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「おとなしく見ていてね、Pちゃん」
 ふわり・と、あかねは子ブタの頭を撫でて、それから乱馬に目を向けた。「いじめないでよ」なにを・とは言わずもがなわかるだろう、この子ブタを、だ。つい先日、おおたちまわりを演じた乱馬と良牙のことは、言わずもがなの周知の事実だけれど、良牙イコールこの子ブタであることは大半のものが知らないことなのだから。
 あかねも、またねこの子ブタが良牙であることを知らない。だから乱馬とこの子ブタがケンカしたとすれば100%乱馬が子ブタをいじめてるようにしか見えないのだ。むっつり・と、見ればわかるほどに不機嫌そうな顔つきになった乱馬は、ふてぶてしく床に横になり、しかめっ面のまま様子を見守ることにしたらしい。


「で、Pちゃんってなんだよ」
「この子の名前。あかねがつけたのよー」


 ピッグのPでPちゃん・ということらしい。実に安易な名前だけれど、でもわかりやすいからいいと思うわー、なんて膝の上の子ブタを撫でれば、先ほどまで目を回していたPちゃんはやっと気がついて、きょろきょろあたりを見回した。
「あ、気がついた」
「…、おめーそういやこいつと風呂に入ったの入らないのってさっき言ってたよな」
「うん」
 子ブタはまだどこか焦点のあわない目でぼーっとの膝の上にいる。はそんな子ブタを抱き上げて顔の位置まで持ってきて、じっと目を合わせてみたり、高い高いするみたく高く上げたり抱きしめたりしながら乱馬に応対した。
「ちょっとほこりっぽかったから洗ったげようと思ったんだけど、嫌がっちゃって、ねー。浴槽に入る前に目ぇ回して倒れちゃったから」
 半分本当で、半分嘘を交えた話をは乱馬に聞かせてみせた。ちょっとほこりっぽかったったら洗ってあげようと思っていたのも本当で、でも少し、悪戯心が芽生えたから一緒にお風呂に入ろうと思った。そして子ブタが倒れたのは本当で、でも目を回して倒れたんじゃなくて、本当は刺激が強すぎて倒れてしまったのだ。なんのって、そりゃあ、言うまでもないと思うけれど。


「ほー………心までブタになりさがったらしーな」


 ぼそり、と乱馬が口にするその言葉を、正しく理解できるのはこの子ブタと乱馬だけの筈だったんだろう。だけどは子ブタが良牙であることを知っていた。知っていたら理解した。そして、その言葉に良牙が憤慨することも、わかってしまった。
 だから刹那、目をつりあげて子ブタは乱馬の腕に噛み付いた。ああ、と思うけれど、それは結局言葉を発した乱馬にかえっていったのが見て取れたので、なにも言わずにただ呆れた溜め息を吐いた。静かに交わされる攻防、けれど噛み付いた子ブタに乱馬が拳を振り落として、それはあかねに止められた。


「いじめないでって言ってるのに」


 みし・と、音を立ててめり込んだ乱馬の後頭部を見て、はけらけらと笑った。昔のままの3人の図に、あかねが今、加わってる・と、そう思って。それはまあ、少しおかしな形ではあるのだけれども。
 他愛もないことでなにかといえばケンカを始める乱馬と良牙、それをは黙ってみていた。あとほんのちょっと、じゃれあいのケンカからそうでなくなる前になっては入り込んでやるのだ。ダメよ、ダメ。ちゃんと仲良くしてよ・と、間に入ってふたりの間の繋ぎになる。それはすごくとても安定した関係でもあったのだけれども。
 多分あかねはストッパーで、そしてはふたりを繋ぐ要なのだ。


「乱馬も、Pちゃんも、仲良くあかねの練習を見ようよ、ね」


 変わらない昔からの言葉をかけて、はふたりを見た。既視感を感じているような、ふたりの顔を横に、はあかねを促した。










 ところが始まってみれば、だ。なんでもそつなくこなすようでいて、実は人一倍不器用だったあかねだということを、知らなかったわけではなかったが、そう。言うなれば失念していた・とでも言うべきか――――


 バトンを投げれば受け取ること叶わず、リボンを使えば身体に絡まる、そしてフープをくぐればフープが割れる。途方にくれるような顛末に、は一筋の冷や汗を流した――――だいじょうぶなのかな・と。


「だーーー、もういやーーっ!!」


 だんだん・と、地団太を踏むあかねを見て、それでも乱馬は冷静に「優雅さのカケラもねーのがいちばんマズイと思うけどなー」なんてのたうっている。
 いや、乱馬冷静すぎだし。ってか、あかねも諦めるの早すぎだし。


「まー、でもほらあかね、まだ時間はあるし。練習だって始めたばっかだし」


 がんばろーよ・と、割れたフープを肩にひっさげたあかねに、は声をかけた。致命的…といえどもまだ時間はたっぷりあるのだから―――そう、まだ今ならなんとかなるレベルの問題だ。よし・と、は気合を入れて道具のうちのひとつを手に取った。
「大丈夫よ、たぶん!!ようはエモノを使って戦うんでしょーから!!!」
 たぶん・といえば嘘にならない。これ本当。でもできることならそれを本当に真実へと近づけるためには立ち上がった。


「不器用で悪かったわね、悪かったわね、悪かったわねー!!!」
「オレのせいじゃねーだろ」


 ふたりじゃれつくみたいに応酬をくりひろげるあかねと乱馬に、アレ、もしかして私ってお邪魔ムシ?なんちゃって、でも背中に燃え上がる炎はかき消せるわけがなく、多分いまこの道場でいちばんやる気が燃え上がってるのはなのだった。たぶん。













2007/2/7 アラナミ