02











ちらちらと6つの目が訝しげに私たちを行ったり来たりした。
私はその視線の居心地悪さにおしりのむずむずさを隠せないでいる。
「改めて紹介しよう。こちらがお父さんの親友の…」
そんな娘たちをお構いもせず、天道のおじさまは彼女たちに紹介を促していた。
なんだろうか、こんな不思議なこととかにも慣れているんだろうか。いやいやまさか。


「早乙女玄馬。これが息子の…」
「乱馬です」
「こっちが娘の」
です。乱馬とは双子なの」


それでも彼女たちの疑うような目は止まないし、あかねちゃんに至っては乱馬と私を交互に見て、疑ってると言うよりは睨みつけてるようだった。特に、乱馬を。


「どういうことなのよ」
「あなた本当に、さっきの女の子?」
「でも…ちゃん…じゃないの?どっち?」


ぽんぽんと出る疑問に、親父は「なにから話せばよいのやら…」なんてかっこつけてるけど……あ、ヤバイ。
これは考えるのがめんどくさくなった、説明するのも難しい、と思ってる感じがする。
親父は考えるより力技で済まそうとするからなあ……武道家の性分ってやつなんだろうか。
とにかく危険を察知した私は素早く立ち上がって親父の手の届かないところへ―――行こうとしたけれど、


「ていっ!!」

かけ声と共に池に放りこまれる乱馬に続き、私までもが放り投げられた。ひっどい!!


どばしゃーん!!


池の中からはマジックさながら乱馬である女の子が顔を出し、そして私である白虎が顔を出すのだ。
「なにしやがる!」
ああ、乱馬は喋れるからいいけどさ、私は人の言葉はしゃべれないの、虎なのよ!!吼えるしかできないの!!
訝しげな6つの目玉は驚きも加わってくれた。
…そりゃそうだわよ。


「ああ…わが子供ながら何度見ても情けない姿…」
涙を流しながら悔しそうに唇を噛み締めるクソ親父。
あんた、人のこと言えるのと思ってんのかよ!!と心の中で渇を入れたら親父を池の中に蹴り落とした乱馬がまったく同じことを言い放ってくれた。
やっぱり双子だからなのか…考えることは一緒だ。
キシシ、池の中からパンダが登場。
「おとうさんの友だちってかわってるのね」
「まだわしもくわしい話は聞いていないが……こうなったのは、中国での恐ろしい荒行が原因らしいのだ」


おじさま、真剣なところ悪いですけどお湯貰いますよ。
じゃないと乱馬はともかく動物の私たちは喋れないですから。
ということを目でいって(わかるのかなあ)、私はさっさと風呂場へ向かった。











間をおいて、
「さよう、今を去ること二週間前…」と突然回想モードに入った親父を横目で見つつ、その様子を思い浮かべた。
行きたくもない中国にムリヤリ連れて行かれたあのときのことはよーっく覚えている。


中国青海省、バヤンカラ山脈拳精山。
幽玄的な中国の山奥で、とても美しい場所だったことを覚えている。
中国のガイドに伝説の修行場呪泉郷と紹介されたそこは―――幾百もの泉が存在し、その泉の中に竹竿がささり立つ閑静な場所だった。
物好き、大変危険、もう誰も使ってない、という言葉が確かに日本語でガイドされ、私も乱馬もクソ親父も耳にした筈なのに―――。
まあもっとも、乱馬ほどに拳法に通じる人間になろうとは思っていない私は、さっそく修行だと飛び出していったふたりの後になんてついていかず、そのままガイドの話を聞いていたのだけど。


「ここ、百以上の泉が湧いてるね。泉のひとつひとつに悲劇的伝説があるのよ」
「へぇー」
修行なんてするつもりもないし、したくもない。
大体私は守ってもらわなくても大丈夫なくらい強くなりたいのではなく、守ってくれるおうぢさまを待つ女の子でいたかったのだ。
それなのに乱馬のついでと称して幼いころから武道をたたきこみやがって!!
私を息子同然とした修行を伝授しやがって!!


「続け、乱馬!!!」
素直に続く乱馬と違って、私はもうごめんなのだ。
私はもうこれ以上強くなんてならない。ならなくていいのだ。
「あっ、お客さんなにするね!!」
慌てて止めるガイドに、私はどうしてかと問いかけたものだ。一応―――念のためにね。
そのガイドから聞かされた泉の呪い的秘話を聞いた頃にはもう遅かった。
泉の上では熊猫溺泉に溺れてパンダとなった親父と乱馬が対峙する事態に陥り、動揺して不意を突かれた乱馬は娘溺泉に落とされて女になった。
私はというと……頭に血の昇ったクソ親父にお前も修行しろ!!とばかりに蹴り飛ばされ落ちた先が白虎溺泉だったのだ。情けない…。
そのあと、乱馬とふたりでクソ親父をぼっこぼこに叩きのめしたのは言うまでもないけどね。






静まり返った天道家の居間に、忍び込んだ風の音が風鈴を鳴らしてその静けさを打ち破った。
重々しくもおじさまが口を開く。
「伝説の修行場呪泉郷…その真の恐ろしさは謎とされていたが…」
「くっ…なーにが真の恐ろしさだ……、やいクソ親父、よくもあんなフザケた所に連れて行ってくれたな」
「本当に、まったくね」
今思い出しても忌々しい……おおっと、よかったつかみかからないで。
親父につかみかかった乱馬は憐れ、もう一度池の中へダイブ。
もう一度お湯につからなくてはならなくなった。


「女々しいぞ、乱馬。修行のためなら命を捨てる覚悟ではなかったのか」
「命は捨てても……
男を捨てる気はなかったわい、ぼけーーーーっ!!!」
転んでもただでは起きない。やられたらやり返す。
どこから持ってきたのやらバケツを手にいっぱいの水を親父にかけて……ああ、なんて乱馬らしい。
ついでに言わせて貰うけど、私は修行ために命を捨てる覚悟なんてないし、ましてや女を捨てる気もなかったわね。
小競り合いにみみっちいケンカ。
あれから繰り返してばっかだ、同じことばっかり。
詰め寄って乱馬と親父中心に繰り広げられる事態を、私は傍観していよう―――ーって、あれ?あかねちゃんは…。


「あかねちゃん?」
「…あ、ちゃん?よね」
ひとりだけ喧騒にもまれず成り行きを見守っていたあかねちゃんに私は声をかける。
なんだかちょっと疲れてる―――ううん、怒ってるみたい。
「そう、私は。リボンつけてる方がだよ」
にっこりと笑って、あかねちゃんと同じだね、と言ったらちょっとだけ笑ってくれたのでよかった。
「ごめんね、乱馬がいろいろと…」
「別にちゃんが謝ることじゃないわよ」
「そ?でも双子だからさあ、なんかやっぱり……」
あ、あ、なんか会話が途絶えてきそうだ。なんて喋ればいいんだろう、こういうときって。
親父に連れまわされて育ったからなあ、同い年の女の子の友だちなんて出来たためしないんだ。
いつも回りは乱馬か乱馬の友だちとかばっか遊んでて、女の子ってよくわかんないんだ。


「あの、ね、あかねちゃん…」
「なに?」
「仲良く、してね」
ちょっとだけ面食らったように驚いたから、ダメ?なんて聞いてしまって、でもあかねちゃんはにっこり笑顔で「うん、仲良くしようね」って言ってくれた。
なんだかとっても嬉しかったのからえへへへ、なんて数回笑いあってしまった。
なんだかいいなあ、こういうの。


なんていい雰囲気だったのに、おじさまの声のすぐ後にあかねちゃんはかすみさんとなびきさんの手によって乱馬のもとへ差し出されてしまった。
「あかねに決定ね」
「うん、ぴったし」
許婚の話なんだろう、おじさまの顔は嬉々としている。
「冗談じゃないわよ。なんであたしが…」
「あんた、男嫌いなんでしょ」
「さいわい乱馬君は半分女だし」
「あんな変態お断りよっ!!」
うーん、長丁場になりそうだなあ、この手の話は。(てゆうか変態って私もその言葉の範疇に入るのかな…だったらちょっと傷つくかもしんない。)
私はそそくさとちゃぶ台によけて座ってかすみさんからお茶を貰った。
後ろからは変態だの痴漢だのという言葉が行き来している。
「かすみさんお茶いれるの上手ですねー、おいしいです」
「あら、そお?ミカン食べる、ちゃん」
「あ、いただきます」
えへへ、と笑って手を伸ばすと、カクンとちゃぶ台の上にあったものがストンと下に落ちていった。
ミカンを取ることはできず、かすみさんがいれていたお茶は畳にそそがれ、頬杖ついてたなびきさんは畳に肘を打つはめになった。
後ろからはふてぶてしいいい音が聞こえた。


あかねちゃんを、怒らしたんだね、乱馬。
突如消えたちゃぶ台は、乱馬を潰すためにあかねの手に収まっていた。













愚か者が自業自得の目にあった夜半、犬は三度吠えて夜を示すのだ。
「う…」
「あら、気がついた」
まるで鳴き声につられたように乱馬は気がついた。
あたりどころがまあ……頭じゃあ気絶してもおかしくないわな。
「大丈夫?あかねのこと悪く思わないでね」
頭を抑える乱馬を労わりながら、かすみさんはあかねちゃんのことをフォローする。さすがはお姉さんだなあ……
「あのこ、根は素直なんだけど、手のつけられない乱暴者なの」
「フォローになってないわよ、おねーちゃん」
と思ったのは束の間だったか。
なびきさんに激しく同意。
あー、でも、ていうか。
「乱馬だって馬鹿で単純で自意識過剰でまあフェミニストな所もあるけど、口の悪さは本当にどうしようもないですよ」
「………ヲイ」
キシシ、そう睨むでないよ。本当のことなんだから。


「乱馬くんお風呂入ってきなさいな、水に濡れたでしょう」
「じゃ、あたし居間にいこーっと」
すたすたと居間へ行くなびきさんに連れられて後を行く。
なかなかいい出だしでないの、とも思う反面あかねちゃんと乱馬はまだまだ難儀がありそうだ。
しばらくしてすぐ聞こえたぱん!!という乾いた小気味いいなにかを叩く音に、私はまたか、と思い、それからたましばらくして居間にいるそっぽを向いたあかねちゃんと頬を腫らせた乱馬を見てやっぱり、と思うのである。




まだまだ先は長そうである。










 

2004/11/4       アラナミ