そう、思い返せば、今年が始まったあの瞬間から、私は最悪的事態への道を歩んでいた…かもしんない。







2003年12月31日から2004年1月1日にかけての出来事。







「なんであんたがここにいるのよ」
決まりきったお決まりの文句を私は言う。
なんでって、そんなこと、こいつに求めちゃいけないんだ!
それはもうしみじみと分かりきった、分かりすぎるくらい分かりきってしまった習性に、私の頭は痛み出す。

参考書に向かってばかりいた疲れた頭が見せた幻覚…であるとしたら私の母と楽しそうに談笑しているはずもあるまい。
えぇと…これは…つまり…。
「お疲れ様、お茶飲むよね?」
紛れもない本物だと!
慣れたようにこたつの上に置かれる急須を手にとって、私愛用の湯飲みを間違うことなく選んで注ぐ。
恐ろしい。

恐ろしい恐ろしいと言いつつ叫びつつも、身体はそれを甘受し、あたりまえのように作動する。
日常が、私の限りなく平和だった日常が、確実にこいつに侵食されているにもかかわらず、それすらも日常の一部として捉えてしまう自分が限りなく恐ろしいっ………!!

「はい、
「んー…」
湯飲みに注がれた緑茶のお茶請けは、この男の美しくも本質はよく似てらっしゃるお姉さまの手作り品でもある一品。
ラズベリーパイと緑茶。
とんでもなくあわなそうに見えるけど、私たち親子は気にしない。
所詮庶民のティータイムはこんなもんです。
てゆうかお茶請けがあることが珍しい。
ありがとう、不二と由美子お姉さん!

「はぁー、今年もいろんなことがあったわねぇ…」
しみじみとした顔で私を見る母。
「おばちゃんみたいだよ」
「うるさいわねぇ!これでも職場じゃあさんキレイですねって言われてるのよ!」
「年とキレイは関係ありません」
「口の減らない!!」
ずずっとお茶をすすると、くすくすと笑い声が聞こえる。
不二だ。
「仲、いいんだね」
「……う…うん」

こういうときに笑う不二は、本当に優しく笑うから、困る。
本当は不二が好きな私は、ドキドキしてしまうよ。
いつもは子供な私にあわせてふざけていてくれる不二なのにね。

口元が笑いそうになってるのは、ラズベリーが酸っぱいせいにしておこう。
少し顔が火照ってるような気がするのは、部屋の温度が高いせいにしておこう。








「ごちそうさまでしたっ」
ぱん、と手をあわせて、それから勢いのままに後ろに倒れこむ。
思いっきり振りかぶって見た後ろは、キッチンに立つ母の足が見えた。
「食べてすぐ寝ると、牛になるよ?」
小さくいさめる声、だけど私はものともしない。
不二のその声に本当にいさめるつもりがないから、余計に。
「なんないもん」
こたつにもぐってぬくぬくするのはすごく好きだ。
ついでに言うと独り占めするのもすごく好きだ。
だって足、好きなだけ伸ばせるじゃん。

……伸ばしたい。

「ねー、ね、ね、ね、不二?」
「なんだい、?」
ぽんぽんと、自分の横を手で示す。
不思議そうに眉をしかめる顔。
「こっち、来て?」
「え―――?」

瞬時、驚きの表情が出て、そして………………うっわ、なんて嬉しそうな顔。

「しょうがないなぁ、がそこまで言うならいいよ」
言ってないって、そんなに。
てゆうか私はただたんに足を伸ばすためには隣にいる不二が邪魔だったから、私の横にくれば足の方向は一緒だからいいんじゃないかなって思っただけで……。
は甘えたさんだったんだ」
「や、違うって!」
横にくるだけではあきたらず、その膝に私の頭を乗せてのひざまくら態勢……しかも包むようにして見やがるんだから、もう。
「いい!こんなことしなくていい!!」
「照れなくてもいいよ、は僕のハニーだからね」
「いやぁ!!」
どうしてどうしてどうして。
ちっとも力なんて込められてないように見えるのに、どうしても動かせないのは本っ当にどうしてなんだか…!



「私はっ!見下ろされるのは嫌い!」
じたばたと数分あがいた後に、負けたとばかりに私は言う。
というかこれは新たに自分を貶めるだけの言葉だと気付くのはもうあと数秒後のことなんだけどね!
「じゃあ抱きしめてあげる」
「ぎゃー!!」
逞しいオトコノコの胸と腕。
現役…ってか、部活から引退して数ヶ月というのに、もっぱら衰えてしまってる自分と比べてなにこいつの変わりようのなさ!
イライラする!!
「離せ、離すんだ!暴君め!!」
「あははは、可愛いなぁ」
こうして暴れたって、なにしたって、結局不二にやりこめられて手も足も出せなくなっちゃうんだけどさぁ、でもさぁ!
からかうように絡まる腕とか、余裕な口調とか、なんか悔しい!

「ふふふ…」
「な、なによ…!」
これまでにも何回ぐらいしかないくらい間近に寄った顔が、やわらかくほころんだ。
ちょっと(どころじゃなく)動揺っす!てゆうか不二の髪が顔にあたってくすぐった……!!
「ねぇ、初詣一緒に行こうか」
「だっ、だぁれがあんたなんかと!」
「じゃあ一緒に行かないと離さないよ?」
朝までね、と小声で不二は付け加えた。
「!!!」
わかったと、言っちゃうんだ私は。
一緒に行くって言うしかないんだ。
不二はいつだってそう。
選択肢はいくつもあるはずなのに、いつのまにか不二が望む選択をしている。
手の内の駒ってか、こんにゃろう!

てゆうか行かないって言ったら、本気で朝まで離さないような気がする……!!

「………わかった、行きます行くわよ行かせてください!!」
叫んでどっと突き放す。
くっそぉ……!私の心のよりどころ、ぬくぬくおこたも不二というオプションがつけば戦場だわ!!
侮れない!
「うん、じゃあ11時半に青春神社ね」
「ん…?ん、え?うちから一緒に行くんじゃないの?」
あっさりと立ち上がってコートを手に取る不二に、もう帰るのだろうことがわかるのだけど。
えー?いつもだったら遠慮なしに夕飯食べてったりするのに!!
「ちょっと準備があるからね、一度うちに帰るよ」
準備ってなんだ、準備って。
まぁ…いいか。
「あっそう、わかった。じゃあね、バイバイ」
「玄関まで送ってくれないの?」
「私寒いの嫌」
帰ろうとする不二を、背中で見送って私はこたつにもぐりこむ。
背中では不二の苦笑が小さく聞こえた。







…思えば、このひとつの小さな約束が、すべてを引き起こした。
(と思っているのは私だけで、他人から言わせれば私が悪いのだと)












まどろみを砕くように世界が揺れる。
「      …と、…… …ちょっと、  ?」
「…………………ン」
ったら、起きなさい」
絶え間なく私を呼ぶ声は、お母さんのものだ。
だけど今はそれがちょっとうるさい。
「ん………あと5分…………」
「バカっ!なに寝ぼけてんの!あんた周助君となんか約束してるんでしょ、いいのっ!?」

約束………………………………………………って、
「おかぁさん今何時!?」
「もうすぐ年明」
「ぎゃーーーーー!!」

準備はしていた、していたのよ。
だけど少し早めの年越しソバは、おなかを膨らませほどよい眠りを誘発…って、そんな言い訳不二が納得するわけないじゃないの!!
どーしてもっと早く起こしてくんなかったの!とは言わない。
目覚めてはじめに目に入ったお母さんの寝乱れた髪を見れば、今しがた起きただろうこと予想がつくからな!
てゆうか言う時間すら惜しい!

コートとカバンをひったくるように手にし、私は死ぬ思いで神社までの道を疾走した。





待ち合わせ場所には恐ろしいまでに穏やかな笑みを讃えた魔王がいたことは言うまでもない。









そして私はまた悲劇の始まりとも言える約束をしてしまった。