中のありとあらゆるガラスを割っていった。 割れてそこらじゅうに散っているガラスの破片が、ちくりと胸の奥に刺さったような気がしたんだ。 ふたり一緒にゴーストとなって永遠を生きるより、キャシーは人として生きたいのだろう。 あいにく私はその術を知らないので、ただただ口を閉じてキャシーの涙を見つめていた。 それから数ヶ月、キャシーは私の前に姿をあらわさなくなった。 私は悲しみのあまり授業は身に入らず、生徒たちにすら心配をかけてしまった。 生徒たちの労わりに感動したと共に、やはりキャシーのことが頭から離れない。 一体どうしたと言うのだろうか、キャシーを見たという生徒も少なくないし、ゴーストの間では変わらず元気な姿を見せているらしい。 私だけ、彼女はその姿をみせないのだろうか。 だとしたらなんて悲しいことなのだろうか。 私はいつもなら揚々と書き返すファンレターの返事も、気が進まずずっと書けずにいた。 返事が遅れてしまうことを嘆きながらも私はキャシーのことを考え、悩んでいた。 私は―――私にとっては、キャシーはとても大切で、愛しい人なのだから。 私はありとあらゆるツテとコネを使ってゴーストを人にする方法や、ゴーストを生き返らせる方法を探した。 生き返らせるとまでは行かなくとも、せめて逝き返らせることができたのならばと、ふくろうが喘息を起こしてしまうかもしれないくらい手紙の往復をしたんだ。 無謀な探し物だと学生時代の先輩は笑ったけれど、私はそれでも探さなくてはならなかった。 探し当てた先には、きっとキャシーが笑っていると信じていたからだ。 そしてもう一度共に時間を過ごせると、信じていたからだ。 私は正直こんなにも無謀な挑戦をしたためしが一度とてない。 無駄だと分かりきっていながらも、そうするための行動を止める事が出来なかった。 以前の私ならばそんな人を浅はかだと思ったかもしれない、だけど私は真剣だった。 そんな私の無謀な行動を聞きつけたのか、ある日キャシーが私のもとへやってきた。 キャシーの顔を見るのも、声をきくのも、話しかけるのもとても久しぶりだったので、私に合わず妙に緊張してしまった。 そんな私を知ってか知らずか、キャシーはにっこりと笑いかけ、頬をピンクに染めた。 そのときの胸の高揚といったら、まるで私は学生のようにときめいてしまったんだ。 キャシーのなんて愛しいこと!!私は彼女がゴーストだってことも忘れてこの腕に抱きしめたんだ。 とても柔らかくてふわふわして、想いが溢れるものだという小説などでよく引用される言葉が、たしかに本当のことなんだって私は実感したんだ。 冷たくない、あたたかいキャシーの体温に安心感を得て、私は何度も彼女にキスをした。 舌と舌を絡めあって唾液を混ぜて、それこそ魂が吸い取られてしまうかと思うくらい深いキスをした。 感動に胸が打ち震え、思いもよらず私は涙がこみ上げてしまった。 「ギルデロイ、好きよ」 私を見上げるキャシーが、目を細めて切なそうに微笑んだ。 私はキャシーを抱き上げてベッドへと連れて行った。 「私も君が好きだ、とても」 → |