03












「学校?」
「しばらくここで世話になることにしたのでな」
そんなふたりのやり取りを見ながら、私はおさげのみつあみにしめくくりのリボンをつけた。
学校か……前に行っていた所は共学じゃなかったから、乱馬と一緒じゃなかったけど、話の筋から行くと―――
「あとで会おーね」
うん、共学らしい。
通りすぎるなびきさんを追ってあかねちゃんが小走りしてきた。
「おねーちゃん、一緒に…」
「なに言ってんの。乱馬君はあんたの許婚なんだから、ちゃんと学校つれてってやんなさいよ」
わあ!!
朝の和やかな空気はどこ吹く風か。
まだなにか腹にイチモツを抱えたままらしいふたりは剣呑な雰囲気を漂わせて見つめ睨みあった。


やりにくいなあ……。
家を出てそれからずっと会話のない、というかこー、お互いがお互いを刺す!!みたいなオーラが漂っているのでその真ん中に立って歩いてる私としてはひっじょーに居心地が悪いのだ。
「あたしたち他人よ」
「あったりめーだ」
「学校で馴れ馴れしくしないでよっ」
「けっ、誰が」


口を開けば悪態、それでいて私に対する態度はふたりとも好意的だからこそやりにくい。
はやく学校つかないかなあ……。


「だいたいおれはおめーみてーな凶暴な女大っ嫌…」
ばきっ!!
「わー…どこから湧いて出たよ親父!!」
あかねちゃんが腹を立て、乱馬がみなまで言うその前にたしなめるように姿を現した親父…ってことは朝からずっとつけてたわけなんだな。
悪趣味だなあ。
そうしてまた小競り合いになるんだろう、しょうがない親父どもだよ、まったく。


「あかねちゃん、あかねちゃん」
「んー?」
「同じクラスになれるといいね」
「そうだね」
「って、あーーーー」
「…なにやってんのよ」
ちょっとあかねちゃんと会話を楽しんでいる隙に馬鹿な乱馬め…おばあちゃんの水撒きにあたるなんて狙ってもできないのに!!


「馬鹿ねえ」
「うちに戻って風呂はいってくる」
「遅刻しちゃうでしちゃうわよ」
「女のまんまで学校行けるかっ」
変態体質はどうしたって変わんないんだからそのまま行けばいいのに…とは言えない。
言ったらいくら女といえど、妹といえど、一発食らわされそうだからなあ。
「とにかくお湯かければ男に戻るんでしょ?」
あかねちゃんの一言に、ありがたくも私たちは待つことに決めたのだ。


「あーあ、朝っぱらからついてねーな」
「自業自得じゃん、バーカ」
「おまっ……!!!」
後ろにいた私は、骨格標本に……なんちて。
「や、失敬」
乱馬が私を振り返ったつもりでいたものの場所には、骨格標本がいただけの話よ、うん。
にしたって飛び上がるほど驚くことはないじゃないの、もう。
ついでに―――誰だろこの人。
「はっはっは、恐れることはありません。骨格標本のベティちゃんですよ」
わー、優しそうなお兄さんだなあ……でも骨格標本に名前付けるのはどうかと思う。
「双子ですか?」
「ええ、まあ……」
双子といっても男と女の、だけどね。今は女と女のになっちゃってるけど。
「乱馬、お湯…」
「やあ、あかねちゃん」
「あ、若先生。おはようございます」
「おはよう」
若先生って、医者なのかと聞こうと思ってあかねちゃんを見たけれど、私はあかねちゃんの顔を見てなんとなく言うタイミングを逃してしまった。
ちょっとうつむいて照れたように笑っているあかねちゃん。
なんだかこれって……。
ちらり、と乱馬を見れば、やっぱりなにか思うところあるらしい。きっと同じことだと思うんだよね。
でも、乱馬はあかねちゃんばっかり気にしてるみたいだった。
これっていい兆候かも!!と思い、私はひとりにやにやするのだ。


思いもよらぬ一件のせいで、遅刻寸前の私たちはとにかく今は走っていた。
さっきの―――骨つぎの東風先生とやらのことを乱馬はしきりにあかねちゃんに聞くからもう私は決まりだ!!と思った。
なんだかんだ言って乱馬はあかねちゃんのことが気になってるのね、と私は今も一歩引いた後ろからふたりを追いかけることにした。
「で、ありゃー男じゃねーのか?」
「なによ」
「おめー男なんか大っ嫌いじゃなかったっけ」
そうなんだよねぇ、でもさっきのあかねちゃんはすごく可愛かったんだ。
恋する女の子の目をしていたんだ。
だからきっとさうなんだって思ったんだけど、でも。
「…………」
神妙な顔つきで下を見るあかねちゃんはなにかひどく考え込むような顔だった。
まったく、乱馬も意地が悪いなあと思う。
「そうよ!!あたし…」
かけ抜ける道の奥に学校が見えた。
きっとあそこが、これから通うことになる風林館高校なんだろう。
「大っ嫌い!!!」
「ん?」


門に向かって走っていく私たちに向かい、向かい走ってくる……柔道部?ボクシング部?フットボール部?のとにかく屈強な運動部の男たちが口々なにか叫んでいる。
「天道あかね!学校に入っちゃいかーん!!」「きみは狙われているんだーっ!!」
「んー?」
それをかきわけて乱馬は私を連れてあかねちゃんの範囲外に避難し、あかねちゃんはあかねちゃんで力づくで学校に入るのを止めているらしい彼らを相手にひと乱闘起こしている。


これは……一体。
「毎朝大変ねー、なびきの妹さん」
「あらっ、乱馬君たち」
あっけにとられて見ていると、どこから知ってる声が振ってくる。
っていうか毎朝って…毎朝こんなことがあかねちゃんに起きているのか…すごいなー。
「ふたりとも、校舎にはいんなよー」
「だって…」
「あかねなら大丈夫だって」
なるほど、なびきさんの言葉どおり鮮やかに一掃された男たちの屍が死屍累々とグラウンドに広がっている。
少しだけ息をあがらせたあかねちゃんはその真ん中で長い髪を整えていた。


あ、なんか雲行き怪しくなったかも。
ふいに見上げた空は朝の青空とは程遠く、曇り空が広がり始めていた。
いや、雨雲が広がり始めていた。
「まったく無粋な連中だな」
「およ?」
「みんな君に勝ったあかつきには、交際を申し込むらしいが…」
「あ、久能先輩。おはようございます」
う、わー!!剣道部なのかな?はかま胴着だ!!てゆうか木刀だ!!!バラをくわえている!!!
いろいろ突っ込みどころ満載な人を目の前にするとうずうずするけどここは我慢だ、なんだかシリアスな場面だぞ!!
「さて…天道あかねくん…お手合わせ願おうか」
そのバラを放り投げ、あかねちゃんに渡す…果たし状がわりとでも言うのだろうか…いや、だがしかしお約束過ぎる!!!
しかし私はやはりお空の雲行きが気になるのでひとまず先に屋根の下へ逃げ込んでいようと思う。だってここで虎に変わってしまったらどうしようもないわけだし。


しかしえーっと、くのうたてわきとかいう人は面白おかしいひとだなあ、顔は十人並みに悪くないのに。
剣道部主将ってことは強いのかな。
あ、乱馬に切り込んだ。けっこうな手練だー……でもあれじゃあ。


「早乙女乱馬!この勝負受けた!!」


乱馬の優勢かな。
私は向かい合うふたりから一番遠い場所でそれを見守ることにした。











 

2004/11/4    アラナミ