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 カーン・と、体育館中にゴングの鐘の音は鳴り響いた。試合終了を告げるではない、それ。はがくりと膝を落とし、腰が抜けたみたいにその場に座り込んでしまった。


「……P、ちゃ……」


 ごくり・と、の喉が不安に鳴る。硬いゴングを身体にめり込ませ(実際は硬いゴングが身体にめり込んでいるのだけれど)、宙で一瞬止まったブタは、途端に下へ落ちてくる。ごとんと重い音をたててゴングがリングに落ちるより早く、はブタを抱き上げた。突然目の前に遮るように飛び出した黒ブタ。それが誰か、はしらないわけではない。


「ち、なにかに使えると思って捕獲していたのが仇となったようです」


 シュル・とすべるリボンがの手の中からブタを奪い、小太刀の方へ連れ去られる。それはもう役に立たないと小太刀は思ったのだろうか、リボンで巻き上げてぎゅうと縛ったブタを、非情にもリングの床へと投げ捨てて―――。もうだめだ・と思った危機感を忘れてはいない。そしてそのために破裂しそうなほど早くなった動悸も、今の小太刀の言葉に湧き上がった凄まじい怒りも。


「なんてこと、してくれるのよっ!!!」


 ならばこっちも・と、は転がるリボンを手に、同様の応戦をする。ムカついた、本当に腹が立った。目には歯を・どころじゃない。ぎったんぎったんのめっためたにして、すまきで巻いて川で流してやったってまだ足りないくらいに、今のは小太刀をボロクソにしてやりたいと思った。
「思い知れ!!!」
 は目に付いた机を力いっぱい釣り上げ、小太刀に向かって投げ飛ばす。小太刀もそれに対抗し、実の兄である久能を釣り上げ投げ飛ばす。大きさではのほうが分があった、けれど生きている久能は机をその木刀で突き上げてそれを無効化させた。チ・と、は舌打ちしたけれど、すぐに手を打ってイス、マット、バケツなどと、あらゆる目に付く道具を投げ飛ばし続けた。まさにこれが、無限に広がる道具さばきというわけだ。リングは騒然とぶちまけられた道具が散乱していたが、も小太刀も一歩も引かなかった。


「なかなかしぶとい女ですね!!」
「どっちが!!!」


 押しても押しても決して引くことのない小太刀に、は苛立ちを募らせていた。あんまり頭に血がのぼると、コントロールがきかなくなるってわかっているけど―――。
 手当たり次第に投げ飛ばしたせいか、もうめぼしい道具は見当たらなかった―――やろうと思えば端から観客を投げることも可能だったが―――無限に広がる道具さばきから転じて、また小道具を使っての小競り合いに戻ると、次から次へと応じる小太刀の手に、はすう・と、息を吸って受身の態勢で待ち受けた。大きく振りかぶったその瞬間を待って―――冷静に―――、
「とりゃ!!!」
 リングアウトしろ!と、強く息をまいて、は突き出されたこん棒を受け止め、逆に小太刀の力を利用して思いっきり投げ飛ばした。遠く、高い天井すれすれに宙をゆく小太刀は、会場の真ん中に設置されたリングから遠く、離れていった。あれならどうあがいてもリングには戻れまい―――よし・と、は勝ちを確信した。だが、


 ピリリリリリッ


 高く、会場に木霊した笛の音?――――と思えば、ぐらりと大地が揺れて、小太刀が近づいた―――?
「ほほほほほ!!この私にリングアウトは有り得ません!!!」
「なっ……!!」
 小太刀が近づいたのではない。が、その足元ごと小太刀の方へ距離を縮めていったのだ。体育館の真ん中にあったはずのリングは、数メートルずれて客席にめり込んでいた。そのからくり―――つまり、だ。このリングすら、小太刀の仕込み道具だったというわけだ。むかっ腹に足元に一発、は拳を振り上げ床板を粉砕した。そして真下のリングを覆うマットを剥ぎ取れば、やはり。
 黄色く軽い複数の悲鳴と、そしてヘベレケ女学院格闘新体操部の面々。暴かれると知られるや、人力のその動力たちは蜘蛛の子が散るように退場していった。取り払われたマットの下は、見るも無残なリングの後。残る足場はロープとコーナーポストのみ・という危うい状況になったわけだ。けれどそれすら望むところ・と、は思う。元より正攻法での勝利なんて有り得なかった。人の足元をすくってばかりの小太刀を相手に、馬鹿真面目にやろうだなんて、正直者が馬鹿を見る結果になるにきまっている。ならば・だ。追い詰めて身包みはがしたこの状況、後はもう、「討つべし討つべし討つべし!!!!」しまった口にでていたか!!


「攻撃あるのみ!!!」
「ハッ!!!」
 攻撃は最大の防御なり・とはよく言ったものだ。先手を打った小太刀は、リボンを飛ばし、避けたの足元にカミソリフープを放つ。もちろんは避けたが、4つあるロープのうち、1つは無残に切り落とされ、少ない足場はさらに少なくなってしまった。コーナーポストにすとん・と、足を下ろしたは、どう動こうか考える。空中戦は無差別格闘早乙女流の十八番だ。今押し迫ったこの状況は、にとって決して不利ではない――――、たとえ新体操の経験がたった一晩だったとしても・だ。
(良牙君の仇!良牙君の仇!!良牙君の仇!!!)
 しゅる・と、生きてるように滑らかにすべる小太刀のリボンが、の目の前を通り、その首をとらえた。しまった・とは思わない。捕らえられたということは、リボンを通して小太刀と繋がっているということだった。
「ていっ!!!」
 ぐい・と、リボンをひかれて身体が宙を浮く。力に乗って行ったから、さして首には圧迫感もなにも感じられなかった。宙に高く上げられて、頭からまっさかさまに落とされていく―――リング外のギャラリー、乱馬、あかねたちが、悲愴な顔つきでを見ている―――けれど、はその手からリボンを天井近くの鉄筋に絡ませ、凌いで見せた。
 このまま蹴落としてやろうかしら・とも思ったけれど、一寸一尺の違いで届きはしないだろう。振り子の原理で小太刀の近くまで行ったけれど、遠ざかる―――。その時間差は、ただのロスにしか成りえなかった。飄々となにをするでもなく突っ立ったままの小太刀は、こん棒を投げて鉄筋とをつなぐリボンを断ち切った。ぐるりとは身体を反転し、ローブの真ん中に体重をかけて、反動でまたとびあがる―――




「これが最後よっ!!!!」


 先が見えていのは誰だったろうか―――体当たり―――つまり道具なしの攻撃は禁じ手だと、誰もが思っていたに違いなかった。けれど。
 に向かって飛んでくる無数のこん棒、それを切り裂くように力強く飛んで突き進むの勢いは衰えない。向かった攻撃のその先は、ひとつのコーナーポスト。
 小太刀の足場であったそのひとつを、強く真ん中から破壊し、崩れさせた。



 ドサ・と、ひとつの尻餅をついた音。緊迫した空気の中、たぶん誰もが息を呑んでいたと思う。の視界は黒く影って見えなかった。なぜなら心もとない足場に、恥じも外聞もかなぐり捨てて必死にしがみついていたから・だ。










 


2007/4/8 アラナミ