朝 two virgins ふとしたきっかけで目を開けてしまい、そのまま眠れなくなってしまった。射光しきれていないカーテンは縫い目の隙間から朝の透明さをすかしていて、空気中を舞う細かなもののせいで筋となった光りがベットのシーツに皺を陰で目立たせていた。 そのまま起きて本格的に一日の生活をはじめてしまってもいいのだが、となりには半身をベットに押し付けてほとんどうつぶせるようにが寝ていて、その体の上側の腕が肩のあたりへ、足が我輩の膝のすぐ下へ乗っていて、それを動かし彼女を起こしてしまうことはためらわれた。 首だけを動かして彼女の顔を覗いてみると、まぶたを閉じていてもわかる眼球の丸さが目に付いた。薄いまぶたのきわには、黒い縁取りが薄くのこっていていた。黒いまつげと消えずにのこった黒いラインが、ただでさえ深い閉じた目の裂け目をより暗いものにみせていていた。まるで谷か海峡のようだ。深く暗い切れ目のうえにある、伸ばされてかすかにしか見えない二重の皺に気付いた。底の感じ取れる溝と、どこまでも深く見える溝が隣り合っている。早朝からミクロの世界へ移行していく意識を不思議に思った。これもすべて、眠れないせいだ。 世の中に眠っていなければ間が持たずに気まずい時間というものが存在するのだ。たとえば今のような。眠りの存在が身近にありすぎて、自分の状況を判断できずにいる。まどろんでいるような、そうでないような。眠りが逃げてしまったのか、誤って失ってしまったのか。妙な喪失感を感じる。意識はしっかりと覚醒しているのに、体はすこしも動かしていない。まったく不自然な状況である。 我輩が身動きができずに不毛な思考におちいっている間も、あいかわらずは寝息を立てている。どんなに規則を守らない人間も、睡眠時の呼吸は一定の間隔で規則正しく平和そのものだ。しかし毛布は腰あたりまではだけていて、おもわず苦笑した。そうか、我輩は肌寒さを感じて目を覚ましてしまったのかもしれない。 彼女の正面を向いた顔を眺めていて、首の骨から背骨をたどるように視線を落としていくと、膨らんだ乳房が目に付いた。右半身を下に寝ている彼女の胸の中央には陰ができていた。その皮膚と脂肪と、さらに肉と肋骨で守られて規則的に運動している肺の事を想像した。どうやら今朝の我輩の思考は内面へ内面へと移行していく傾向にあるらしい。 退屈を感じて、なんとなく彼女と呼吸の速度をあわせてみようと試みるが、どうしてもあわせることはできなかった。眠っている人間と覚醒している人間は、呼吸の速度がまったく違う。それは呼吸する事を意識している人間と、無意識に横隔膜を動かしている人間との違いか。それとも彼女との肺の大きさがあきらかに違いすぎるのかもしれない。そしてさらに彼女は脂肪の塊を乗せて運動しているので、横隔膜に負荷がかかっているのかもしれない。……冗談だ。 彼女の鎖骨の間のくぼみに指先で触れてみる。そのまま下のほうへ指の腹をすべらせると、肋骨のおうとつと横隔膜の上下を感じた。彼女の目を覚まさないようにという配慮はどこかへやってしまった。我輩がこんなにも不確かで居心地の悪い時間を過ごしているのだ。その原因は彼女でもある。それなのにこの女はこんなにも幸せそうに眠っている。なんとも理不尽な話だ。だから彼女も目が覚ましてしまえばいいのだ。そして二人でせまい洗面所の中でぶつからないようにうまく立ち回って顔を洗い、我輩はジレットの三枚刃のカミソリで髭を剃り、彼女は顔の皮膚へ複雑な成分の液体を染み込ませる。そして清潔な早朝の中でゆっくり熱い紅茶を飲めばいい。 指を彼女の胸の硬いところへ置いたまま、肺の動きを指先で感じていると、彼女のむきだしの肩がぴくりと動いた。眉間にうすくしわを寄せ、目を閉じたまま身じろぎ、我輩の胸の上の腕が何かをたぐり寄せようとするように動いた。起きたのか、と顔を注意深く覗き込んでみても意識の覚醒した気配はなく、肩の皮膚がすこし粟立っているところを見ると寒いのだろうか。しかたなく腰のほうでまるまっている毛布を首元までひっぱりあげてやると、そのまま動かなくなった。また規則的な寝息だけが聞こえる。 毛布をたぐり寄せたさいに、いちど彼女の脚と腕は我輩の体の上からずり落ちたのだが、気がつくと我輩の体の上に再度重みを感じた。我輩の体と毛布の間を彼女の腕が這っていてむずがゆかった。安定する場所を探しているようだ。しばらくすると、朝、最初に目を開けたときに腕の乗っていたおなじ場所へたどり着いたらしい。心成しか、目を閉じている彼女の顔は満足げに見えて、まるで深い眠りの中で布の繭にくるまれて安心しきっているようだった。 これでまたしばらくは動けそうもない。目を閉じると、眠りの尻尾を掴んだような気がした。一度目を開けた後にやってくる眠りは、その前のものよりもずっと深いだろう。次に目を開けるころには足が痺れて痛いだろうし、寝すぎてしまった二人は時間をじゅうぶんに取れずにあわただしく身支度を整えることになりそうだが、それはまた別の問題だ。と、半分溶けてしまったような脳でおぼろげに思った。 ---------------------------------------- 2月27日の日記ネタ「朝」を直しました 「two virgins」はジョンレノンとオノヨーコのあれです。「ベットイン」 私はビートルズのなかではオノヨーコが一番好きです。という冗談をわかってくれる人が身近に誰もいないのでさみしい。 |