05 人の心は儚く移ろいやすいもの――――なんてことはわかってるけど、わかってるけどさあ!!! がすがすと持っていた枕をは叩いた。とにかく叩いた。そうだ、だっては一度良牙をふってしまったのだから、その後良牙がを諦めようと嫌いになろうと、ましてや他の誰かを好きになろうと、それはが口を出せるようなことではなかったし、むしろ筋違い・というものだった。だっては良牙と付き合っているわけではないのだから。でも、それでも・だ。あんなことを聞いてしまった後は、やっぱり胸は痛むものだし悲しくなってしまう。ひらり・と、白く軽い羽根が舞う。あんまり強く叩きすぎた枕の端、糸がほつれてしまったところからひょっこり飛び出したらしい。しゅ・と、すぐさま掴み取って床には零さなかったけれど、の心は苛立ちが募るばかりだ。 「ちくしょう…」 あ、しまった言葉遣い―――なんて思っても、咎める人はいなかった。けれど精神的にやっぱり参ってしまうじゃないか。本当は、玄馬と乱馬に挟まれて、それはそれは聞く耳も哀れなほどに酷い言葉遣いだった時期もあった――――女の子だから、必死になって直した、ケド。 「誰のために直したと思ってんだ」 誰のためでもない、自分のために―――、だけどそれは本当に、自分のためだったのか。 ―――、ちゃん、ちゃん―――― の頭の中に懐かしい面影が映った。たぶんあの子はちょっと困ったような、必死なような、少し複雑な顔していたと思う。 ―――、ちゃん、ちゃんは女の子なんやから、そないな言葉遣いしたらあかんで――――ちゃん可愛いんやから―――― それでもの言葉遣いは直らなかった。顔が思い出せない――――あの子は、今どうしているっけ。男の子たちに混じって、男の子みたいに遊んでいたあの頃は、男と女を区切るなにかが、わずらわしくてしょうがなかった。だってはみんなと同じがよかったんだから。 「私が――――、ちゃんと女の子しようって思ったのは…?」 はて、とは考え込んだ。たしか中学に上がったばかりの頃で――――、たくさんの友達が出来た頃――――たくさんの同世代の人たちの中に入り込んだとき――――。 「天道あかね覚悟!!!」 「…ん?」 それは突然・だ。扉を隔てた向こうから、聞こえてきたのは物騒な言葉と聞きなれない人の声。そういえば、風林館高校新体操部の子達は、闇討ちにあったって話してもらったな・と、の頭は機転よく状況が飲み込めたので、すかさずあかねの部屋に飛び込んだ。 「あかねっ!!?」 飛び込んだ部屋では、まさにあかねが襲い掛かられてる最中であった。あかねを襲っている相手は、正々堂々と戦おうではありませんか・なんてキレイ事口走っている言葉とは裏腹に、あかねに木槌を振り下ろしている。どこが正々堂々だ。は心の中で突っ込んで、それから闇討ちの本人に対峙した。 「ふたりがかりとは…卑怯ですわね!!」 「どっちがよ!!」 は憤慨して怒鳴り返した。けれどすぐに木槌が振り下ろされたので、地を蹴ってくるりと回転し、あかねの傍に回りこむ。なるほど道具を使えばそれなりに動きも鈍くなるはずだけど、こいつは手馴れていた。卑怯は卑怯だが、でもそれなりに実力だってあるみたいじゃないか。 「私は勝利のためなら、試合前にも全力を尽くす主義なんです」 「なにをたわけたことを……!!」 「待ちやがれ!!!」 あかねの声と乱馬の声とが半分重なって、勢いよくあかねの部屋の扉が開けられた。ドドドド、と。凄まじい足音を響かせながら来た乱馬は、勢いついでに闇討ちの女をドアと壁の間に挟んで、それからあっという間に部屋から出て行った。 「ちょっと、乱馬!!またPちゃんいじめて…!!」 Pちゃん・という言葉は、今のにとってはちょっと痛々しい固有名詞だった。子ブタを追いかけていった乱馬を半分追うようにあかねが部屋から身を乗り出すそれを、はむっと眉を顰めて見た。あんな会話をしていて、どっちの寝床に入り込むっていうのだろうか――――それとも、そんなこと関係なく、本当にペットになったつもりでいるとでも? 苛々・と、集中していたはずの意識が途切れて、はまるで第三者の目を通してみるようにしか、目の前の出来事を見ることが出来なかった。 だから動けなかったのだ、いつの間にか扉と壁の間から抜け出していた闇討ちの女が、あかねに木槌を振り上げていた―――それを目の当たりにしても。 「あかね、あぶないっ!!!」 「!!!」 間一髪、すんでのところであかねは木槌を蹴り上げ女から武器を奪った。はほっとして胸をなでおろし、そしてほんの少し、一瞬とはいえ集中をとぎらせてしまった自分自身に舌打ちをした。どんなときでも、戦いの最中は油断はするなってあれだけ言われていたのに――――。 離れて久しい修行は、やっぱりのカンをにぶらせているらしい。守られたい守られたいって言ってても、それじゃあ自身それに見合うような人間だろうか。なんだかは急に、自分がいろいろなものに甘えているような気がして、恥ずかしくなってしまった。 「噂どおり、なかなかお強いですね」 するり・と、女はリボンを取り出し、小さく笑う――――まだなにか仕掛ける気か・とは身構えるが、女は「今日は分も悪い、出直してまいります!!」と黒バラ吹雪を巻き上げて、窓から消えた。 部屋の真ん中に、ポトリと一輪のバラの花が落ちて、そしてあたりは静かになった。立つ鳥後を濁さず――――とは言い難い、惨状ではあったけれども。 「黒バラまみれ……」 「だっ…!!誰が部屋片付けると思ってんの…」 そこかしこじゅうに散ったバラの花びらを取り除くのも骨が折れそうだな・と、はあかねが哀れになって「私も手伝う」と、声をかけた。 バラの花びらをすべて掃除した後、ひょっこり顔を出したPちゃんは、怖いくらいキレイに微笑んだによって追い払われた。 「お風呂に入んなきゃ、一緒のお布団に入れないっていったでしょ?」 それはたぶん、八つ当たりも少しばかりどころじゃなく含まれていたと思うけれども。 → 2007/2/13 アラナミ |