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 ざわざわざわめく聖ヘベレケ女学院の体育館に、とあかねは入っていった。格闘新体操というだけあってか、体育館の真ん中に設置されていたのはコーナーリング。なんだか新体操といよりは、ボクシングだかなんだかの殴り合いの試合でも行われるんじゃないかと、はおかしくなって少し笑ってしまった。ざわつきの正体は、今日の試合を見に来たギャラリーで、そして女より男の方がどうしても比率は高かった。愛校心とシタゴコロの対比ね、なんてはなおも小さく笑ってあたりを見回した。最初、あかねが出場すると言っていたのだから、やっぱりクラスの子達は集まっているし、風林館高校の制服を着た人たちもおよそ半数を占めて、少なくはなかった。


「きゃあ、小太刀さんのお兄さまよ、ステキ!!」


 ざわめく体育館のどこかで、ものすごい破壊力を持った言葉をは聞いた気がした。そうか、いるのか、来てるのか。そりゃああかねが出るって言ってたんだから、来るのも当たり前かと思うし、または仮にも血の繋がった妹がその対戦相手なのだから、やっぱりいて当たり前なのかもしれない。まったく全然これっぽっちも、は久能のことなんて考えもしなかったけれど。それにしてもヘベレケ女学院の女の子たちは揃いも揃って見る目がないというか、なんというか。知らないということは幸せなことよね、とも思うのだ。いやいや、いけないいけない、こんなことで集中力をとぎらせてはだめだってば。


「赤コーナー!聖ヘベレケ女学院代表ー!!久能小太刀ーーー!!!」


 どっと押し寄せる歓声の波に手を振り、小太刀はリングの上に上がっていった。まだ試合は始まってもいないというのに、歓声と熱気がじわじわとに伝わった。さっきからはとびく緊張していた、たぶん。たぶん・というのは、あんまり自身よくわかっていなかったからだ。身体の表面は火照ったように熱いのに、身体の芯は、冷たい。大きな歓声も、たくさんの人たちの姿も、まるでと世界の間に一枚のフィルターを通したみたいに感じられた。大きな歓声・なのに、遠く静かに感じて。すぐそこにはたくさんの人・なのに、遠く小さく感じて。よし・と、は深呼吸を繰り返した。何度も何度も。


「ちょっとごめんなさい、あなたのお名前……」


 パチン・と、淡くぼやけていたものが弾けて、はクリアな視界に今、自分を取り囲むすべてのものを見た。






「早乙女






 遠く聞こえていた歓声は、いまや白いライトに霞んでどこかへ消えてしまった。を取り囲むすべてはコーナーリングで、対峙していたのは小太刀だった。それだけで、この試合の大儀名目は充分だった。
 リングの真ん中で儀式的な握手が終われば、戦いの火蓋は切って落とされる。


 


2007/3/24 アラナミ