04










 それから夜半、真夜中にまで特訓は続いた。ひゅるひゅる吹きすさぶ風の音が窓ガラスをがたがた揺らして、ただ言葉少ないこの道場にはひどく大きく響いていた。
 あかねを中心に、良牙とはひたすら道具の使い方とを叩き込む――――というよりは、どうにかして円滑に道具を使えるようにするといった方向に、特訓の趣旨はずれ込んで行ってしまったみたいだ。道具を使って戦えるように・なんてことは二の次か、とにかくバトンを落とさないように―――リポンに絡まらないように―――フープを割らないように。




 精も魂も吐きかけた頃、がっくりあかねは膝をついた。それを合図に、良牙が特訓をこれまでと打ち切ったことで、初日の特訓は幕を閉じた。


「なかなかのリボンさばきだった。すぐに上達すると思う」
 だなんて、見え見えのお世辞を言う良牙に、正直乱馬は馬鹿らしくなって「本当」と、これまた本気にしかけたあかねに対して「ウソに決まってんじゃねーか」と遠慮なく言い放った。
 リボン絡まるその姿で、なかなかもなにもない。あまりの才能のなさに、終始は黙ったままだし、いつもなら大丈夫だとかなんとかなるだとかのフォローの言葉すら・ない。というか、助っ人自体あかねは辞退して、に任せてしまったらたぶん、いちばん簡単簡潔に話が済んでしまうと思うのだが――――。だけど乱馬は思うだけにとどめてなにも言わなかった。それはあかねが引き受けたことだから・と。


 そんなことより・だ。


「けっ、まったく見てらんねーや」


 それとなくちりぢりにそれぞれが解散した後、はあかねに連なってまた一緒に風呂に入りに行ってしまったが、残った乱馬と良牙はなんとなく流れ的に庭に出て、とりとめもない会話をすることになった。
 ついこの間、殺すだの殺さないのだと言いながら戦っていたとは思えないようなやり取りではあるが、でもたしかにふたりは昔、幼なじみでそれなりに仲がよかったのだ。


「おめーもいーツラの皮だぜ。ゴマすりやがって」
「フン、男のヤキモチはみっともないぜ、乱馬」


 ぴくり・と、乱馬は反応する。随分はっきりとした物言いに、たぶんそれがあかねだけだったらただの言いあいと悪態の応酬になっていただろうけれど、でもそれでもそこにという乱馬の唯一無二の大切な妹がいたから乱馬はあえて冷静になって良牙に聞き返すことができたのだ。
「そりゃーおめー……どっちに対してだって思ってる?」
「…………」
 か、あかねか。乱馬の杞憂はそこにあった。良牙が今もが好きだといのなら、それはそれでの兄としてはあまり面白くはないことにはなるのだけれど、それでもがそうして良牙を好きだというから、なるべくしてふたりが好きあうというのなら、それはそれでまあいいんじゃないの・と、妥協じみた了承を出すことも出来るわけだ。けれどもし、もしも良牙がもうのことは諦めた、そして新たに今あかねに恋しているのだと言うのならば、正直こいつをぶっ倒す・と、乱馬は思っているのだ。人の心なんてどうしようもできないけれど、でもそれでも大切な妹がもしも悲しむようなことがあるとしたら、できるだけそういうことからは遠ざけてやりたいし、むしろ悲しませることなんてなくしてやりたいと、そう思っていたから。


「フ……乱馬。オレは一度ちゃんにふられてんだぜ…?」
 傷口をえぐってくれるな・と、良牙は沈んだ様子で口にする。けれどそれは結局、乱馬が聞きたい質問の答えにはなっていなかった。
「じゃあなんだ、お前、あかねにのりかえるってのか!!!?」
「誰もそんなことはいっとらんわ!!!」
「じゃーふたま……った!!!」


 結局たどり着いてしまった売り言葉に買い言葉の応酬は、思ったよりも大きな声だったのかもしれない。というのも、乱馬が言いかけた言葉の端を折るように、空からバケツが降ってきた。それはたぶん、せめてもの優しさで水が入ってなかったと、喜ぶべきなのかもしれない――――上を向けば、窓からが顔を出し、乱馬と良牙を見下ろしていたから。


「…Pちゃん、見なかった?」


 瞬間、ぎくりと良牙の身体が強張って、けれどすぐ「見てないよ」と、取り繕うような良牙の声があがった。取り繕うのはさっきまでの会話のことではなく、Pちゃんに対してだったのだけれど。でも乱馬はそこで、少しばかりの違和感と疑問を感じて、そして確信もひとつ、覚えてしまったのだ。"おまえ、あかねにのりかえるってのか"、"誰もそんなこと"、"じゃーふたまた…"たぶん、聞こえていたんだな・と、そう思って見るの顔は、いつもより抑揚がなく、少し強張って不機嫌そうだった。


「そう…。それじゃあおやすみなさい」


 ピシャリ・と、冷たく閉まった窓の扉、良牙を目の前にしてのその態度・だ。怒っているな・と乱馬はピンときた。ただ文句を言うように、冗談を言うように怒る、いつものの怒り方ではない。真に、苛立ちとショックがない交ぜになって、怒れないでいる、微妙なところ―――。本気で怒りをぶつけるよりも、たちが悪い。あれじゃあ、たぶん。


「…なんか、ちゃんおかしくなかった…か?」
「おめーのせいだよ、良牙。おめーの」
「お、オレ、が…!!?」


 わけがわからない・と、訝しがるが良牙を横に、乱馬は舌打ちする。しまった、やばい、悲しませたくないと思いながら、結局裏目に出てしまったようなものだった。意外と繊細なのことだ、きっと、泣く。


「いいか、良牙。もしもおめーがまだを好きなら、ずっと貫き通しやがれ!」
 そんでもって以外見るな、だけを好きでいろ・と、乱馬は続けた。傷口えぐってなんぼのもんだ・と、乱馬は思う。これで良牙がを諦めたとしたら、今度こそがえぐるような傷跡をつけられるのだ、良牙によって。そんなこと乱馬は許せなかった。シスコンだのなんだろうと言われたとしても、それだけは絶対に許せなかった。
「いいか、貫き通すんだぞ!!!」
 他のものには目もくれず、ただだけを見ていろと、良牙にいうそれは忠告というよりは、懇願に近かった。馬鹿でお人よしの方向音痴、そんでもって優柔不断――――だけど、誠実さと正義感だけは誰よりも信頼できた―――と信じたい。
「わかったよ…乱馬」
「りょう、」


 わかってくれたか・と、乱馬が顔を緩めると、刹那・ドッパーンと、勢いのいい水温が聞こえた。耳に覚えのある音に、そして池の前で話し込んでいたということもあいまって、乱馬のまさか…と、頭をよぎった予想は的中する。
 水に触れると姿が変わる、変身体質。は白虎に、乱馬は女、そして良牙は黒い子ブタに――――なるわけなのだが。
 嬉々として池から這い上がった黒い子ブタに、乱馬はわなわなと怒りに身体を震わせて、罵声をあげる。


「良牙、おまえ…ッ」


 また、たちの寝床にもぐりこむつもりかっ!!!!


 真夜中の罵声は、それはよく響いたという。














2007/2/12 アラナミ