02









「もう頼んだのか?」
「うん」
 楽しみだね、と顔をつき合わせてとよつばは笑いあった。楽しみなのはピザだけでないのは、それこそとよつばだけが知ることでもある。最後の仕上げだとか言っちゃって、大事な仕事道具でもあるパソコンを2階でずっと設置していた小岩井とジャンボは分かるまい。こっそり二人で抜け出して買ってきたのは、アイス、プリン、ポテトチップス、サラミ、チーズ、オレンジジュースにビール12本。少し…いやかなり重かったけれども、ふたりで贅沢品を買い込んできておいた。

「なに頼んだんだー?」
 洗面所で手を洗っていたジャンボも、居間へ顔を覗かせた。
「へっへっへ、なんでしょーう」
「なんでしょーう、な!」
 顔を合わせてはよつばと笑いあう。含みを含めた秘め事は、今はふたりだけのものだ。仕事をひと段落終え、みんなが集まったそのとき、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。
「きた!」
 いち早く立ち上がり、音を上げて玄関まで駆けて行ったのはよつばで、大人たちはまずそれを見送った。たちは顔をあわせて苦笑し、それから小岩井がよつばの後を追いかけた。

「はー、どっこいしょ」
「どっこいしょだって、じじくさー」
 腰を下ろして横に座ったジャンボに、は早速茶々を入れる。
「はいはい、じじくさくて結構結構」
 けれど裏腹にやんわりかわしたジャンボは、気力のない顔付きでぼんやりとしている。
「なによー、疲れたの?」
「まぁそれなりにな」
 2人分働いたからなーと零すジャンボに、は「そうだ」と思いついたように呟き、ポケットの中から携帯電話を取り出した。

「ヤンダにメールしてやろう」
「なんでわざわざ」
「まぁちょっと見てなさいよ」
 にやりと笑ったは恐ろしく素早い指さばきでメールを打ちはじめた。つぎつぎと文面が構成されていく画面を、ジャンボは横から覗き込んだ。加えて記号や絵文字も飛び交って、文面は一層賑やかになる。がカチカチとボタンを打っていると、ピザの箱を頭上に掲げたよつばが走り込んできた。
「なにしてるんだー?ピザきたぞ、ピザ!」
 よっぽど嬉しいのか、よつばは言うなり達の回りをぐるぐる駆け回って飛び跳ね始めた。

「メールだよー」
「メールってなんだ、あははは」
「よつば、ふざけてないで座れ」
「はーい」
 次いで残りのピザを持ってやってきた小岩井は、食べ物片手に走り回っていたよつばを見てぴしゃりとたしなめた。よつばも素直なもので、すぐさま止めたと思うととジャンボの目の前にピザの箱を置き、それを挟むように座った。

「お前悪い性格してるなー」
 ちょうどがメールの送信ボタンを押したぐらいに、ジャンボは眉を顰めてそう言った。決して褒められているわけではないが、調子付いてしまいそうな一言にの口元は緩む。
「ほっほっほ」
「なに、なんの話?」
「ヤンダにメール送った」
 先程送ったメールを送信ボックスから開き、隣りに座った小岩井に携帯を渡す。小岩井の垂れ目が携帯の画面を見つめてる間、はピザの入っている箱をパーティー開きした。ふわりと漂うチーズの香りにはうっとりし、未知なるおいしそうなものを見たよつばからは感嘆の声が漏れる。
「ひっでぇな」
 苦笑しながら小岩井はに携帯を返した。それを受け取りにやりと笑ったはもう一度携帯の画面を見る。

to:ヤンダ

引っ越し作業も終わってこれからみんなでピザパーティーするよ!
けど仕事じゃあ抜けられないよねー残念残念(>_<)
もし抜けられたら来てもいーよ(o^∀^o)ノ
来れたらの話 だ け ど !(`ω´)

「お前分かってんだろ、仕事じゃないって」
「まぁねー」
 単純に面白がって笑っているジャンボに、もまたにやりと笑い返した。小岩井と言えば、よつばの隣りで意味深にへ視線を寄越したが、はそれに気が付かないふりをしてメール画面を閉じ、床に置いた。さっき一度失態を見られてしまったから、今度はそうならないように気をつけているのだ。
「あ、さっそく着信が」
 光の如きの速さで反応を示したタ携帯電話はフローリングの上で小刻みに震えている。手に取りそれを開けば着信の受信元はヤンダで、予想通りの反応にはしめしめと口元を緩ませた。
「焦ったヤンダからだろ、それ」
「出ないのか?」
 小岩井が顎で示すが、は携帯をカバンの中に突っ込んで知らない振りを決め込むことにした。
「出れないくらい楽しいですアピールだから」
「凶悪だなー」
「いやいや、ジャンボの顔のが凶悪だって、泣く子も黙らず阿鼻叫喚!」
「がおー!」
「わー!」
 きゃはは、と笑い声が上がってもう完全に意識は携帯から離れていった。いつまで経っても"いただきます"をしない大人たちの顔を、いまかいまかとよつばは待ち望んでいるようだった。なのではすっくと立ち上がり、よつばとアイコンタクトを交わし、冷蔵庫にこっそりとしまったジュースやビールを披露しようと台所へ移動した。
「よつばも手伝う!」
「おお!ありがたき幸せ!」
 ふざけながらははい、とよつばの為のオレンジジュースを手渡した。大きなペットボトルを両手で持ち、おぼつかない足取りでよつばは居間へと向かっていく。

「コーンマヨ、テリマヨ、エビマヨ……マヨネーズばっかだなー」
「大人のつまみように4種のチーズピザ、シシリア風ピザ、からあげ、ポテト、そして密かに買い出し行って買ってきたおつまみ&ビール12本!」
 届いたピザの偏った風味に苦笑していた小岩井とジャンボの後ろからは飛び込み、どん、と真ん中にビールやらおつまみやらを置いていく。「気が利くな」と、にっこり笑ったのは小岩井だった。気を良くしたは早速缶ビールに手を伸ばし小岩井に渡した。よつばはおぼつかないながらにオレンジジュースを既に手酌で自前のコップに注いでおり、乾杯の準備は万端のようだった。よしよしと、もまた缶ビールを手に取りプルトップをあけて手に持った。けれど、空気を割って割り込んだのは、ジャンボのそれを静止する声だった。

「ちょっと待て、俺は軽トラ引き上げなきゃなんねーんだぞ!」
「飲まなきゃいいよ。私は飲むけど」
 かんぱーい、と声をかけてはよつばと小岩井の手にしていた缶とコップの角を擦り合わせる。カチンと小気味良い音を耳で確認すると、ジャンボの声をすっかり無視した三人は喉を鳴らして水分を流し込んだ。
「お前なー」
 不満げな声を上げたジャンボは缶ビールには手をつけず、シシリア風ピザに手を伸ばしかじり付いた。茄子とマッシュルームがばらまかれたピザはとてもおいしそうで、も一切れ手に取りかじりつく。ミートソースが茄子と絶妙に絡んでおいしかったので、ビールもいつもより速いペースで進んでいってしまう。ぐいっと飲んだ缶ビールの中身は、もう半分以下になってしまった。

「じゃあ泊まらせて貰えばいいじゃん。それで明日も手伝えば小岩井さんも許してくれるはず。ねぇ?」
 よつばを挟んで隣に座っている小岩井に顔を傾ける。チーズピザを堪能したらしい小岩井は早々に缶ビールの一本目を開け、今二本目の缶ビールに手が伸びているところだ。
「ん、まぁいいけどよ。布団は俺とよつばのしかないから雑魚寝だぞ」
「だって、よかったじゃん」
 はい、と缶ビールを投げ渡すと、ジャンボは無言のまま受け取りしげしげとそれを見つめた。今度はテリマヨピザに手を伸ばし、かじりついてビールに口をつけたところで盛大なため息の音を聞いた。いや、どうやらそれはため息ではなく深呼吸だったらしい。腹をくくったジャンボは嬉々としてプルトップを開け、ビールを腹に流し込み、あっという間に一本あけた。
「っかー!やっぱ一仕事終えた後はビールうめーわ」
「だよなー」
 へっへっへ。と笑いあった小岩井とジャンボは、後はもう居酒屋よろしく顔をつき合わせて笑っている。
「なにさー、それなら私も泊まってっちゃおーかなー」
「あー?なんだお前らはよー。本当に俺が好きだなー」 
「好きだよー、大好き」
 冗談めかしては言ったが、目をぱちくりさせている小岩井を見て、何故だかも吃驚してしまった。なにその反応、とは言わないけれど、気まずい空気が一瞬流れて小岩井の目が泳いでいった。
「よつばもとーちゃんが好きー!」
「あはは、一緒だね」
と一緒だー」
 へへへ、二人で笑いあったおかげで、気まずい空気は吹き飛んで行った。そもそもジャンボはそれすら気がついていないようだったが。やっと一本目の缶ビールを開けたは、二本目に手を伸ばす。
「…なんだ、そういう好きかよ」
 ビールを飲みながらぼそりと呟いた小岩井の言葉は、小さすぎての耳に入ることはなかったけれども。

「てゆうかお前なんで小岩井にはさん付けなのに俺は呼び捨てなの?」
「えー?なんかー、小岩井さんは小岩井さんって感じだけど、ジャンボはジャンボって感じ。敬称つけるとかなんかもう気持ち悪い」
「おまえなー!」
 そんなお前には、シシリア風ピザの最後の一枚は渡さない、と言ってジャンボは残っていたピザを大きな一口であっという間に飲み込んでいった。
「ぎゃー!私の茄子が!ミートソースが!!」
「じゃあよつばはこっちのピザ食べる!」
「あっ、テリマヨがあ!」
 うな垂れるを見て、ジャンボとよつばは楽しそうに笑っている。畜生、とから揚げに手を伸ばしてほお張るけれど、やっぱりシシリア風ピザに後ろ髪引かれる思いでもあった。









2011/1/15 ナミコ