彼は小さくため息をついた。
それこそ隣にひっついて離れないパートナーにすら聞こえないくらい小さく。

流れ出る音楽にあわせて踊るのはこれが何曲目か。
きっちりフォーマルダンスを教え込まれたマルフォイにとってこのようなダンスは苦でもなかったし、そもそも女性に恥をかかせるようなことはしてはならない。
高貴で、正当なる血を受け継がれてきたものにだけに対応される紳士さだ。
マグルや混血のものにはこれは相当しない。
だからこうして今踊るパーキンソンに対しては努めて紳士に振舞わなければならない。それが礼儀だからだ。

それは彼の尊敬する偉大なる父上殿のお考えであり、またかつて先祖代々から実行してきた事であった。
(というより、これはマナーだ、上流階級を生きる貴族にとっての。)
三つ子の魂百までも!子供だって男は紳士にならなければならないし、女の子はレディなんだ。


ああ、終わった。


なり終わった音楽に、マルフォイはほっとした。
ダンスホールの端によけるべく、目を走らす。
壁際には、パートナーを見つけられなかった者たちがこちらを見ていたり、一休みとダンスを中断した者達が飲み物片手に楽しそうに会話していた。

(…)その中に、燃えるような赤髪を見つけた。
きっとウィーズリーの家の誰かだろう。見つけられなかったんだな、と思わずにやりとした笑いが込み上げた。
しばしの優越感に胸が浸される。
だがその真正面に誰かがいて、伸ばされたウィーズリーの手がその相手と繋がったのを見てその眉はひそめられた。
白いドレスが儚く控えめで、それでもなぜだか輝かしかった。
パーキンソンの目立つ、とは意味合いが違った。絶対にだ(だって彼女はレースとフリルで目立ってる)。

がくん、と腕がひっぱられた。
どうやら音楽が始まったらしい、さっきよりは少しだけ速い曲。
まだ踊るのか、パーキンソンは。
フリルが厳かに揺れて、上品だった。
だけどうん…フリルだけだ。

ちらり、とマルフォイはさきほどウィーズリーの誰かに手を取られた少女の顔を盗み見た。
そしてパーキンソンの顔と見比べた。

ああ…と、マルフォイは忌々しげに舌打ちし、早くこのダンスが終わらないかと切実に願った。







  シャランラ、星空にタンバリン投げつけて 3







さすがに疲れたな。

マルフォイは首をぐるりと回しながらダンスホールを抜け出した。
ごきり、と小気味よい音がたったので少し驚いた。
飲み物を取ってくるといってパーキンソンから離れたが、まぁ平気だろう。
あの中でははぐれてしまっても仕方がない。そう言えばいい。
それにグラップとゴイルもいるから彼女も退屈はしなかろう。
もともと乗り気じゃなかったんだ。

クリスマスダンスパーティなんて、こんな学校なんてものの中でやるべきではない。
もちろん正式なるパーティをさしているわけではなく、クリスマスに乗じた、ぼくら生徒を喜ばせもてなすような子供だましのパーティーに対してだ。

右を見ればダンスのなってないものが女性にリードされ、左を見れば女性をろくに満足させる事の出来ないものがいる。なんて嘆かわしい!
まぁ、レディだからといってひたすら待ち続けたり、わがまま言い続けたりするのもどうかと思うけどね。

ソシアルダンスは楽しみながら多くの人と交流するものなんだ。
相手を選ぶ権利があっていいて思う―――と言ってもその選択の権利はパーティ前にあったな。
でも僕の場合はほとんどなかったな。
だってパーキンソンが…パーキンソンから申し込んできたんだからな。
断る理由もなかったし、自分から探すのも面倒だったし、当日別の人と踊れないわけではないと思ったから了解した。
(彼女の気持ちは都合のいいよう知らないフリをしてしまったけれど)


ふぅ、とマルフォイはため息をついた。
どこもかしこも誰かが、しかも組になってベンチに座っていたので困り果ててあてもなく庭園を歩きはじめた。
まぁ気分転換にはもってこいだ。


えーと、そう、了解したけどまさかパーキンソンにあそこまで振り回されるとは思わなかった。
驚きだね、せめてもの救いは彼女もソシアルダンスはマスターしていたってことだろうか。
見栄えよく踊っていたんじゃないかな、顔はともかくとしてな。


ぐるぐるとマルファイは庭園を目だけ動かして見ていた。
ベンチに座っているものは仲良く談笑し、そこかしこと物陰に隠れているものたちはなにをしているやら…外でなんて不潔じゃないか!
女性のため、自分のためを思うならなるべく室内にしたほうがいいのにな。
ああ、バラ園の向こう側にスネイプ先生を見つけた。
見つかるのも時間の問題だ、馬鹿どもが。


庭園にひとりで出てきたのは間違いだったかもしれない。
でもいまさらホールに戻ってパーキンソンと踊るのも気が引けた。
壁の花となっている誰かを見繕って踊るのも馬鹿げてる気がした。
それにそもそも僕は純血以外は踊らないし、ましてや他の寮の女の子と踊るのはまっぴらごめんだ。
…可愛いなら話は別かもしれないけど。


ぶつぶつ考えながらマルフォイはついに庭園をぐるりと一周しそうなところまで来た。
結局一休みすることなどもできないし、なによりここは落ち着かない。
不本意だが、ダンスホールに戻るか…と思ってぐるりと方向転換する。
まぁでも、もう少ししたらパーティも終わるかもしれない。そう思って、マルフォイは歩き始めた。





「ん?」

ぐるりと迂回してマルフォイは小道を歩いていた。
庭園を一望できる丘へ続く小道に差し掛かって、降りるための道を選んだ。
ぼうっとフェアリーが飛びかい、キラキラ輝く噴水に目を向けた時、それを見つけたのだ。

白いシンプルなドレス。

遠くからで、それが誰かもわからないし、ましてやさっきウィーズリーの誰かと踊っていた者ではあるまい。
ちらりと目を走らせたダンスホールに、白いパーティローブを来た女の子が、どれほどいたとおもっている。
きっと、違う。そう思いつつもマルフォイの目はずっとそちらに向けられ続け、自然と噴水へと続く道を選んでいた。
ダンスホールへ続く道へは遠回りにも関わらず、だ。

期待をするな、と心の中で思い、それこそそもそもなにに期待をかけようと言うのだとマルフォイは苦笑した。
まさか、いや、そんなことは―――繰り返し反芻される単語らに頭を埋め尽くされながら、それを振り払う。
おこがましいと思いながらも人はそうすることをやめられず、常に期待する。
そう、そうだ、だからこれは当たり前のことなのだ。きっと。
そう言い分けていること自体、もはや当たり前ではないかもしれないのに。


噴水と、フェアリーソウル。
水しぶきと、白いドレス。
きみとぼく。



「………おい、」

この声に込められた苦々しさを、どうして取り払えないのだろうと、そう思った。











 
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不器用ドラコたん
あらら、長くなってきたゾ


2004/9/11  アラナミ