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 あちこちを転々とし、根無し草の旅路も義務教育の前には根付くしか道はなかったのだと思う、あの頃。あれは13を迎えようとした頃だったと思う。いい加減物心と思春期は発達しまくり、激しい第二次反抗期と常識的な学校の友達を得た私たちは、明らかに自分の家庭環境がおかしいと、ふいに悟った時期でもあったと思う。そもそもなんとなくおかしいなあという気は子供の時から薄々と感じていたんだけれど。


「黙れクソ親父!!」
「誰が修行なんて行くか!!」


 中学にあがったばかりの乱馬と私は、親父の「修行に行くぞ」の一言にちゃぶ台をひっくり返し、ふたりがかりで叩きのめしてすまきに巻いて縛り上げて家を出る、という毎日を繰り返していた。ろくに小学校に行きやしなかった乱馬と私は、学校では変わり者レッテルを貼られていた。けれど持ち前の強さゆえに一種のガキ大将みたいなものに仕立て上げられていた子供の頃はそれでもよかったのかもしんない。でもそれだけで通用できるわけではない中学という大人の社会を垣間見させる舞台では、ふたりしてせめてまともに出席ぐらいはしようと努力していたんだわ。


「まったくあいつ、修行修行ってとんでもねーとこ連れて行きやがる」
「期末試験を控えたこの時期に馬鹿言わないでほしーわ」


 破天荒な私達双子は、それでも一風変わった存在だったみたいだけど、お気楽…いや、とてもポジティブな性格の私達はわりと普通な中学生活を謳歌していた。もっともまわりにいた人もなんでだかものすごくポジティブで変な人た―――いや、いい人ばかりだったからというのもあると思う。


「そーいえば良牙は?」
「さー、どこかで迷子になってるんじゃない?」


 その中で特に仲の良かったのは響良牙、という男の子だった。仲が良いというよりは、良牙君が乱馬をライバル視していて、乱馬はそうして何度だってケンカを仕掛けてくる良牙君とのじゃれあいが楽しかったんだと思うんだけど。珍しく―――乱馬と対等の強さを持っていた同じ年頃の男の子だったからかもしれない。
 方向オンチの良牙君を毎日迎えに行って、一緒に登校して、一緒に帰って。そーゆーのも、幼なじみって言うんじゃない?って友達に言われてそうなのかって思った。
 乱馬はよく良牙君の家に遊びに行くし、良牙君もよくうちに遊びに来ていた。いや、迷子になっているところを乱馬や私が連れてきたり、家に送り届けたりしていただけなのかもしれないけど。でも、いつの間にか大切な幼なじみ、という気持ちがあったことにはかわりないんだよね、きっと。




「なんて思ってたのに、卒業も間近になった頃かなー。ホラ、乱馬は男子高に行くことになって、良牙君もそうだったんだけどさ、私は男子校に行くわけも行かず、隣町の女子高が受かってたのでそっちに行くことになったんだけど」


 いやあ、あれは今でもびっくりしたわ。と緑茶をすする。居間のテーブルを囲んで隣に乱馬とあかね、向かいになびきさんとかすみさんをしたがえて、私の回想は続く。


 受験から開放された私達はもー家で好きほーだいしてたのよ、修行修行言ってた親父も荷物まとめて今度は山で熊と修行するとか言い出すし、まあ実際行ったんだけど、それなりに春休みは修行だけじゃなくて遊んでもいたっていうか、合格祝いにパーッと乱馬と遊びに行く約束してたんだけど、なんでだか良牙君家に遊びに行ってて……そういえばどーしてあの時良牙君家いったの?え?シロクロに触りたいって私が言った?そうだったっけ。まあそういうことで良牙君家に行ったんだけどね、その時、乱馬が目の前にいるにもかかわらず「好きだ」って。ほんっとーに唐突もなかったんだけど。というか唐突すぎてよくわかんなくって、別に付き合いたい人とか好きな人とかいなくって、でも良牙君をそーゆー対象として見たことなんかそれまで一度だってなかったからさ、私ってば。


「ごめんね。私、そーゆー対象として良牙君のこと見てなかった」


 って正直に言っちゃったんだけど、さ。




ちゃんけっこーエグいこと言うのねー」
「フツーに断られるよりキツイんじゃないかしら」
「オレは正直良牙に同情したぜ」


 ッカー!!なに言ってんのよ。乱馬ってばそれで"私も良牙君が好き"なんて言った日には、見る目も明らかに怒るくせに、なにさ都合のいいことばっか言って。


「もー、昔のことはいーじゃないのっ!!はい、ここまでが私が良牙君を振るまででしたっ!!」




 パンパン、と手を鳴らして切り替えの合図を出す。思えば私は良牙君をそーゆー対象として見ていなかったというよりは、そもそも恋愛なんてこと欠片も考えてなかっただけだったと思うの。なまじまわりにいる一番身近な男が乱馬っていうスチャラカ男…や、ごめんなさい。男っていうか、双子だからあんまりそーゆー感じじゃないって言うかさー…。性別とか区別なく、過ごしてきたって言うの?
 まあとにかくそれから乱馬と違う学校に行って、女子高っていう女の子しかいない場所でしばらくいたわけなんだけど、そこで聞く恋とか愛とかいろいろ。女の子ってそーゆー話しばっかなのね、別にそーゆーのが嫌いなわけじゃないけど、でも乱馬とかと話すこととは全然違って、多少なりとも男の子をそーゆーふーな対象として考えるようになったっていうかさ、なんていうのかなー、芽生えた。みたいな感じが一番しっくりくるんだけど。




「あー…、それでお前、あの頃前以上に親父っから逃げ回ってたのか?」
「そーよ、修行なんてもってのほかだわ。私は強くなりたいんじゃなくって、どーせなら強い人に守られたいと思ったの」


 みんなそう言ってたもん。といえば、まあ確かにフツーの女の子ならそう考えるわね、となびきさんが遠からず同意を示してくれた。あ、やっぱりみんなそう思うんだ。


「で、懲りずに中国行くとか言い出した馬鹿クソ親父から逃げ回ってたんだけどね」




 隠れて戦って逃げて隠れてって繰り返していたんだけど、親父のしつこいったらなかったわ。あれはまるで執念っていうか怨念?なんかもーただごとじゃなかった。いつもいつも逃げて逃げて逃げ切る私を今度こそはって躍起になっていたんだろーか。一日中追い掛け回されてもうダメーって思った時だった。


「いい加減観念せんかっ、!!」
「いーーーやーーーッ!!!」


 声高く悲鳴を上げた私は、もう本当にダメかと思ったわ。今度こそわけのわかんない場所に連れて行かされて、もう二度と戻ってくることはないと…親父ってばいつも行き当たりばったりで長旅の修行に連れて行かされたりするから。でも。


「だいじょうぶか、ちゃーーーんっ!!」


 執念に取り付かれたクソ親父の顔ったらまるで犯罪者みたいで怖かった。思わず私はもうダメだって涙が滲んだんだけど、そのとき良牙君が私を馬鹿親父から守ってくれたの。すごいよね、あんな執念の鬼みたいなやつを倒しちゃうなんて。良牙君は偶然通りかかったなんていうけど、私はこれが運命だったと思うの。あんな夜中のあんな時に、ましてや良牙君が私を馬鹿親父から守ってくれるなんて、思いもよらなかった。




「それから私達は久しぶりの再会を喜んでいろんな話をしたり、すりむいた手にバンダナ巻いてくれたり、良牙君が乱馬と決闘するっていうからその場所に連れてってあげたり、えへへ」


 あんまり長くもなかったね、なんてすすった緑茶はとっくに冷めてしまっていたけれど。うーん、いい思い出話ってあっという間って感じがするなあ。


「……で、それがキッカケで、お前は良牙が好きだと」
「うん」


 良牙君また来ないかなあ…なんて思いを馳せる。ふるふる震えて黙りこんだ乱馬なんて、私は見えない。なんとなく言いたい気持ちもわからないでもないけど、私にはなーんにも見えない。見えないったら。


「ま、この年頃の女の子には好きな人の一人や二人はいるものよー乱馬君」
「一人で充分よ、なびき」


 お金持ちはみんな好きだわ、と。しれっとした顔でなびきさんは言った。一人や二人、一人でも大問題だと、乱馬は思っているのだろうか。だとしたらとんだシスコンだわよ、とも思う。別に乱馬が良牙君を好きだというんじゃなくって、私が良牙君を好きだって言うんだからいいじゃないのよ。恋愛は個人の自由なんだから。


「ん?ちょっと乱馬。果し合いの日、昨日よ」
「へーきへーき、あいつ極端な方向オンチだから、どーせ今頃…」


 迷ってる、という乱馬の顔は歪んでる。なにを考えているのやら、良牙君が果たし合いに訪ねる日が楽しみだと思うと同時に妙に心配になってくる。
 あーあ、こんなことなら学校なんかそっちのけで良牙君についていってしまえばよかったな、なんて思いながら冷め切った緑茶を胃の中に流し込んだ。