15 「リング崩壊!!まさに漂流のごとしーっ!!!」 ただの氷の上ですら自由がままならなかったていうのに。良牙は乱馬の腰にしがみつき、滑らないよう水の中に落ちないよう、必死になっている。 「どーすんだ良牙、オレはもう女になってっからいーけどよ」 たたみかけるように続く乱馬の言葉に良牙は汗をかく。ここで水の中に落ちたら、とあかねの目の前でブタになる―――そういうことだった。ふたりのペットとして数ヶ月の間過ごしてしまった良牙だ、今更あのブタは自分でしたなんて口が裂けても言えない。それを言うときは、決別のときか―――それを迎えたくなかったら、良牙は死ぬまでその秘密を口にしてはいけないと、そうまで思っていた。 「乱馬…オレと男の勝負をしろ」 「ん?」 「オレかお前か、先に倒れた方が、負け、だ!!!」 そして負けたらオレは、もう二度とお前たちの前には姿を現さない。小さく呟いた良牙の声は、でも本気だった。強い意志を目に宿して、良牙はなにか決意しているのだろう。勝ちたい、勝たなければならない。それはこの試合に賭けられたのことも勿論あるんだろう、だがそれ以上に"もう二度と姿を現さない"とはどういうことだ。今ここで乱馬と決着をつけるにしても、それは突飛な話だ。だいたいそれは昔からの日常茶飯の延長線上にあるもので、意地で続けてきたものじゃないか。 「おめー、なに考えてんだ?」 「勝負受けるのか、受けねぇのか!!」 じれた良牙が声を荒げる。いつもとは違う不穏な空気に、遠くだがも訝しがっている。だが、潜めた会話だ。内容は聞き取られていないと、そう思う。 「………………」 少し、乱馬は逡巡した。真剣な目で良牙は乱馬を見ている。前に―――、まだが良牙を好きだとは言わず、良牙もにフラれて意気消沈していたころだ。乱馬とを取り巻く環境がめまぐるしく変化し、そして落ち着いたころ、まるでめぐり合わせのようにまたこうした3人で再会した。当たり前だ、どこへ行っても、いつでも、昔から一緒にいた3人だ。そして乱馬はどこへいったって良牙は自分たちを追いかけてくると思っていた。変な話だ。幼なじみとはいえ、いつまでも一緒にいられるわけではないのに。それなのにもう二度と姿を現さないだなんて、その言葉は乱馬にとって衝撃だった。乱馬はきっと、にも良牙にも、もう二度と会わないなんて、言えない。乱馬はふと、けじめか・と、考え付いた。昔一緒にいた3人、今一緒にいる3人。乱馬ははじめに知ってしまったから、良牙からは随分自然体で今までのように接しているが、と、そしてあかねは違うのだろう。自然体に振る舞おうとする中で、いつもなにかに怯えている。それはいつその身に降りかかるか分からない水とだと思っていたが。 「わかった、この勝負受けてやる」 なにを考えているのかわからない。結局そこに辿りつくのは人が他の誰かの心を覗くことが出来ないのと一緒だった。乱馬は良牙の気持ちを予想することはできるが、だが本当の意味で理解することは出来ない。ただ、男として真剣に勝負しろと言われた―――ならば乱馬は男としてその勝負を受けるべきだと思った。 「さあ大変なことになりました、流氷上の闘いとですっ!!」 ぷかぷかと浮かぶ氷は言葉どおり流氷だったので、乱馬や良牙が一歩も動かずとも流され揺れていた。一歩踏み外せば冷たい水にまっさかさま。落ちたら冷たいが、水に落ちようと死ぬわけではない―――少なくとも乱馬と三千院と白鳥は。もしかしたら風邪ぐらいはひくかもしれない。けれど、良牙の背負ったリスクは少し大きすぎたのかもしれない。 「最後に立っているのは…」 ぐ・と、はじめに乱馬は浮遊感を感じれば、それは良牙によって持ち上げられたせいであった。連係プレイをするわけではない、意思のこもったそれを乱馬は知っている。今日だけで何度目だと思ってはいても、慣れはしない。 「このオレだーーっ!!!」 「どわっ!!!良牙、なにしやがるっ!!!」 案の定投げ飛ばされた乱馬は、飛ばされながらも空中で体勢を立てなおす。運のいいことに落下地点にはちゃんと氷があった。投げ飛ばされた力を殺しながら足をつける、だがすぐにそこから飛び上がる羽目になったのはすぐさま追いうちをかけるように良牙がおおよそ人一人分の大きさの氷塊を投げてきたせいだ。 「お前も、敵だーーっ!!」 凄まじい音を立て、さきほどまで乱馬がいた氷は陥没した。お前も、か。このリンクの上にいる者はみんな、良牙にとってたしかに敵なんだろう。サシの勝負だと言ったけれど、その前から勝負をしていたはずの三千院と白鳥は完全に置いてけぼりを食っている。しかも、いまさらリンクから降りることもできず、わけのわからない状態に振り回されて今は様子を窺うことしか出来ないときた。 「良牙、てめえっ!!」 「言った筈だぜ乱馬!!先に倒れた方が負けだと!!!」 「よっくわかった」 勝つか負けるか、それだけ考えてろってことだな・と、乱馬は足元にあった人3人分くらいの大きさの氷塊を良牙に向かって投げた。 「バカがっ!!こんなもの…」 そんなもの、いくら投げたって打たれ強い良牙のことだからすべて壊すだろうし、たとえ当たったとしてもそんなに大きなダメージなんて与えられないだろう。なんのためにデカイ氷塊投げたと思ってやがる。そんなもの、氷塊の後ろに隠れ、良牙が氷を崩したところにカウンターぶち込むために決まってる。 「甘いぜ!!」 乱馬の読みどおり、氷塊を殴り崩した良牙の顔面にカウンターの一撃が決まった。だが、ひるむことなく良牙はカウンターに入った乱馬の足を掴んで地面に叩きつけた。 「甘いのは貴様だーっ!!」 だが、叩き付けた力が強かった。不安定な氷は叩き付けた乱馬の方に勢いよく傾き沈んでいく。滑るばかりの氷の上では止められるはずもなく、どんどん傾いたほうに沈み、もう既に乱馬は半分水に浸かっている。 「あーーーーっ!!!」 「ぶわーーーーか!!」 これで落ちたらもう決着はついた・と、乱馬はほくそ笑んだが、飛び込むように割って入った三千院が良牙を蹴り飛ばしたせいでそれは免れた。さも助かったとばかりにほっとした表情の良牙は、別の氷の塊の上に着地した。だが足を滑らせて頭から転び、その上三千院に思い切り踏み潰された。 「おい、さっきから黙って見ていれば、女の子になんてことするんだ!!!」 力を込めて踏みつけた三千院には、乱馬が女だと見えているのだからしょうがない。そもそも、良牙だっての姿に似た乱馬を痛めつけるというのは心苦しかった。だが、やらなければいけないときもある。そしてそれは今だった。 「男と男の勝負に…口出しするなーーーっ!!!」 踏みつけた足もなんのその、不利な状態から一気に三千院を殴り飛ばし、良牙は起き上がる。氷の塊をまた手に、ふたりは対峙し睨み付け合った。 (ちゃんが好きだ、ちゃんの傍にいたい、ちゃんに知られたく……ない!!!) 知られればどうなるかなんて、考えないわけがなかった。秘密を背負うリスクは日に日に高くなるばかりだ。昔は傍にいるだけでよかった、でも思いを繋がらせたくてしょうがなくなった。結局一度はフラれてしまったけれど、でも、好きだよ・とは良牙に言ったのだ。好きになったと、言ってくれのだ。そして今は隣にいる権利をもらって、手を繋いで笑って、キス、したりできるようになったのだ。 (ちゃんと、離れたくないっ!嫌われたくないっ!!傍にいたいっ!!!!) 「絶対……負けるもんかーーーっ!!!」 ぐ・と、力をこめて足場を蹴る。氷塊を抱えたまま良牙は飛び上がり、乱馬に向かってそれを落とした。そのままそれに押しつぶされるわけがない乱馬は、氷を拳で叩き割る―――だが、その後ろに隠れていた良牙にバックを取られてしまった。さっきのカウンターをまんま真似された。だがそれに気付けなかった乱馬もねうしまった・と思うしかなかった。 「もらったあ!!!」 流れるように弧を描き、ジャーマンスープレックスされた乱馬は、思いっきり頭を氷に打ちつけ、一瞬意識を飛ばした。チカチカと視界が白く霞み、だが痛みは後から徐々にやってきた。 「げ、」 良牙の焦ったような声がしたが、一瞬意識を飛ばしてしまった乱馬は状況判断が追いつかなかった。クラッチされたまま落ちていく感覚と、氷と氷の間を落ちていくのを大股開いた足を引っ掛け落下を食い止めようとしている音。ハ・と、一瞬で我を取り戻した乱馬もまた、同様に足を開き落ちていくスピードを殺した。ガガガ・と氷を削り、だがすんでのところで水に落ちることは避けられた。 「ブタになって…たまるかっ…!!!」 まっさかさまのとんでもない体勢だったが、それでも良牙はぐぐ・と身体を持ち上げ、ロッククライミングでもするみたいに氷を強く掴んで上へとのぼっていった。敵ながらあっぱれな執念だ・と、乱馬は呆れるのを通り越して感心した。だが、なんの悪戯か、そんな良牙と乱馬のところにひょいと白鳥は飛び込んできた。 「わーーーっ!!!」 それに悲鳴を上げたのは乱馬だ、水に浸かるすれすれのところで辛うじて留まっている乱馬は、このまま勢いよくこられたら完全に水没してしまう。だが、氷を削る勢いで落ちる勢いを殺いだ良牙のおかげで水没することは免れた。だが、背中はひたひたと水に浸かっている状態だ。 「た、助か……」 「とどめだ!!!」 助かった、と思った端から次の災厄だ。さらにその上から三千院が飛び込むのが目に映り、もうダメだ・と良牙の頭の中によぎった。けれど、ダメだと諦めて、それで大切なものを失ってしまうのはどうしても嫌だった。 (オレに、力を…!!!!) 「ぬおおおおおおおお!!!」 目は血走り、顔は真っ赤。だが、持ち得る限りのすべての力を発揮したと言っても過言ではない。下にいた乱馬を足場に、両サイドにあったとんでもない大きさの氷塊をふたつも持ち上げ、落ちてきた三千院をその間で挟んで食い止めた。腕も足も身体全体がもう自分のものではないくらい波打っていた。ねしかして感覚なんてまったくなくて、それはただの良牙の心臓の音だったのかもしれない。 「でやーーーっ!!!」 「いでででででで!!」 そしてそのままそれを投げ捨てる。削れて崩れた氷が雪崩のように落ちるから、良牙は避けるように飛び出した。けれど、良牙が足場にしていた乱馬は、そのせいで避けることは叶わなかった。見てみればちょっとした丘くらいはある氷の量だ、上から上から落ちた氷に降り注がれ、乱馬は氷の中に埋められた。 「勝っ……た…」 ぜいぜいと、肩で息をしていた良牙は、だんだんその呼吸を落ち着ける。そして、トロフィー台の横に座るを見た。はもう座ってはいなかった、今にも飛び出したそうに立ち上がってはいる。俯き、左手を口に当てているの表情は窺うことはできなかったが、ただ少し顔色が悪いようにも思えた。 「まだ、終わってねぇぞ」 低い声が足元から響き、ガバ・と氷の中から腕が出て良牙の足を掴んだ。 → 2007/6/4 アラナミ |