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 それからの記憶は曖昧だった。私も頭に血がのぼっていたんだな・と思う。兄弟そろって、頭に血がのぼるとなーんにも見えなくなるんだな・と、ちょっぴり自己反省。
 あれからは、乱馬に攻撃を仕掛ける良牙に続き、乱馬に向かっていったらしい。らしい・というのはどうにもあんまり覚えてないのと、乱馬が濁すようにしか教えてくれなかったのだ。しょうがないじゃない、あれは乱馬も悪いんだし…。ただ私はその後気を失って、目覚めたらすべてが終わっていて、そしてあかねの髪型が、変わっていたのだ。


「どーしたんですか、あかねってば」
「どーしたのかしら、本当に」


 ちゃん、知らない?と、かすみさんに聞かれたのだけど、は静かに首を振って「知らない」と答えた。それはたぶん、が気を失っている間に起きたことなんだろうとは、思うけれど。


「気分をかえよーと、なんて言ってたけど…本当かしら」
「…………」


 フライパンの上の野菜炒めがじゅうじゅうと音を立てている。ぼうっと考えているように見えるのに、かすみさんの手はしっかりと動いていて、どこにも抜け目がなかった。はい・と、はお皿を渡して、それから人数分のご飯茶碗とお箸をちゃぶ台に並べに向かった。


「私…も、なにかしたのかな…?」
「おめーはなんにもしてねーよ。おれ以外には」


 つい・と、不意打ちにでこピンをくらい、くらくらと座り込む。珍しく神妙な面持ちの乱馬が、そこにいた。


「おそろしーくらいにお前は、正確だったぜえ」
「……なによぅ」


 嫌みったらしく乱馬は笑い、座り込んだままのに視線を合わせ、そして語る。ほんの数時間前の出来事を。


「良牙の攻撃も、なにも、うまーくすり抜けておれ目がけて一直線。あの鋭い爪でやられる・と思ったら肉球でガツン!!あんまり痛くはなかったけどよ、怖すぎた」


 そして「ワリィ」と。バツが悪いように視線を逸らした乱馬は、ぼそぼそ言いにくそうにに告げた。怖すぎて反射的に地面にたたきつけちまった・と。しん・と、それきり黙ってしまった乱馬と、口を閉ざしたままのの間に、沈黙が訪れる。こちらを窺う乱馬の様子を見ながら、だから気を失っていたんだな・とか、だから今もくらくら脳震盪みたいな感覚がするのか・と、は思った。だけど不思議と腹立たしい気持ちだとか、そういうのは起きてこなくて、その代わり、沈黙してしまった居心地の悪さに耐えかねて出すであろう乱馬の言葉だけが予想できた。


「だからお前はあかねにはなーんもしてねぇんだよ」


 自惚れでもなかった。ふーんだ・と、は思って、それから頭に血がのぼったままに攻撃してしまった乱馬に対して、少し、後ろめたさを感じてしまった。デリカシーないくせに、こういうときばっか、兄貴の顔して頭をなでてくれる。後ろめたくて気恥ずかしくて、くすぐったい。ごめんなさいを言い損ねてしまう、子供みたいなきもちだ。


「…ごめんね、乱馬。ありがとう」
「なにがだよ」
「…べつに」


 早くあかねに謝ったら・と、は乱馬に言ってみた。瞬間兄貴の顔は崩れて、どうしようもない男、早乙女乱馬の顔になる。なんかしたんだな、やっぱり・と、は思い、そしてにっこりと笑った。


「早く謝って、仲直りして、帰ってきてね」


 もうすぐお夕飯だよ。ことことと音のなるキッチンを指差して、は乱馬の背中を押した。







 それから夕飯の食卓には、ちょっと照れくさそうに乱馬と、どこかすっきりした様子のあかねが、並んで座っていた。













2006/9/6 アラナミ