黒バラ吹雪と恋のワンツーステップ
01










「Pちゃん、おいで」


 こいこい・と、は手招きして黒い子ブタを呼んだ。子ブタは先日天道家へ転がり込んできた1匹の動物で、そして人間だった。たぶん、この家の人間のほとんどが、人間である彼を知っている。けれど人間である彼を知っているだけで、彼がまた、子ブタでもある事実を知るのはほんの一握りの人物に限られていた。ひとりは早乙女乱馬。の兄にして、子ブタにとって最大のライバルであり、幼なじみであるもの。そして、今まさに子ブタをだきあげた早乙女その人だった。
 にっこりとは子ブタへと微笑みかけて、その頭を撫でた。Pちゃん・と、呼ばれた子ブタはその愛称に「ぶい」と鳴き返すものだから、たぶん、この姿のときの彼はすっかりペットとして馴染んでしまっているのだろう。それでもだ、そんな彼に対して情けないとかみっともないとか、そういった類のマイナス的な感情はの中には一切あらわれないのだから、あばたもえくぼの恋愛感情はやっぱり人の目を鈍らせるものなのである。むしろはそれすら好ましいと思って、毎日毎日彼と過ごしているのだった。


「今日は一緒にオフロにはいろーねー」


 ともすれば、突然腕の中で暴れ始める子ブタを、たしなめては先を行く。楽しいのだ、じっさいは、本当に毎日が楽しくて仕方がない。からかってる・と言われれば、そうなのかもしれない。けれど、この腕の中の子ブタは、本当に乱馬以外には自分の正体がばれていないと思っているものだから、お湯の近くには絶対に近づかないし、オフロだったりうっかり滑らせてかぶりそうになったお茶だったり紅茶だったりココアだったりその他もろもろには全速力で逃げていくのだ。


「だめ。ダメよ逃げちゃ!オフロに入って、きれいにして、じゃなきゃあ一緒のおふとんには入れないんだからね」


 ぐるぐる、逡巡の迷いが子ブタに生まれて、その隙には浴室へ転がり込んだ。あたたかく湯船の張られた浴槽と、もうひとつ、小さめのたらいを置いてぬるま湯を張った。それは多分、脱いでるうちに水に変わってしまうだろうと思いながら。










「あー、いいお湯だったー」


 ほこほこと、頭から湯気を出しながらは廊下を歩いた。冬の夜の寒さは、雨戸を閉じていてもひしひしと室内に入り込んでくるものだから、余計にふわふわとのまわりには白い湯気が漂って消えていった。
「あら、Pちゃん」
「あかね………と乱馬」
 腕に抱いていた子ブタを、あかねは見つけてへと近づく。くったりと、目を回して腕の中におさまる子ブタはさっきまで元気に動き回ったりいろいろな意思表示をしてはいたのだが――――
「どうしたの?」
「一緒にオフロに入ったら、目ぇ回しちゃって」
「ちょ、おまっ…!!!!」
 やだ、湯あたりでもしたのかしら・と、心配するあかねの後ろで、乱馬はぱくぱくと口を開閉してこちらを見ている。驚きすぎてものが言えないんだろう。
「どうしたの、乱馬」
 にっこりと、そ知らぬふりでは言った。まだ少し、疑うように窺って、乱馬は子ブタを指差した。
「おめー、そのブタと一緒に……?」
「入る前に倒れちゃったのよ、この子。お風呂嫌いなのかしらねー」
 そんなことより・と、は今一度あかねと乱馬に視線をやって、「なんでこんな時間にまた胴着なんか着てるの?」と、問いかけたのだった。


 それはほんの一時間ほど前にさかのぼる話だった。


「新体操クラブ全員負傷」
 新体操・と言えば優美で華麗で美しい競技である―――と、は認識していたのだが、優美で華麗で美しくもそして、強さを競う試合―――なのだそうだ。今度風林館高校と聖ヘベレケ女学院の間で行われる試合というものは。というのも、それがただの新体操の競技ではなく、格闘新体操と、銘打って前に現れたせいだから当たり前なのかもしれない。新体操の技と道具を使って戦う――――それが格闘新体操であるらしい。


「で、どうにもうちのクラスの子達が闇討ちにあったらしくてね」
「なーるほど。それであかねが助っ人を引き受けたってわけ」
 そうよ・と、あかねは頷いた。頭の回転の速いは、少ない情報でもさまざまなピースを繋げてひとつの結論を導き出すことが得意だった。お人よしのあかねだから、たぶん頼まれなくてもそういうことは引き受けてしまっていただろう。それに、たとえ新体操をやったことがなかったとしても、だ。だからぴったりはまったパズルのピースに見合った答えを口にする。
「だからその胴着は、これから新体操の練習ってわけなんだ」
「うん、まあね」
 予想通り頷いたあかねには満足して、道場へ向かうふたりの後をついていった。













2007/2/5 アラナミ