04










雷雲と稲光が音を立て、交互に光る中で久能帯刀と早乙女乱馬は対峙していた。
じりじりと間合いを詰める久能に乱馬はぴくりとも動かずに構えている―――そんな一触即発の空気を醸し出している二人を見下ろす風林館高校の生徒は、そんな空気に関わることなくあきれたように野次馬根性を出したギャラリーとなっていた。


あかねとは違って屋根のある校舎下でなりゆきを見ているには、乱馬と久能の会話は聞き取れない。
あかねもこっちへくればいいのに、と思う心もあったがねこれはあかねのケンカだ。そしてそれを乱馬が買った。
だとしたら一番近い場所でそれを見届ける義務があるのだろうとはひとり納得することにした。




「問答無用!!」




ひときわ大きな声をあげて久能が踏み込んでいった。
乱馬をめがけての一太刀は随分重く鋭そうに見えた。
ズバ、と2メートルはあろう塀を半分以上鋭く切り込んだ久能の腕に、はやっぱりという気持ちになった。
「あれで木刀なんだから、すごいわねぇ」
切り込みついでに脆くひびを入れられた塀は、その周囲から石を崩れ落としていった。
なかなかすごい、とも思うけれどそれをかわす乱馬だって相当のもんだと思うわよ―――別に兄馬鹿で言ってるんじゃない、本当のことを言ってるだけなのだ、は本当に。
あっという間に乱馬が懐に飛び込んで行けば、それに久能はおろかあんねすらの驚愕の表情を浮かべた。


「おれはあかねなんかなんとも思ってねーんだ!!」
だが、しかし―――「ん?」


「なによ変態っ!!」
「その言い方やめろ!!」
また繰り返される昨日から変わらないやりとりに、は大きくため息をついた。
これじゃあ二人の痴話喧嘩に久能が巻き込まれているみたいだ。


「あかねくんに対する暴言!許せん!!」


いざしかし久能のあかねに対する想いというものはかなりの大きいのである。
乱馬に向かって投げつけられた乱馬のカバンを、その木刀で真っ二つに切り裂いてしまうほどに―――。
真剣と変わらない威力に変えてしまう久能の腕を、確かには目に焼き付けたのだ。
なるほど、ここには骨のある人間がいるものだと、そう思って。


などとが思っている間に乱馬は久能に飛び掛ってとどめの一発を食らわそうとしていた。
降り出す雨に乱馬の目が見開かれていく―――しまった、いけない。
と思えば前方から怒涛の勢いで駆け抜けてくるパンダをは発見した。
パンダはヤカンを片手に乱馬をつかみ、久能をのしてのいる校舎に駆け抜けてきた。
「親父…まだ尾けていやがったのね」
グラウンドには倒された久能とあかねが、ギャラリーはパンダに久能がやられただのパンダが強いだのと騒然としていた。
さて、あいしかしここで親父や乱馬についていったら完全に遅刻になることはわかっていたので、はあかねすらも置いてひとりそそくさと職員室へと向かった。











「と、いうわけで早乙女君たちはー、最近まで中国におったそうでー」
のんべんだらりと担任は乱馬との紹介をした。
1年F組みにめでたくふたり配置されたクラスにはあかねもいた。
女と男の、しかも双子であるふたりにはそこかしこと好奇の視線が集まっているけれど、ふたりはふたりとも気にすることなく教壇の前に立っていた。
は担任に促され所定の席に着く、だがしかし乱馬にはそれがない。
「まー、それはともかく、天道あかねともどもー、遅刻であるから立っとれ」
ぴしゃ、と言い渡された担任の一言に、ぴしゃりとした視線二人ぶんがの方に寄った。
乱馬の恨みがましい目、あかねの驚きの目。
にっこり笑っては手を振り、廊下へ行けと促すのだ。
要領よく育ったのは、ひとえにあの親子とともに生きてきた証ではあるまいかと思うのは正しいことと言えよう。


「ねえねえ、あかねの家で暮らしてるんだって?」
「ん、そうだよ?」
「双子って言ってたけど一卵性?どっちが上なの?動物好き?好きな人いる?リボン可愛いわね、好きなタイプは?」
「あー、あははははは」
授業も始まったというのに隣に座ってる女の子に話しかけられては少し、動揺した。
話しかけてくれたこと事態は嬉しいのだが、いかんせん質問が多い―――それはまあ転校生であるという専売特許のようなものなんだけれども。
は黒板前にいる担任と女の子を交互に見ながら教科書を口に持ってきてひそひそと喋り始めた。


「私たち、見ての通り一卵性で、一応乱馬が兄ってことになってる。動物は猫以外なら好きだし、好きなタイプは強い人。好きな人は―――いるわよ」
一気に言ってしまうとその子は目をぱちくりさせて、それから微笑んだ。
「へー、そうなんだ」
「うん、あなたは?名前も教えてよ」
にこりと笑えば、なかなかの好感触での少しばかりの不安を吹き飛ばしていった。
「私は三波あきこ、よろしくねちゃん」
「うん、よろしく」
これから始まるまともな学園生活に、は胸を弾ませる。
他愛無い談笑を楽しみながらくすくす笑いあっていたそのとき、廊下から騒々しい大声が聞こえてきた。
廊下を見てみればさっきパンダ…もとい、親父の玄馬に叩き倒された久能がそこに来ていた。


「お前とあかねくんの婚約!!僕は断じて認めんっっ!!!」


額に間違った漢字で馬鹿と書かれた久能が、それはそれは大きな声で叫んだのであった。
その言葉を聞いて騒がない風林館高校の生徒ではない。
そこかしこから授業であることなんかお構いなしに廊下に飛び出し、「婚約だあーー?」だの、「男嫌いなんて言ってたくせにーーー!!」だのと騒然とし始める。
「知ってた?」
「まあ、だからあかねちゃんとこでお世話になってるっていうかねー」
騒ぎの真ん中で必死に否定するふたりに反するようには真実を述べた。
は嘘をつく理由もないし、ましてやふたりをかばう義理は…乱馬にはない。
あきこが好奇の目と黄色い声でふたりを囃し立てるのを横目に、も成り行きを見ていようかと思った。


「ここじゃまともな勝負はできねえ!ついて来い!!」
「よかろう!」
雨に中断された勝負をもう一度はっきり白黒つけようということなんだろう。
走り出す乱馬と久能の後にあかねが走り、そしてその後に生徒は続いた。
もはや授業なんてどうでもいいらしい。
「それじゃ戦って勝った方が、あかねと交際するのね!!」
「おもしろいことになったわねー」
キシシ、とは笑ってその後に続く。
怒涛の勢いで駆け抜ける生徒たちに廊下を行く先生は走るな!!と声を荒げるけれど、そういう問題でもない。
後ろに目をやった乱馬は面倒だとでもいわんばかりに窓から外へ飛び出した―――って、ここ三階なんですけど。


「ばかっ!!」
あかねの声にひょっこりとが窓を覗く。その下には広々とプールが広がっていて。
口々によかったよかったと聞こえる安堵の声を後ろに、はあかねとまったく同じ言葉をつぶやいたのである。




ドバシャーーン!!




高い水柱をふたつ上げて、ふたりはプールに落ちた。
ぷっかり久能は浮き上がり、乱馬だけはいつまでも浮いてこなかった。
大方あわてふためいて逃げなきゃとか思っているんだろう。目を凝らした水面下では、右往左往している乱馬が見えた。
「んー?」
まったくどうかしてる、とはためいきをついた。
水の下、気を失っている久能を抱えて乱馬は岸へと泳ぎ始めたのだから。






「わあああ!!!」




乱馬の声だ、と慌ててがそちらに目を向ければ、気がついたらしい久能が後ろから乱馬を羽交い絞めしていめ姿が目に入る。
男の身体であるときよりもちいさく縮んだ身体に、乱馬は思うように力を入れられないのだろう。
なかなか久能を振り払えず、水の中でじたばたとするばかりなのだから。
だけれどぴたり、と止まった久能の動きに、乱馬はすかさず頭をつかんでプール外の叩きつけていった。
そのまま勢いに任せて裏庭のほうへと乱馬は去っていった。
「(バレた…かなあ)」
ギャラリーも騒然と騒ぎあっている。
乱馬の身体がひとまわり小さく見えただの、目の錯覚だのと。
「ねえ、あかねちゃん」
くるり、と振り返ったどこにもあかねはいなかった。
「あかねちゃん…?」
は首を傾げるばかりでどうしようかと逡巡するばかりだ。


「あかねならどっか走って行っちゃったよ」
「あきこ」
教室に戻ろうと促すあきこに手を引かれ、はいろいろと考えながらもと来た道を辿った。
「久能先輩、あかねにご執心だからさあ」
「ふうん」
「強くて可愛い女の子が好きなんだって」
きゃっきゃっとそういう話を好むのは、やっぱり女の子だからなんだろうか。
あきこのような友人もいいとおもうけど、やっぱりあかねみたく武道のことに通じてる子のほうが、にとっては今までの当たり前とよく通じてて心地よかった。
ここにきて、女の子らしくしようと少しばかり思ったけど、なにも自分を偽ってまですることではないとないとも思うのだ。
自分らしくあきことつきあえばいいし、あかねと仲良くしたいと思っている…少なくともにとっては。
「私、やっぱふたりを探してくる!!」
「えっ、ーー?」






あきこを振り払って来たにはいいけれど、少しばかりは迷っていた。
学校なんてどこも似たような造り―――と侮っていたのがいけなかったらしい。
そもそもどこにいるかもわからないのに探そうとすること事態おかしなような気もして。
「ここは、どこ?」
ぽつんと立った木の横で、は首を傾げて動かずにいた。
情けないなあ。


!!」
「ん、乱馬?…とあかねちゃん」
どうしたの、とが聞くと、乱馬は呆れたように頭を打った。
今の乱馬は女の姿なので、どこからどう見ても瓜二つの双子が出来上がってしまっている。
「お前が迷子になるとわかるんだよ、双子だからな。大体道覚えるまでは迂闊に動くなって言ってるだろ、いつも」
「うん」
じわり、と熱くなるまぶたに気恥ずかしさを覚えて俯けば、の目に入るのは乱馬のあられもない姿だ。


「ちょっと乱馬!!」
みなまで言うまもなく出た手は乱馬の頬にクリーンヒットする。
パン!!と小気味良い音が響いてそれからはまくし立てるのだ。
「私の姿でそんなカッコしてんじゃないわよ!!服着なさいよね!!!」
「おまえなあ」
赤らんだ頬とを恨みがましく乱馬は睨むので、は濡れたズボンを素早く着せて、それからあかねと教室へ戻った。
「信じらんない!!」
あかねの目も驚いたようにを見ているけれど。












帰って翌日、なびきが久能から預かったという果たし状を見て、は絶句したものだった。
「なに、乱馬は私の姿であの男と戦ったわけ?バカ、乱馬のバカ!!信じらんない!!!」
「いて!!いてえよバカ!!ほらあっち行ってろって」
軽々しくをあしらい、なびきから手渡された手紙を乱馬は開く。
木の上のヤカンの女へ と宛て名づけられた手紙に乱馬は目を走らせた。
「日曜日午前10時、風林館高校第二グラウンドへ来られたし」
「久能ちゃん負けず嫌いだから」
「執念深いのよねー」
あかねとなびきにかこまれて乱馬は神妙な面持ちでそれを握りつぶした。
「それは私宛てじゃない。私に似た乱馬に宛てた久能先輩からの手紙なんだ」
「でも久能ちゃんが宛てたのは女の方の乱馬君の容姿なんだから、ちゃん宛てって言っても過言じゃないわよ」
なびきの矢も刺さりそうな一言にはうなだれもう一度乱馬に拳を振り上げた。
「乱馬のバカっ!!!責任もってあんたが行ってケチョンケチョンにして来なさいよ!!!」
叫ぶは正しいとばかりにあかねはそれを肯定し、の手をひいて自室へと引っ込んでいった。


「わかってらあ」


ふくれた乱馬が腹を決めて決意を固めたその時は、久能からの一本の手紙がなにを引き起こすなんて知らなかった時なのである。












 

2004/11/8    アラナミ