ジャズバラードクラシック






「不二の部屋は正統派音楽ばっかだね」

それは私が言った何気ない一言だった。

ポイント→「私が言った」



「あれ?嫌いだっけ、ジャズとかクラシック」
「いーや、むしろ好きだけど好きといったらロック、ポップスの方がしっくりくる」
「ふうん」


見据えた棚は、年代もののレコードがぎっしりと詰まっている。
手入れがいいせいか傷んでるところはそうそうない。
ありがたみがないというか執着心がないというか貧乏性の私はこれ売ったらけっこういいお金になるなぁとついつい換算してしまったあたり微妙に自己嫌悪しました。


「不二はこういう音楽が好き?」
「うーん…まぁそれもあるけど……」




不敵に不二の目元が笑う。
いつもの目だ。
いつもの、ろくでもないことをするか言いだすかするときの目。




長年…も付き合ってないくせに何十年と一緒にいたくらいにわかってしまうって……!!!!
くっ……!!!


だから私はいつものように身構えるまでもいかなかったけど、後ろにたたずむ不二に十分な警戒を払いつつ立ち上がる準備をした、けれどそんなささやかな抵抗むなしく後ろから伸びてきた腕が私の目の前にあった大量のレコードに手を伸ばし、私を抱きしめ、一瞬のうちに見えない拘束をかけていった(ような気がする)。
そして不二は慣れた手つきでそれをアナログオーディオにかけてゆく。

ゆっくりとやわらかに聞こえ出すそれは私も聞いたことがあった。



エリーゼのために、だ。








「クラシックって、胎教にいいかなってのが一番かな」







は?











頭の中を何度も行き交う疑問詞が、溢れて溢れて詰め込まれてパンパンになりそうになる。
や…てゆうか……………







「なに、あんたたちできちゃってたの!!!???」




「!!!!!???」






ドアが壊れるんじゃないかってくらいの勢いで開け放たれたそこに、彼女はいた。
この親にしてこの子供、この姉にしてこの弟、という言葉をまさにあらわしてくれるような彼女が。
(だけど不思議なのはその血の流れの中に不二裕太という人間がいることだ。本当に。)

どんなに美人でも、どんなに優しそうでも、不二のお姉さんだってことは変わらない事実なのよ、私!!!
(そう、どんなに優しくても、どんなに被害者側の立場だとしても、不二裕太が不二家の血筋の人間ということには変わらない事実。)



「ちょっと姉さん、これから作るんだから邪魔しないでよ」


えー!?


「なんだ、まだなの…そりゃそうよね、せめて中学くらい卒業しなくちゃね」


ぇえー!!??





なにやら常識という枠を飛び越えた先に存在する不二一家は、どこから本気でどこまで冗談なのかの区別がつかない。
むしろ冗談なんて言葉は存在しないのだと、末弟クンから聞いたような……………。
(ヘンな家!ヘンな家!!ヘンな家!!!)







とりあえず私は窓から逃走を試みようとした。