ごめん、ごめんなさい、ほんっとーにゴメン!

ひたすら謝り倒す私に不二はいつものように笑って許したり、それを逆手に取って無理難題を要求するでもなかった。
本当に本当に本当の本当に、不二は怒ってた。
ゴメンナサイ、1時間以上も待たせてしまいました。

新年早々神社でケンカするカップルに、好奇の視線はこれでもかというくらい集まった。
ましてや、顔だけは極上にいい不二がぷんすかしているならこそ余計に。

ごめんってば!

ああもう泣き叫びたい気持ちを抑えて訴えかけるように言えば、不二はしょうがなさそうに目を細めて、やっと私に顔を向けた。
だけど怒りは収まっていないご様子で。

この寒い中1時間も待たせるなんて、もひどいよね。ホラ、手真っ赤。

差し出した手は、本当に冷たそうで、だから自然に私は手を伸ばして自分の温もりを不二にわけようとした。
不二もそれを黙ってみていた。

それはもうたくさんの人に声かけられるし、追い払うのも面倒なのに長時間待ちぼうけって辛いよね。

恨み言をさんざん聞く。
あんまり不二が言うから、私は少し涙が滲んでしまったのだ。
だから隠すように俯いて黙っていたのだ。


ふたりの間に沈黙が通る。
だけどしばらくして不二が小さく「チョコ…」と呟いた。
私は慌てて不二を見る。


バレンタインにチョコ頂戴。

驚いて私は目を見開きながらも大きく頷いた。

誕生日も祝ってよ。

そしてまた私は大きく頷く。

またデートして、好きって言って、キスして…

うんうんうんと大きくなんども頷いて。

結婚しようね。

う…ん、と大きく頷きかけて慌てて首を横に振る。
まだ早い!!









年初めからの予兆だとしか言いようがないってば。









「終わったー!!!」
と、諸手をあげて問題用紙とシャーペンを放り出す。
この気持ち、受験生にしかわかるまい、わかるまいて。
もう勉強しなくてもいいんだ!という喜びに、教室は満ち満ちる。
決して落ちてなければなんて野暮なことは、誰も言わない。
とりあえず一時の苦労に区切りがついたのだ、共に喜び合ってなんぼ。
うん。

ー!ねぇー、久しぶりにカラオケ行こー!」
にっこにこと笑いあう今日だ、今までの鬱憤晴らしに気をゆるめたっていい、いいに決まってるさ!
だけどは「やぁねぇ」と、大きく笑ってそれから目を勇めるように細めて。
「今日のイベントはここからよ!愛を!愛を勝ち取るために!!!」
「あ、愛?」
「そうよっ!なにとぼけた顔してんの!そりゃまぁ確かには不二君がいるかもしんないけど油断はなんないわよ!なんたってあの不二君だしね!さー頑張ってチョコ渡しにいこー!」
輝く目、勇ましく握られた拳…と豪華な包み。
……………チョコ?

私の目に、一ヶ月とちょっと前の出来事が、走馬灯のように目に浮かんだ。








「あ゛ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

忘れてたっ!

なんでかもうスッパリキッカリサッパリと忘れてるかなぁ、私!
約束も約束、約束を破った上でした二乗の約束をどうして忘れるのか、えぇい、ちっぽけな脳ミソだな私!
バーカ、バーカ……って、自分を馬鹿にしてる場合じゃないってば!
一刻も早く帰って作ってこなくては!
不二にバレる前に!不二にバレる前に!!不二にバレる前に!!!!!

「どっ…たの?…まさか………」
眉をしかめて私を見るに、私はにぃーっこりと笑いかける。
「そんなことないよ」
「え……」
「ないから」
「でも……」
「ないってば」
「や、」
「おおっと急用を思い出したワ、じゃあねっ!」

私はペンケースとサイフだけが入ったぺちゃんこのカバンを引っつかんで全速力でそこを離れた。
え?が何か言いたそうだったって?
そんなことないよ!!全然!!!!!
ふぅ、うまくゴマ化せた☆

汗を拭う動作をして、それから私は帰路へとついたのだ。
もちろん帰りにコンビニで板チョコを買うことは忘れない。










家に帰って玄関を開けた私がまず一番先に発した言葉。

「なんであんたがここにいんのよ!!!!!!!」

驚きと焦りと恐れと驚きと驚き。
つまりもんのすごくびっくりしたってことだわよ。

リビングの定位置で、こたつでぬくんでるあいつ、不二周助。
ていうかカギはどうした。
今はちょうど真昼をすぎたあたりで母も仕事中でつまりここの家は誰もいなかったはずで……。
ハッ…まさか私朝カギかけ忘れて行った!?
ま…まさか不二だけじゃなくて不二の前にはドロボーさんとか来ちゃったいました?
か………金!今月の生活費は無事ですかぁ!?

「大丈夫だよ、お義母さんに合鍵もらってただけだから」

そっかー、それならよかったー……………………………………って、聞いてないよ私!!!!!!!!!
ドロボー入られるよりショッキングな言葉が不二の口からサラリと私の耳に入ってきたんですけどー!!おかーさーん!!!

「ハッ……!!!てゆうか私はどうしてあんたがここにいるかを聞いたんだけど!!!!」
「どうしてって…そりゃあもちろん、からチョコを貰いに」

チョコ!!そうだチョコだよ!!!
あー、あ゛ー!!どうして私は目の前にあるひとつのことに注目しちゃうと後のことは考えらんないんだろう!!
私の悪い癖だよ、つけこまれてるような気がするよ、ヴー!!!!

「……期待はしてなかったけどね、別に」
ふいにつぶやいた不二の吐き出されるような言葉。
だけどそれはいつまでもそこに立ってないで入っておいでよ、とまるでこの家に住む者が反対になったような物言いに頭をこんがらせてしまったせいで掻き消えてしまった。

いやいやいや、言い訳を考えるのよ私!!!

「あ、あのね、わかってるとは思うけど今日テストだったじゃない、内部進学のためのさ」
「知ってるよ」
端正なお顔をお持ちの方の無表情というものほど、読めないものもなくて。
コワッ。

「まだ、作ってません」
「そうだね」

てゆうか私はどうしてこんなにも不二を怖がってんだろか。
イマサラ不思議かも……しんない。


手を伸ばした先は今さっき買ったばっかの板チョコの入ったビニール袋。
取り出すたるは板チョコ以外のなにものでもない。
そして魔法の呪文を言ってみましょうか。

「一緒に作るのと、一緒に食べるのどっちがいい?」
あがった顔がちょこっと緩んでるのは私の気のせいではないと思うのだけどね。
「一緒に作って一緒に食べるよ」
立ち上がった不二が、企んだように笑ったなんて、あえて知らないフリをしてみる。
それを知って、誘いの言葉をかけたのは私なのだから。










バレンタインついでに頂かれてもいいかと思ったのですよ。