09









 空気を切る音が絶え間なく続く道場の中心では、ふたりの男女が壮絶なる戦いを繰り広げていた。正確にはそれは、戦いではなく模擬練習のようなものだったはずなのだけれど、ふたりはお互いに真剣だった。真剣さに真実味を増したそれは、きっとまぎれもない戦いに変わり果てて、そしてみる者を圧倒させている。現に様子を見ていたあかねは緊迫したそれを、じっと息を潜める様子でうかがっていたし、いつもは寝転がっていい加減に見ている乱馬すら、起き上がって真剣に見ていた。


「すごいわ、


 ぽつん・と、感嘆の賞賛があかねの口から零れて、けれどそれはすぐに道具のぶつかり合う音で消されてしまった。どこまでも軽い身のこなしに、限界はあるのだろうか――――まだどこか遠慮している良牙に対して、余裕を持っては動いている。ほら・また。まっすぐ射抜くように伸びてくるリボンを、荒川静香も真っ青のイナバウアーで避けたものだから、思わずあかねは感嘆の声と拍手を送ってしまった。たぶん、は見ている人がいる・と意識しているのだろう。―――ついさっきあんな告白劇を大胆にも繰り広げたにしたって、随分と余裕がある。
 私だったらこうはいかない・と、あかねは尊敬と憧れと、そしてほんのちょっとの嫉妬でもって、目の前を軽快に動くを見た。


「あいつの身の軽さとスピードだけは、すげぇからなあー」
「そうよね、やっぱりすごいよね、ってば」
 でも・と、乱馬は口にする。「負けると思う」と一言。あんまりはっきりと言うものだから、あかねはどうして・と、いささか反感に似たようなものすら持ってしまう。
「あんなに押してるのに?」
「まー見てろって」
 ほら・と、促され、不信のままに成り行きをあかねは見続けた。状況は今、が良牙を押している―――と思う。次から次へと繰り出される攻撃は決定的な一撃こそないものの、ちゃんと入っているし、なにより良牙から出される攻撃はすべて受け流されていたのだ。
「やっぱりどう見ても、が優勢―――」


「きゃあっ!!?」
「!!!、、ちゃん!!!」


 優勢じゃない・と、続くはずの言葉は掻き消えた。一瞬にして立場が変わるどころか――――暗転、というか。
 決定的な一撃を出そうと、力を尽くしたその一瞬の隙をつかれたらしい。それを受け流されてカウンターにされたは、自分のかけた力の分だけひっぱられて無残にも、宙に浮く羽目になった。たぶんそれは、受け流した良牙にとっても不測の事態だったんだろう。宙に浮くどころか、投げ飛ばされるみたく放り出されたを、するりと受け止めたのは乱馬だった。


「この馬鹿!!」
「ばっ……!!?」
ちゃん、すまないっ!!!」
「おめーもすまないじゃねー!!!」
 ガッツン・と音がしそうなほどに、乱馬の言葉はにぶつかり、そして良牙には本当に拳が落ちた。硬い床の上に放り出されることはなかったが、それでもの顔は乱馬の言葉に頭を殴られたみたいな顔をしている。
「お前は、いつもいつもいつもいつもいつも・言ってるだろーが!!自分から押してくんじゃねーって!!!」
「だあって!!!」
「だってじゃねー!!!」


 ぎゃんぎゃんと、まるでそれは犬か猫かはたまたなにかの動物のケンカのようなものだった。とにかくうるさい――――でも、乱馬もたいがい妹思いよね・なんてあかねはそれすらほほえましく思ってしまうのだった。


(おんな同士の兄弟だから、あんなふうなケンカとかは、したことない)


 だけど、とケンカしたらあんなふうになりそうだな・と、思いながら、あかねはくすくす笑っていた。


「ちょ、あかね!!なに笑ってんの!!」
「や、おもしろかったから、つい」


 あはは・と、また笑い出すあかねに、はまた頭をがつんと殴られたようなショックをうける。「みんなしてひどい!!」と頬を膨らませた後は、そっぽを向いて、聞こえないふりをする始末だった。けれどそれでもちゃんと耳をついてることをわかってる乱馬は、くどくどとさっきの戦いの悪かったところだとか良かったところだとかまあ半分以上は忠告みたいなものを口にし始めた。
「大体お前はスピードと身の軽さ以外はてんで話しにならないんだからまずは自分から行くな。相手の出方を待て。攻撃されたら受け流せ。んでもって向こうからデカイ攻撃仕掛けられたときに、相手の力を利用してカウンターを取れ。さっきお前がやられたみたいに!!!」
「うーるーさーいーなー!!!」
 耳を塞いであっかんべー・なんて、どこの小学生のケンカだ・と思うけれど、はそれに良牙を巻き込んですっぽり後ろに隠れてしまった。となると今度面白くないのは乱馬で、良牙の後ろに隠れたを引っ張り出そうとするや、むしろ良牙に標的をかえるやら。状況は乱馬と良牙の決闘に移り変わりそうになったところで一時止まった。


「――――あー、負けちゃった」


 ぽつん・と、残念そうでもなく、どうでもいいでもなく、ただ、本当に自然に、ぽつん・と零れるみたく呟いたの声が、いやに耳に残ったから。













2007/2/17 アラナミ