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「格闘新体操、無制限一本勝負の開始です!!!」
 試合のゴングが鳴らされれば、すぐさま解説者の口は動いていく。それよりも早く、それよりも的確に、はリボンを手ならしにくるくるまわしていた。
 この試合、素手による攻撃は反則。どちらかが完全にダウンするまで続けられる――――とは、女子高生の試合としては、ずいぶん物騒なものだと思えた。ボクシングかっつーんだ、まったく。


「怪我しないうちにリングアウトさせてあげるっ!!!」
「ほほほほほほほ!!!お気遣いありがとうございます!!」


 リングから落ちたら直ちに負けが宣告される―――とあらば。は考えた。新体操において、手練である小太刀をいかに屈辱的に負かすか・を。徹底的に叩きのめすよりは、一夜漬けの素人にリングアウトさせられた方が絶対に屈辱的だ。しかしやっぱり手練は手練なのだった。鋭く飛ばしたリボンを笑いながら小太刀は弾く―――もっとも、こんなところで簡単に足を取られるようでは、先の闇討ちでフイをつかれたこっちの方が恥ずかしいじゃあないか。よし、相手にとって不足はない。くにゃりと普段は重力のままに下に垂れるロープも、小太刀は棒のように扱っている。それをびゅんびゅんとを追い詰めて、振り下ろしてくる。それをはしっかと見つめ、頭めがけて振ってくるそれを、白歯どった。瞬間それはただのロープなのだから、くたりと重力のままに下へいく―――と思われたそれは、ピーンとはり詰まったまま、の手のなかにあった。
「……棒?」
「おーっとこれはっ…棒だっ!!ロープに見せかけた棒でしたーーー!!」
「フゥン…」


 ペロ・と、は舌なめずりして小太刀を見る。これは彼女なりに考えているのだと、このぶんだと攻撃力の低いものを徹底的にどうにかしているな・と、あたりもつけて。後ろからあかねが、反則よ!と叫んだが、それはまかり通らないだろう。だってロープに見せかけていたとしても、あれは棒だ、道具だ。仮にあれが棒ではなく包丁とかアイスピックだとかだったら、反則に判定されたんだろうけれども。
 受け止めた棒を、はそのまま自分のほうに力いっぱい引き寄せた。ぐら・と、小太刀の体勢が崩れたけれど、腐っても新体操。素晴らしいバランス感覚で、こん棒をめがけて繰り出してきた。で、それくらいの攻撃ならば焦ることなく右に左にとパーフェクトにかわしていた、だが。
 ビッ・と、なにかが飛び出すような音がして、視線を流せば風を切ったすぐ横にある、トゲの生えたこん棒・だ。
「レフェリー!!こん棒の先からトゲがでてるわよっ!!!!」
 すかさずあかねが叫ぶが、たぶん、それを確認できたのは、よっぽど動体視力のいい人間だけに限られているだろう。手元のスイッチでトゲを出し入れできる、特製グラブ・か―――。


「わが妹ながら、あっぱれな卑劣ぶり」
 呟いた久能先輩の声にこっそり頷きながら、はこん棒を手にする。なんだっけ、ハンムラビ法典の中にあったよね、なにかの法律―――
 目には歯を、歯には牙を―――だっけ?じゃあトゲつきグラブには、なにを相対させればいいかしらね。


「すべては早乙女乱馬様と交際するためっ!!こんな自分を私はいじらしいと思います!!」
「乱馬は、あんたとつきあう気なんて―――――、ないわよっ!!!」
 転がるボールを足で掴み、は高く舞い上がって小太刀の顔面めがけて突進していった。ボールを間にけれどたしかな足応えを感じて、はリングに着地し、よろめく小太刀を横に臨戦の体勢で構えてとらえてみせた。
「ふふん、すぐバレるよーな嘘をおっしゃるのね」
「嘘じゃないわよ。とにかく…私に負けたら二度と乱馬の前に現れないって約束するのね!!」
 はチラリ・とセコンド側に立っているあかねと乱馬を見遣った。真剣にセコンドの役目を果たそうとサポートしてくれるあかねの横で、乱馬はさっきからぱくぱくとにコンタクトを取っている。そんなに嫌なら、自分からハッキリと断ればいいものを――――と思うが、乱馬の気持ちはわからないでもない。ようは、それを自分に置き換えて考えてみればいい。これはと久能の構図でもあるのだ――――不本意ながらにも。


「あなた、一体乱馬さまのなんなんです」
「―――妹よ」
 そして、あかねと乱馬のいちばんの理解者。そうなりたいと思っている、いつだって、これからずっと。
「まあああ、そうですか、そうでしたの」
「な、なによ」
 足早にずい・と、小太刀はに近づいて詰め寄った。は一瞬たじろいだが、すぐに気丈に小太刀を睨みつけ、こん棒を握る手に力をこめる。
「お兄さまを心配する気持ちはわからないでもありませんが、これは私と乱馬さまの問題。あんまり度がすぎる介入はよしていただきたいですわねっ!!」
「本人か嫌だっつってんのよ!!!」
「またすぐバレるような嘘を!!いくらあなたが乱馬さまの妹と言えども、容赦は致しません!!この黒バラの小太刀が、成敗いたしますっ!!!」


 チ・と、は小さく舌打ちした。話のわからないところ、そして都合のいい物事の解釈―――ほんっと兄弟そっくりだな・と、嫌気がさしてしまった。くるくる小太刀の手の中で回るフープがこちらめがけて飛んできて、やっぱりはそれを避けたのだけれど。
「え!!?」
 避けたそのすぐ後ろ、コーナーの柱がスパ・と、切り落とされた。カミソリ仕込みのフープとは、卑怯どころかこいつ、殺すつもりで戦っているのではないか・と、は背筋をぞっとさせた。格闘といえども相手は同い年の女子高生、いのちの掛け合いをするとは思っていなかったからこそ、余計に。
 それから小太刀はに猛攻した。隙なく次にリボンを操り、間髪いれずにカミソリフープを投げ飛ばす。まるで首を落とす勢いのそれに、は内側からカッカと燃え上がる、それは格闘家の血のようなものを感じ始めていた。負けない、負けるもんか。


「口で言ってもわからないよーね!!だったら貴方には負けてもらうしかないわっ!!!」
「ふっ、片腹痛い!!」
 瞬間的に、小太刀のまわりの空気が張り詰める――――大技を出そうとしているな・と、は感覚的に感じ取り、構えて迎え撃とうとした。


「乱れ打ちーーーっ!!!」


 やはり・だ。息を詰めて収縮させたものを一気に小太刀は爆発させた。ものすごいスピードで繰り出されるこん棒は、まるで十本にも二十本にも見えた。けれども、その優れた動体視力でひとつひとつを見極め、まるでヌンチャクのように操ったこん棒で小太刀に対応した。ざわ・と、体育館のギャラリーが歓声にわく。
っ!!!」
 セコンドから飛び出したボールめがけては飛び、そしてそれを力いっぱい叩きつける。小太刀の腕めがけて飛んでいったそれは、外れることなく命中し、その小太刀の技の真髄を見破った。ばらばらと零れ落ちるこん棒は、一本や二本ではない。卑怯を通り越して、それはひとことすごいに尽きる。


「まだまだ、格闘新体操の真髄は、無限に広がる道具さばき!!!」


 軽い身のこなしでくるりとマストに登ったのは小太刀だ。無限に広がる道具さばき?はいぶかしげに小太刀を見た。器用にもあやつるリボンでリング外のゴングを巻き取り――――、
「ま、さかっ!!?」
 冷やりと背筋に冷たいものが走る。目がけて飛んできたのは硬く思いゴング。が持っているこん棒では、あの重たいゴングは受け止めきれずに折れてしまう。あんなのまかり間違って頭にでもあたったら、死ぬ。
「きゃ……!!!!」








 


2007/3/29 アラナミ