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「でもちゃんはすごいと思う、明日の試合は負けないと思うから!!」
「そうかしら」


 良牙のフォローもむなしく、むしろフォローされて瞬間的にの心はシャットダウンしたようなものだった。心にここにあらず・というか、乙女心は秋の空・というか、とにかくそんなかんじだ。別に勝ち負けなんか、今のにとってはどうでもよかった。ただ、気持ちを知りたかった。けれど遠ざかるように、遠ざけられた。そんな気がしただけだ。


「―――私が勝つか負けるかで、乱馬とあかねのこれからもわかんなくなっちゃうもんね」


 がんばろっと・と、は転がっていたボールを手に取った。手から床、床から手へ、ぼん・と軽快な音を立てて行き来する―――。
「別に、あたしは―――!!!」
 は本当になにも含みもせずに言ったけれど、でもあかねは瞬間的に意識して、抗議の声をあげた。良牙と乱馬の視線があかねに向かって、絡まるように乱馬がまた、抗議の声をあげようとした――――と思ったときだった。


 バンッ!!


 の手の中をくるくると運動していたボールが、乱馬の横っ面めがけてぶつかった。それに息を呑むほど驚いたのは良牙とあかねで、乱馬といえばあまりの突然すぎる出来事に、痛がって間もなく絶句した。なにが起きたのかわからないという顔のまま、乱馬の時間は止まった。けれどそんなことおかまいなしに、はにっこり・と、極上の笑顔で笑いかけた。


「次は乱馬の番よね?」


 有無を言わせない・と、はすぐにこん棒を投げつけ、リボンを飛ばす。負けず嫌いの気が出始めたのか、はたまたただの八つ当たりなのか、自身よくわからなかった。たぶん、心はすごく複雑にうずまいていて、思考はうやむやでどうにもはっきりと出そうにはなかった。
 頭に血がのぼった感覚によく似てる―――考えるより先に身体が動く―――止まらない・けど、無意識に表情は楽しそうに作り笑いをして。











「にゃろう……」
「…………」
 そうしてさんざんに付き合わされた乱馬と良牙は、まさにずたぼろという言葉がぴたりとあたはまるいでたちになって、道場の真ん中で仲良く突っ伏していた。
 容赦がない・と、乱馬は思う。当のだって、あんまり動きすぎてふらふらしながら道場を出て行ったぐらいだ、相当無理をしていたのだ。
「…ちゃんって、あんなに強かった…のか?」
「だからおめーのせいだっつってんだろーが!!」


 ああ、クソッ・と、悪態をついた乱馬は、言いたくない事までたぶん、言うはめになるのだ。今頃風呂場でなみだをこぼしている、のために。
「あいつは―――強くなる必要なんてないんだよ、あいつの傍にずっといる、誰かがいれば」
 なのになにを今更、ちからをつけようとがんばっているのか。そんなこと、言わなくてもわかるだろーに・と、乱馬は小さく舌打ちする。その誰かが誰だ・なんて、そんなこと。
「誰かがって………」
 シン・と、静かな道場が沈黙のせいでますます静まり返って、でもそれはすぐに打ち破られた。
ちゃんの傍には、―――お前がいるじゃないか」


 ガッツン


 激しく床に頭を打ち付けて、乱馬は少し気が遠くなりかけた。なにを言っているんだ・と、この純粋培養の頭でっかちめ。馬鹿みたいにまっすぐな思考は本当に、ある意味尊敬に値するけれど、でもそれはあんまり鈍すぎる。


「アホか……兄弟はいつまでも兄弟だけどよー、いつか離れるだろーが」
「乱馬……?」
 生まれる前からひとつだった、でも生まれてそれからずっとひとつであはずがないのに。ふたつに分かれて命を受けたその瞬間、混じることの出来ないひとつひとつの人になったんだから。
「……ジンリンの道から外れたキョウダイアイってのも、ありなんだろーけどよ」
 残念ながらそーゆーのは趣味じゃねぇんだ、と乱馬は笑った。
「乱馬お前っ、あかねさんというものがありながら、ちゃんまで毒牙にっ……ッ!!!??」
「だから例え話だろーが、このアホ!!」
 冗談すら真に受ける良牙に、あきれ返って拳を出す。身を乗り出してきた良牙は床へ沈み、ますます乱馬はどうしてはこんなのがいいんだろうかと疑問に思うのだった。


「で、どうなんだよ。お前は」
「ああ!!?」
 乱馬のおかげでしこたま頭を床に打ち付けるはめになった良牙は、投げるように返事をする。隙あらば仕返しをたくらんでいそうだが、乱馬はそれを一瞥しただけで軽く流した。いつでもくればいいと、そう思って。
「お前は、さっきのにどう答えてやるつもりだ」
「………そんな、のは……も…ち…ろん……」
 言うまでもなく真っ赤に染め上がった良牙の顔を見れば、火を見るより明らかで、乱馬はすこし安心した。杞憂だったと、そう思って、でもその安心に保険をかけておきたかったから、もうひとつ聞いておこうと口を開く。
「……あかねのことは?」
「あっ、あかねさんは優しいし、可愛いし―――」
 好きだ・と、良牙の口から飛び出す前に、乱馬はその口を拳で黙らせた。思いっきり、力の限り、床に叩きつけることで。
の前でそんなそぶり見せてみろ、殺す」
「………………おう」
 優柔不断とは結局、不誠実極まりないと乱馬は思うのだ。あっちにふらふらこっちにふらふら、どうしてずっとひとつの場所に留まってられないのか。そりゃあ、居心地のいいものや、やわらかい好意には寄っていきたいと思うかもしれないが。


ちゃん……」


 はぁ・と、良牙は熱っぽい溜め息を吐いて、ひじを突いた。何もない場所を仰ぐ目はたぶん、見えないをうつしだしているんだろうが、乱馬はそんな良牙をやっぱり胡散臭く思ってしまうのだ。乱馬にはまだ、良牙ほどには恋も愛もよくわからなかったのだから。













2007/2/25 アラナミ