強化合宿と言われ、連れてこられた山中で、僕らは今日も暑く忙しい日々を送る。
いつ帰れるともわからない合宿で。
登ってみないかい、愛の山を!!!
「迷っちゃった……みたいだね」
額にはびっしょりの汗。
手には少しばかりのスポーツドリンクとタオル、ラケット、テニスボール。
スタミナ集中力腕力正確さ、すべてを強化すべくトライアスロンレース中、どこをどう間違ったか彼らは道に迷ってしまっていた。
そう、彼らは。
「ど、どうしよう不二!!」
慌てふためくに、安心させるべく不二はその手を彼女の肩に回す。
木々をかきわけど、かきわけど出てくるのはたいそう変わりはしない木と地面。
ひとつ山などそんなに広くないと思っていたものの、やはり山は山。
『山をなめるな!!!』
手塚の声が聞こえてきそうである。
「大丈夫…別に出口がないってわけじゃないし、降りて行けば街に着くよ」
「う、うん………」
不安だからだろうか、いつもは決して自分から近づいてこないが、ぴったりとその身を添えて。
あまつさえ、自分の腕にぎゅっと抱きついて離れないのだから。
「熊とか、出ないかなぁ…」
「出ても、のことはちゃんと僕が守るから」
安心させるように笑いかければ、ほんのりとだが、弱々しい笑みを返してくれて。
嗚呼、僕は今ものすごく幸せだなぁと思った。
「あ!!ねぇ、あそこなんか川みたい!!」
なにかを見つけたように走り出そうとする。
だけど彼女は僕からその手を離さないで僕を待つんだ。
なんて、なんて可愛らしいんだろう。
一緒にくぐりぬけた木々の先には、拓けた川辺と、小さな山小屋。
「わー、ねぇねぇ、不二、魚が泳いでるよ!!」
「本当だ」
覗き込んだ水の中には、何匹もの岩魚が泳いでいて。
きっと、ここの水はきれいなのだろう。
僕はそっと手を浸して、それから静かに顔を洗った。
「気持ちいい?」
それと一緒にタオルが近づいて、顔を拭くために手を伸ばしたけれど、やんわりそれを制される。
「うん」
すぐ目の前まで近づいた大好きなの顔。
そしてその手が優しく僕の顔から水滴を拭ってゆく。
「少し、疲れたね」
いつものの顔に、疲労が見え隠れしているのに気がついて、僕は促すように彼女の手を取った。
「あそこで…ちょっと休もうか」
指し示した古びた小さな山小屋。
曇り始めた空を見ても、それが一番だと思った。
「ほこりっぽい」
山小屋に入ったの第一声はそれだった。
ほこりっぽいというよりは、むしろほこりがかぶっているといった方が正しいくらいなのだけれど。
「まぁ、空色も悪いし、我慢してね」
置いてあった雑巾で適当に床を拭き、それから僕はそこに座る。
おいで、とを呼んで。
「う、うん?」
とたとたとその足をこちらに向けて、それから僕はの腕を掴む。
「わっ」
が痛くないよう引っ張って、そして僕の膝の上に座らせる。
「ちょっとだけ、我慢してね」
「………うん」
肩口に顔をうずめて抱きしめる。
も、それにまかせて僕に擦り寄って。
「大好き」
願ってもない言葉が聞けた。
「僕も大好きだよ!!!!!!!」
好きで好きでどうしようもない子から聞けた、やっと聞けた好きだという言葉。
もう止めなくていい。
もう止まらなくていい。
「僕ね、このままでいいかと思うんだ、君と一緒なら!!!ここでこのまま暮らそう?結婚しよう?愛しあおう!?」
「ふ、不二っ……!!!」
勢いあまって押し倒したの目が、少し不安に揺らぐから、僕はありったけの愛をこめたキスを君に送った。
大丈夫だよ、という意味を込めて。
「んっ……あ、や…ふじっ…」
「不二、じゃないよ。周助だよ、………」
「しゅうすけ…っ、……」
熱っぽい声に、心がはねる。
君の肌に、僕の手を滑らしていく。
「愛してるよ、……子供、たくさん作ろうね……………………」
ばっちん!!!!!!!
それはとてもとても大きななにかをはたく音と衝撃と、それから視界をチカチカ飛ぶ星が見えて気がついた。
可愛い黄色のパジャマを着ているが目の前にいて。
もちろん僕はを半分組み敷いていて。
あたりはどこかまだ薄暗くて。
なによりここは―――――………
合宿舎の中で。
「不二のバカーーーーーーーー!!!!!!!」
の叫び声と頬の痛みに、あれはすべて夢だと知る。
駆けつけた顧問と手塚に多大なる説教を喰らったのは言うまでもない。
(ふふふ…僕にしては珍しい失態だね……でもそれだけ我慢してるってことだよね)
それからずっと、は僕と話をしてくれない。
ねぇ、でも許してくれるんでしょ?