05










 夜中にばちん・と目が覚めた。暗い部屋、明けない夜、真夜中の時間帯、の睡眠は充分ではなかった。まだ眠くて気だるい、けれどぽつぽつと世界をたたく雨音のそれに混じって、騒がしい物音が・する。


「…ドロボー…?」


 だったら、どうしようか。とりあえず、窓から覗いて確認して、それからでも遅くはない。はそっと足音を忍ばせながら、ふとんを抜け出した。
 しぃんと、室内は静かなもので、誰もが寝息を立てている。その中を、抜き足でそろそろと進む。は乱馬と玄馬の眠る、天道家に居候するに当たって貸し当てられた部屋とは別に、居間にふとんをひいて眠っていた。そろそろと廊下を歩きながら乱馬を起こしに行くべきか、そうでないかと少し迷う。起こしてついてきてもらえば、もしも手練のドロボーがいたとしても、絶対に大丈夫だと思うのだが、けれどもしもドロボーでもなんでもなかったら、起こすのは忍びない・とも、そう思って。
 まあでもきっと、大丈夫よね。私だって。気楽にそう思いながらも、居間に転がっている鉄アレイを武器として潜めて、は玄関へ向かった。


「あれ、ちゃん…?」
「あ、あかねにかすみさん…」


 どーしたの・と、問うてみようかと思ったけれど、どーしたもない・と、すぐに判断した。やっぱり物音は空耳でもなんでもないんだな・と、思って。ならばと、は恐る恐ると自信のなかった自分に気合を入れて、鉄アレイを握り締める。とにもかくも空耳ではない以上、なにかがいるのは確かなことだ。もしもこちらに向かってくるようなことがあったら、容赦なく叩きのめさなければ・と、は自分にかつを入れた。
 瞬間ピカ・と、稲光が走る。暗い玄関の向こう、ガラス越しに黒い影が動いてるのがみえて、3人口をそろえて「やっぱり」と呟いた。


「ドロボー!!」
「叩きのめしてやる!!!」


 竹刀を握り締め、男らしくあかねは飛び出そうと意気込んだ。けれど、かすみさんはあぶないから・とたしなめる。そう、危ない。暗いし、雨が降ってるし、誰だかもわからない。大きな荷物をしょった、男の影。雨さえ降ってなければ、飛び出していくのに。でも…


「どうせだったら…コレ…」


 そっと、は鉄アレイを差し出した。そう、こんなときのために持ってきたんだから、使わないでどーするのってものだ。せっかくだから、ね。
 差出したそれをあかねは受け取って、玄関の隙間から勢いよく投げた。大きく弧を描いて飛んでいったそれは、荷物を背負った黒い影に見事命中し、重たい音と共に地面に落下した。


 ナイスコントロール!あかね!!!は心でガッツポーズをとった。けれどそれは次の瞬間驚きに変わった。外から聞こえた自分の声と、その声が呼ぶ「良牙」という名前に。


「…良牙?」
「なーんだ、乱馬君のお友達だったの」


 明らかにかすみさんはほっとした様子で、それなら大丈夫ね。と、ふたたび部屋へと戻っていった。や…でも鉄アレイ当てといてなーんだもないんじゃないかと思うんですけど…ね。…でも良牙君なら大丈夫だとは思うけど…。とあかねは顔を見合わせて、バツの悪い気持ちをお互いに笑うことでかき消した。


「じゃ、おやすみ」


 そそくさと、は戻っていく。貸し出された部屋とは別の部屋、夜、眠る間だけ居間にお世話になって眠っているのは、なにも寝相の悪い乱馬たちから逃げるためというわけではない。寝相が悪いくらいだったら、別にそれくらい平気なんだ。だってそれはが天道家に居候する前からずっと、繰り返し続けてきた日常なのだ。本当のところは、高校生にもなって同じふとんで眠る兄弟なんていないのよと、かすみさんにやんわりと、けれどもノーとは聞き入れない粘り強さをもってすすめられたおかげでもある。でも別に双子なんだから乱馬と同じふとんで眠っても別に平気なんだけど、というのもの本音だ。平気だなんだと言ってはみるが、実を言うとひとりで眠るのに慣れていないだけなのただ。ずっと狭い家で暮らしていたし、修行に行ったときなんてそんなこと気にしてなかった。少々たしなみやら配慮やらに欠けているかもしれないが、習慣として慣れてしまったものが今更変わると妙にぎこちなくなってしまうものだ。だから今日だって、こうして僅かな物音に気がついて目を覚ましてしまったんだ。いつもだったら、朝までぐっすり眠って起きないというのに。たぶんもう、今日は眠るのは難しいかもしれない・と、思って、ははあーと、重たい溜め息をついてしまった。


「ねぇ、
「なあにー?」
「せっかくだから、今日は一緒に寝ない?」


 まるでこころを見透かしたかのようなタイミングでの珍しい申し出に、は嬉々として振り返り、逡巡することもなく「うん」と頷き階段をのぼった。












2006/9/9 アラナミ