before






 なにかが変わったな・と思った。
 常に苛立ちと憤りを表面に出しては、勝手気ままにふるまっていたククールが、いつもと違うと思った。朝起きた時にもぬけの殻だったベッドは冷たくて、ずいぶん長い時間いなかったんだろうけど、けれどその時間の間にククールはククールなりに自分を立て直したんだな・と。
 それからククールは、持ち前のコミュニケーション能力もあってか、溶け込むように僕たちのパーティにぴたりとはまった。

 愛だの恋だの、騒いではいるけれど。



「君を大切にするよ、なあ」

 にこにこと笑いながらククールはゼシカの手を取る。それは一日に何度も見られて、街の中でも、街の外でも、さすがに戦闘中こそなかったものの、絶妙のタイミングを見計らっては何度も何度もそう繰り返すのだ。最初のうちこそ言葉を返して応報していたゼシカだったけれども、あまりの回数の多さに最近では徹底的に無視することに努めているらしい。ゼシカいわく、私の好みはククールとは正反対。らしく、そもそもククールは問題外だとまで言う。

 今もまた、本日3回目のククールの口説き文句にゼシカは溜め息をつき、取られていた手を振り払って項垂れた。
「いい加減にしてよね」
「どうしてだい?愛する君に、愛を告げることはいけないことなのかい?」
「あんたの言葉に愛はないわよ。ちっとも、これっぽっちもね。そして私はあんたの恋愛ごっこに付き合うほど優しいわけじゃないのよ」
「じゃあこれが本当に本当の愛だったらオレを受け入れてくれるのか?」

 それも無理、とゼシカは返す。「あんたってば本当、厄介な男ね」意味ありげに含めてゼシカはククールをみる。ハハ、と笑ったククールはそして「だからゼシカはすきなんだ」と言った。
 それを見ているエイトはふたりのやりとりがさっぱりわからなかったし、ヤンガスにいたっては我関せずの姿勢をとり続けていた。

「あんたも、あたしとは友愛の関係以上になれないってわかってるんじゃない?」
「まあなー、あー、もーすっごい理想なのになー」

 あーあ、と大袈裟にククールは溜め息をついた。アスカンタと願いの丘を何度も往復しているうちに、この道のりに出てくる魔物とは楽に戦うことができるようになったから、少し余裕が生まれているんだろう、ククールも、ゼシカも。なにも言わない王やヤンガスだって、きっと。エイトもなにげなしに散歩しているような気分で、そこを歩いていた。もうすぐ、アスカンタ王の願いを叶えることができる。愛した人の喪失に耐えられないと嘆く、悲しみの王様。
「理想とは思考が作り上げたものよ。恋でも愛でもないの」
「へぇ」

「まったく、恋だのなんだの話を飽きもせず喋り続けて、アッシは身体がカユクなりそうでガス」
 所在なげに近づいてきて、ヤンガスはひそひそと耳打ちをする。エイトたちよりひとまわり弱は年上であるヤンガスには、ふたりの話はあまりに青すぎて、気恥ずかしかったし、もうそういうことを口にする年ではなかった。
「ヤンガスはそーゆーことはなかったの?」
「そりゃあアッシにも若い頃はあったでゲス。でも今は―――」
 惚れたのハレたのだなんて、そんな。しどろもどろと口調は尻すぼみになって消えた。「らしくないでがす!!」そう言ってまるで気持ちを落ち着かせたいとでも言わんばかりにヤンガスはひとり一番前へ飛び出して先頭を切った。

「あたしの理想の人は兄さんのような人よ。ふふ、この中じゃエイトが一番近いわ」
 するり・とエイトの腕にゼシカが絡む。追いかけて、ククールがその隣に不服そうな顔をして立った。このふたりは、とエイトは思う。どんな話をしていようが、結局最後はこうしてエイトに絡んでくる。
「でも、恋でも愛でもないんだろ」
「そうよ。兄弟みたいなものよ」

「ふうん」
 興味なさそうについた、相槌。アイスブルーの目は遠く、もうゼシカもエイトも見ていない。途端に興味を失ってしまった子供みたいに言葉を閉じて無言で歩いていくククールを隣に、少しばかりの居心地の悪さを感じながら、苦し紛れにエイトは口をあけた。えーと。続かない言葉を無理して続けようとすれば、無理した言葉はほとんどわけのわからないものになっていくけれど。
「家族みたいなものだよ、君も」
 ぱちん・と弾かれたようにアイスブルーの目がこちらを見つめて、にやりと笑う。的外れではなかった、たぶん、この言葉はよかったのだ・とそう思って。

「じゃーオレはやっぱり、行く先々の街や村で恋や愛をみつけなくっちゃなあ」

 はじめっからそうすべきなのよ・とゼシカのくすくす笑いがすぐそばで聞こえた。アスカンタはもう、目の前だった。






2006/6/14 ナミコ