いつからかな、前は平気だったのにな。
男の子と喋ること。

今は、どこか、恐くて仕方ない。





It's raining cats and dogs !!





桜が舞う季節を越え、青々とした緑たちが陽に照らされる日もままならなく梅雨がやってきた。
毎日毎日鬱陶しくなるほどの湿気と雨の雫。
新学期おろしたてのスニーカー…もう真っ白なんかじゃないけど。
登下校中にぐっしょりと雨水と泥水を吸って気持ち悪かった。
お気に入りの傘をさすのは嬉しいけど、でも。
たぷん、たぷん、と歩くたびつま先から雨水が前へ前へ飛んでいく。
制服のスカートだって学校に着く前からでろでろに濡れて、太ももにまとわりついて、冷たくて気持ち悪い。

(早く、早く学校着かないかなぁ。)
雨の日は憂鬱になる。
そして身体中まとわりつく湿気と雨水に気分が害されていく。
私はもうただひたすら重くなり続ける足を前へ前へと突き出していた。


(やっと、着いた……)
学校に来るということだけなのに、なんでだかどっと疲れた。
きっとそれはこの身体中を濡らしている湿気と雨水のせいだ。
ぽた、ぽたと廊下といわず私の歩いた後に水滴が滴っていく。
立ち止まった教室の入り口には小さな水溜りを作って。
「おはよー、
「おはよ」
そこに立ち止まった私をすかさず見つけたクラスメイトで友達の
朝の日常会話を交わして、それから私は教室に入る。
むっとした湿気を感じて、それから私立ならではの空調によるカビ臭いにおいが鼻先を掠める。
踏みしめる一歩。
ぽたぽたと水滴はとどまることなく私の後を辿る。

「うっわぁ、ちょっと、、あんた酷くない?」
「えー?」
自分の席にどっとカバンを置く。
置いたカバンすら外側がぐっしょり濡れていて少し気持ち悪かった。
机の上にも水滴が滴る。
幸いどうにかカバンの内側に雨水が入り込むのは避けられたようだけど。
「ジャージに着替えなよ。私だってそこまで濡れなかったよー?」
「うん、なんかさ、もぅ早く学校着きたくってヤケになって歩いてた」
あはは、と笑いながらきびすを返して後ろのロッカーへ近づく。
廊下側よりの、中半端な位置の上から2段目の私のロッカー。
雑に教科書やら辞書やら置いた中の体操袋に手を伸ばす、つもりなのだけど。
ピタリと止まる私の手。ロッカーの目の前で。
(アレ?私、ジャージ持って帰っちゃった……?)
眉に寄っていく皺。
今日は月曜だから、必死に3日前のことを思い出させて。
えぇと、えぇと、えぇと。
手持ち無沙汰に空中に止まったままの手。
「どうしたの?」とが私と私のロッカーを見比べる。
「ちょっと、。もしかしてジャージ忘れたの?」
「…………………うん。ってか、体操服もない」
あちゃーと私を見る
はもう既に着替えてジャージを着ているから、貸してなんて言えるはずもないし。
というか、今日こんな日にジャージを忘れてくるような間抜けはいないってば。
(ど、どうしよう。)

「あ、ねぇ、確か堀尾が似合いもしないテニスウェットひけらかしていた!あれを借りよう!!」
「えっ、いいよ、いらない、私このままで平気っ!」
ぽん、と思いついたかのようにの身体が動き出す。
その足がまっすぐ堀尾君の後姿に向かっていくから私はそれを必死に止めた。
(冗談じゃないって、男子のなんか嫌だってば!)
「はぁ〜?なに言ってんのよ、
「平気だってば」
にへら、と笑うけど、本当は全然平気なんかじゃない。
ぐっしょりぬれた制服は、私の制服と身体の間に微妙に湿気を溜め込んでいって気持ち悪いことこの上ない。
それでいて濡れた身体は冷えていくものだから……寒い。
「本当に平気なの?」
「だいじょーぶだって、ね?」
「ほんとーにぃ?」
「ほんとー……………っくし!」
口から飛び出す小さなくしゃみは私の建前の言葉を吹き飛ばしていく。
薄っすらと細めたの目は呆れたように私を見る。
言葉言わずとも、わかる。
もわかってるから。

男の人が、苦手。

ふたりの間をしん…と静寂が駆け抜けて雫がぽたぽた落ちる音だけ聞こえるみたいだった。
だけどそれを破るようにロッカー隣の教室の後ろの扉が勢いよく開く。
ガラッという大きな音に振り返って見れば、そこに立っていたのは新学期に入ってからなにかと目立っているクラスメイト。
名前は……えぇと、えぇと、……だから男の子って名前覚えてらんないんだってば。
別に親しくなろうなんて思わないから!
なんてひとり思ってたら、
「邪魔なんだけど」
なんて言われて、後ろ扉入り口付近に突っ立ていた私たちは「ごめん」と言ってそそくさと道を開いた。
横を通って歩き出す彼の学ランもまた、雨に濡れて雫を滴らせていた。
追う背中に、自席についた彼は早々と着替え始めていて。
うう…体操服忘れるバカなんて私だけなんだぁ。
苦々しく笑って俯いたら、すこし離れたところからの声が聞こえた。

「ちょっと、越前君。ジャージ貸してくれないかなっ」
え?と頭に疑問符をいくつもつけて私は顔をあげる。
さっきの彼に向かって話かけているが確認できた。
え、え、ええ?
「ちょ、ちょっと、っ!」
慌てて駆け寄って、でもそれを制止するようにに捕まる。
「ホラ、この子体操服忘れちゃってさぁ。びしょ濡れだし」
「ふぅん」
ふぅんって、ホラ、なんか冷ややかな目で見られてる気がする!
こんな日に体操服忘れたから!
バカにされてるんだ、きっと!
「い、いいってば、!」
「…って、本人は言ってるけど?」
「風邪ひいちゃうじゃん。それに、悪い話じゃないと思うんだけど?」
やーめーてーよー!
心で叫んでも伝わるはずもないのだけど。
「まぁね」
「じゃ、貸してあげてよ」
「いいよ」
淡々と話の進む2人に、私がついて行けるはずもなく、ただひとり慌ててぐるぐるしていたのだけど、「ハイ」と渡された学校指定ではない青と白のジャージに私は頭を傾げた。
「え、えぇ?」
「着ないの?」
半ばムリヤリ手に持たされたジャージに疑問を抱きつつも、私はどうすべきかただひたすら考えていた。
えぇと、えぇと。
「透けてるよ」
伸ばされた彼の指先が私に向かって、それでいて私の肩あたりから胸の膨らみはじめあたりにかけてのブラ紐をつい、となぞって。
改めて見た自分の姿に、ああ、透けてる。なんて楽天的に思って。
思ってから次第に今起きた出来事に冷や汗をたらし始めながらも眉間に皺を寄せて考えて。
30秒くらいたって始めて私は情けない悲鳴を上げた。
というか、声にならない悲鳴を。

絶句した私はふらふらとした足取りで自席についてもそもそと着替え始めた。
知らない、知らない、忘れよう。
これは夢だ、きっと夢。
雨に濡れて疲れた私が見た白昼夢。

だから私はその後ろでが苦笑いしていたことも、彼が笑っていたことも、なにも知らない。




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2003/7/30