06 「昨日の闇討ち女の小太刀とやらと、恋路を突き進んでいたんですってねー」 それはたぶん不可抗力で、今朝方しびれしびれようやっと屋根から下りてきた乱馬を見れば、火を見るより明らかなはずだけれど、はあえて嫌味っぽく乱馬に言ったのだった。 昨日の仕返しで、まだ根に持っているっていうことをひとまずアピールして、それから席を立った。ちゃん、ごはんは?と、かすみに聞かれるけれど、は「だいじょうぶです、ご馳走様です」と、言って、部屋にカバンを取りに戻った。 むっとした乱馬の顔を、見ないわけではなかったが、は人の気持ちを気遣えるほどの余裕はなかった。ほう・と、溜め息を吐いて鏡を見れば、浮かないの顔がそこに映って、そしてみつあみの先にはしょんぼりとリボンがついてあった。 なんか、浮いてる……。 いつもそれがないと不安でしょうがなかった。好きな人のものを身に着けていたいと思った。こうすることで、少しでも好きな人に近づけたら・と思っていたのに――――。 するり・と、はリボンを解いてまた鏡を見る。これは好きな人に出会う前のの姿だった。けれど少しでも女の子らしくなりたいと思っていただった。 「…………」 もういちど、やり直せたらいいのに。そう思っても、決して時計の針は戻ったりしないのだ。戻らないこそ、ひとつひとつの決断に慎重にならなくてはならないのだから。 はそっと、解いたリボンをたたみ、ハンカチに挟んでそれをカバンの中にしまった。 「おはよー」 「おはよー、あきこ」 「あかね、おはよー」 ひらひら手をふる女の子のグループに、もひらひら手をふった。ちょっと早く出て行こうと思っていたのに、部屋で鏡なんて見てたから、結局いつもみたくは3人とで登校する羽目になってしまった。 「新体操の試合に出るんだって?」 「がんばってねっ」 「まかせといて」 ここにくるまで極力乱馬と話さないように、は気をつけていたけれど、そのために話し続けていたあかねは、ここにきてクラスメイトに持っていかれてしまった。誰か、誰か他に・と、あたりを見渡したけれど、残念ながらずっと機会を窺っていた乱馬に、すぐさま捕まってしまった。 「お前なあーーー」 「………なによ」 なによなによなによなによ、なんだってのよーーー!!は叫びながら耳を塞いだ。乱馬の口がかたどる言葉をききたくなかった。なんだって、おまえ、それは、やつあたり・そこまで読唇してしまって、さらには目を閉じる。 もうやだ・と、いろいろなことだとか自分自身にすら自己嫌悪して、なかば泣きたい気持ちでは走り出した。とにかくそこから逃げたかったのだ。 どんっ 「わ、きゃっ!!?」 けれど目を閉じて、走り出したのは間違いだったのだ。案の定気配を悟りきれなかったは、今ここで会うには最低最悪の人にぶつかってしまったのだから―――― 「ご、めんなさ……」 「おさげの女っ!!」 言葉が途切れるのも、そのままきびすを返して逃げたくなるのもしょうがない。は「げっ」と思わず口にしてしまったし、けれど逃げるには少し反応が遅かった。久能の懐にぶつかっていって、抱きとめられる形でとどまった、その腕を強く、久能ははなそうとしないのだから。 「これはあかねくんに激励として奉げようと思ったのだが―――、今日、君に出会えた喜びとして、君に」 「ど…どおも……」 「てめえなにしてやがる」 そっと渡されたバラの花束の、受け取る隙をついてみし・と、乱馬の足が久能の顔にめり込んだ。あ、痛そう・と思いながら、それでもは好機とばかりに久能から離れた。 「早乙女乱馬、貴様ぼくになんの恨みがあるのだ」 そりゃーいろいろあるでしょーが。とは思ったけれど、口にしない。そそくさとは離れて傍観者へとまわりこんだ。 「あ・れ?」 まわりこんだところで、はあらためて素っ頓狂な声を上げる。いつの間にか現れていた闇討ちの女の小太刀が、ぴったりと乱馬に張り付いている。 「どーしたの、あれ」 「さー…、乱馬に恋でもしたんじゃないのー」 さっぱりと、けれどどこか不機嫌そうにあかねが言うもんだから、はぱちくりと自分自身の目を疑った。クラスの女の子が言うように、やっぱり乱馬はそれなりにかっこいいとでも言うのだろうか。 「やーだー、目からウロコ」 信じられない・とは呟いて、しげしげと成り行きを見守った。 「よし、交際を許す」 ぽんぽんとふたりの肩を叩き、そんなことを口走る久能――――だが、どうして許すって、なんで久能がそんなことを言うのか。の頭は疑問詞が浮かび上がる。小太刀は嬉しそうだし、でも乱馬は少し―――怯え気味―――って、あれ。なんか、覚えがあるような気がする。は逡巡した。どこかすぐ近く、ひっかかったように出そうで出ないなにか。 「オレはおめーと付き合う気なんか…」 「私が嫌いなのですかーーーっ!!」 ずいずいと、泣きながら詰め寄る小太刀に追われて、乱馬は少し、たじろいでいる。そりゃあね、基本的に女の子には優しくしてるもんね―――粗野だけどさあ。けっ・と、は我ながらも可愛くない拗ねたような笑いをし、乱馬の逃げ行く場所を見守った。そこにはあかねがいて。 「許婚がいるんだっ、こいつっ、だからだから」 「ちょっと…」 あーあ・と、は嘆息する。そんなことしたら、火に油を注ぐようなものじゃないか・と。だってあかねは元より試合相手として狙われていたのに、小太刀にますます格好の餌食となる餌を与えてやってしまったようなものだった。 「いかがですか、今度の試合で乱馬さまを賭けるというのは」 「なんですってぇ!!」 ほーら、来た、来たよ。格好の餌にぶら下がってとんでもない条件つけてきやがったじゃないの。はフン・と、鼻で笑って乱馬を見る。これですべてあかねの肩にかかってしまった。乱馬なんて―――と突き放されればそれまでだ。けれど、あの小太刀相手に、わざとでもあかねが負けようなんて思わないだろうけれど。 「冗談じゃ…」 「いいじゃないか、あかねくん。早乙女と別れたくば、負ければいいのだ」 「ほほほほほほ!!」 わざと負けなくても、ぎったぎたにたたきのめしてあげますわ・と、笑う小太刀の顔は陰険だった。そうでなくても神経を逆撫でる言葉だというのに――――、あかねは内から湧き出る怒りを今、沸々と感じているはずだ。 はぎゅう・と、拳をにぎり、小太刀を見る。声高に乱馬を好きだという小太刀を、は素直にすごい・と、思う。好きな人を好きだという勇気と、そして、守られるだけにあらず、自らの力でなにかを勝ち取ろうとする気持ち。 今までそんなふうにが行動したときなんてあっただろうか。わからない―――そう思うのだから、たぶん、きっと一度だってなかったんだ――――。は悔しくて、拳を握る力をますます強めた。 もし、もしもチャンスがあるとしたら、ちゃんと自分の力を使いたい。そして、流れるままに甘えるんじゃない、どうか、自ら手繰り寄せる勇気を―――― 「、どうしたの」 「あ、えっ、あれ?」 ぽんと肩をたたかれたは、反射的に現実へと引き戻される。びくり・と、反応した身体に心臓をバクつかせながらはぎこちなく笑った。 「あれ、いつの間に――――」 「もー、ったらぼーっとしてるから」 「そんなんじゃおめー、聞いてなかったんだろ」 なにを、と問うまでもなく、乱馬とあかねは顔を見合わせて、苦笑い。 「なんと、小太刀はあの久能の妹だった!!!」 ぽむ・と、は合いの手を打つ。そうか、思い出した、あの乱馬の怯え方――――。 「久能先輩に迫られたときの悪寒とまったく一緒なんだわ!!!」 はて、なんのことやら・と、顔を見合わせる乱馬とあかねを前に、は「もー」と、はじめから説明をしてあげることにした。 → 2007/2/14 アラナミ |