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 乾いた空気に冷たい冷気。見事に晴れた青空の下、とあかねは聖ヘベレケ女学院へと向かった。私立の女子高、しかも格式高いとあって、たちが通う公立の高校とは明らかに格差があった。いわゆる、オジョーサマガッコウというやつだ。
 右に目を向ければシャクヤク乙女あり、左に目を向ければボタン娘あり、360度どちらを向いてもユリの花。あんまり上品なものだから、はくらくら目が回った。途方もない、けれどこれが俗に言う正しい女の子のありかたなんだろうか・と。


「選手の交代?」
「そ、あたし怪我しちゃって」


 はっと気がつけば、いつの間にか目の前に小太刀がいて、そしてあかねと小太刀とで話しはとんとんと進んでいた。
「あら、おさげの貴方。以前一度お会いしましたわね」
「今日はお相手よろしくお願いしますね」
 にっこり・と、愛想笑いを貼り付けて、差し出された手に手を伸ばす。けれどその手はぴたりとあかねに止められて、交わされることはなかった。
「まあ、なぜ指の間にガビョウが…」
「…………」
 上品そうな顔して白々しい。けれど、試合前から戦いは始まっていると思えば、その心意気はもしかしたら素晴らしいのかもしれない――――と、唸るほど考えて考え付いた先の答えをそうあかねに漏らしたら、とんでもない、と返ってきたのでやっぱりねとは冗談めかして笑ったんだった。


「まったく油断もスキも―――ん?」
「どーしたの?」
 ぶつぶつと、控え室で着替える傍ら、あかねはずっと文句をたれていた。きっとああいうタイプは、本当にあかねとは相性が悪そうだ・と思う。まるで考え方が正反対なんだもんな。この間の闇討ちにしたってそうだし、例えば今この控え室に届けられている黒バラの(睡眠薬入り)激励の花束だとか、だ。
「ろくな女じゃないわねっ」
「まーなるよーになるわよー」
 今度は油断なんてしないし・と、は心に決めている。昨日の夜に急に決まった代打だけれど、中途半端は嫌だった。


「あら?、そのリボン」
 あかねに指さされたそれは、あの日、カバンの奥にしまったリボンだった。まわりのいろいろなものに甘えていやで、自分には不釣合いだと思った。でも、はいま、それを取り出してまじまじと見つめている。
「次にこのリボンをつけるのは、甘ったれた自分とサヨナラできた日よ!!!」
「目下、目標は良牙君・なのねー」
 あからさまに言うあかねの言葉に、は火がつくほど真っ赤に顔を染める。そんなことないもん・という口は、どこか拗ねたようでいて、照れくさそうなものだから、あかねは瞬間的にその勝負に賭けられている乱馬のことなんか忘れてしまって、大手をふるってを応援するのだった。












「ここは聖ヘベレケ女学院なんだなっ!!?間違いないんだなっ!!!??」
「え、ええ…」


 転じて聖ヘベレケ女学院の正門前では、ひとりの方向音痴が奇跡的にも迷うことなく目的地へと辿りついていた。良牙にとっては迷わず目的地に着いた、それだけで涙が出るほど感極まる出来事だった。必要なときに必要な場所へいけないということは、ひどく損をするものだった。それは昔から、物心つく前から良牙はわかっていた。筋金入りの方向音痴の家系なのだ、仕事へ行けば1週間は迷って帰れなくなっている父親に、買い物に行けばやっぱり1週間は迷って帰ってこれない母親。良牙だって、学校へ行けば3日は絶対に帰れなかったくらいだ。でもペットのシロクロと、幼なじみのおかげで随分助けられたこともわかっている。
 けれど、今、こうしてここに来たのは他でもない良牙自身の足でだった。


「迷子ににらずに着いた…!!」


 ひしひしと胸を打つ感動を感じながら、良牙は静かにむせび泣いていた。愛の力だ・なんて思考はだんだんとずれて行きながらも。


「ちょっとー、人がいたらどーすんのよー」
「だいじょーぶよー」


 刹那・だ、空から降り注いだ水、もとい、バケツの水は、見事ピンポイントで良牙の真上に降ってきた。
「ブタしかいないんだからー」
 ブタしかいないんじゃなくて、人だった良牙がその捨てた水のせいでブタになったんだ。言いたいことはあったが、ブタと成り果てた良牙に人の言葉が喋られるはずもなく、ただ水に濡れて怒りながら見上げることしかできなかった。


「あら、子ブタ!!!」
「かわいー」
 ぬれねずみの子ブタでも、女の子たちにとっては愛されるべき小動物ではあるらしい。あかねだって、だって、この子ブタをPちゃんと名づけて愛玩しているのだから、当たり前か。わらわらと、良牙のまわりには聖ヘベレケ女学院の生徒たちが集まって、良牙を中心に騒いでいた。慣れているからさ・なんて、良牙は思ってじっと大人しく抱かれたり撫でられたり、されるがままになっていた。する・と伸びた一本の腕に、持ち上げられるまでは。


 レオタードを着た、女。痺れるようなバラの香りがして、くらりと目をまわした。たぶんこいつが、の対戦相手で、そして小耳に挟んだ乱馬に交際を迫っている、女・だと。













2007/2/26 アラナミ