氷上のリップバトル 01 今日び冬の空、日曜日、寒いけれども晴天なり。絶好のデート日和だ・と、乱馬は舌打ちした。友達と出かけてくる・と、は出かけていった。それを素直にそうだと信じたわけではなかったが、それでも少なからず100%中の1%くらいは信じていたのだ。けれどが出かけたすぐ後に、やっぱり友達と出かけてくると言って出て行ったあかねは「も誘ったんだけど」とぼやいていた。それを聞いてしまえばおのずと出る答えは100%ウソをついていった・と、それだけしかない。けっ・と毒づいて、乱馬はラーメンをすする。なにも別にウソをつくこたぁないじゃないか・と思っても、けれどやっぱり正直に話されたところで、素直にを行かせたとは思えない。………どうせ良牙とどこかに出かけたんだろう。この間、ほんの数週間前聖ヘベレケ学院で試合があったあの日、とうとう念願かなったりか、ふたりは付き合いだしたらしい。らしい・というのは、いまだ乱馬は直接の口からそのことを聞いていないからだ。けれど最近妙によそよそしいだとか、浮かれまくっている良牙だとかを見ると大体のところの予想はついてしまうのだ。ふたりは、付き合い始めた。そして、この付き合い初めの今が楽しくて楽しくてしょうがないようでしょっちゅうデートを繰り返している。…たぶん。が友達と出かけると言って家を出て行くおおよそ90%は良牙と会っているはずだ・と踏んでいる。 「で、がなんだっーんだ」 今日び、暖冬日曜日。ペッカペカのデート日和にラーメン奢ってやるよの一言で釣られた乱馬はさみしくクラスメイトの友人、男・と、駅前のラーメン屋のひとつのテーブルでラーメンを食べていた。その真ん中に、先日忘れもしないあの日にレオタードかしこまって格闘試合をやり遂げて見せたの姿を映した写真が何枚も何枚も、重なって。 「なんだ、じゃねーよ!!!」 ずい・と、身を乗り出した友人たちを尻目で見ながらポーカーフェイス。黙々と乱馬はラーメンを食べ続ける。言いたいことはなんとなくわかっていたけれど、そこは黙っておくというのがの兄であり家族である自分の義務だと、乱馬は思っている。 「かわいいかわいいとは思っていたけどよ」 「もうこの間のアレで、虜になっちまったつーか…」 「あかねが乱馬に持ってかれたと思ったら、新たなアイドルが来たっつーか」 恍惚とした表情で、友人たちはつらつらとへの思いを乱馬に言って聞かせた。淡々と、たまに相槌をいれ、けれどほとんどを聞き流して乱馬はラーメンを食べる。「親父、おかわりー」おごりだと思えば、遠慮なく食べれるってもんだ。そそくさそと二杯目を手にし、上に乗っかっている海苔をスープの中に浸す。 「ま、ぶっちゃけレオタードにグッときた・と…」 「お前殴るぞ」 聞き流しているようで、ピンポイントでそれらしい言葉は耳に入ってくるものなのだ。「もお殴ってるぞ」と呟かれて、瞬間的に出た拳の反射神経に感嘆の溜め息がでる。 「まあ殴られるくらいは甘んじて受けるぜ、にいさん!!!」 「ぶっちゃけ仲取り持って欲しいぜ、にいさん!!!」 「無茶言うなよ」 ずるー、ずるずるずそー。ごっくん。思いっきり頬張った麺を咀嚼して、飲み込む。はっきり言ってどうでもいい。人の恋路なんかどうでもいい。それがに絡むんだとしたら話は別だし、絡ませてくれと頼まれるなら断固として拒否をするつもりでいる。のだけれど。 キラキラとした面持ちで、たぶんこいつらは自分が「いいぜ」と言うものと信じて(望んで?)いるに違いないのだろうけど。 「あいつ、彼氏いるし」 ずがしゃーん!! なんて、いっそ気持ちがいいくらいの反応を示してくれる。いや、でも内心は晴天の霹靂っつーか……乱馬自身そんな気持ちのままあの日から数週間、そして今に至るわけなんだけれど。 「だだだ、誰ダー!!!あかねに続いておれ達のの純潔を奪った奴はーー!!!」 「ハッ…!!まさか久能先輩とか言うんじゃねーだろーな!!!」 「おめーら馬鹿いってんじゃねーよ!!」 もしもまかり間違っての相手が久能だったとしたら、そこは命をかけてやめさせる。どんなことしてでも阻止してやる。あれがの相手だなんて冗談じゃないし、また久能に兄さんなんて呼ばれるのは御免こうむりたい。 「じゃあ誰だってんだ!!」 「ー、ちゃんー!!!」 「あー……?…お前らも前にいちど会ったことがあるんじゃね?アホらし」 2杯のラーメンを食べ終えて、乱馬はとっとと席から立ちあがる。乱馬からしてみれば、嘆きたい気持ちはたぶんこの友人たちと似ていて、そして微妙に違う。けれど、やっぱり悔しいものは悔しいのだ。ああくそ、思い出したくなかったのに・と、内心舌打ちした。けれどそんな微妙な気持ちは友人たちにはわからないのだ。 「くおら、逃げるのか!!」 「きさまあかねの純潔を奪っておきながら!!!」 「なっ……!?」 いきなり矛先を変えられて、乱馬はひどく動揺した。まさか、ここで自分にふられるとは考えていなかった―――。力がものを言う格闘ならともかく、メンタル的なペースをいちど乱されてしまえば、なし崩し的に乱馬は話の主導権を友人たちにもってかれてしまう。 「とぼけんな、許婚だろーが!!」 「せめての相手を教えろっ!!あとは自分たちで取り戻す!!」 「ひとりだけいー思いしやがって!!」 ずいずいと詰め寄られ、あかねと、交互に話を持ち出されて乱馬の頭は早すぎる展開に追いつけないでいる。とぼけんなって…でも実際許婚とはいえ、あかねとはキスはおろか手を繋ぐことすらしたことがない。事実無根だ―――口にしようとするその前に、今度は。いや、良牙相手に取り戻すとか無理っつーか、良牙がに入れ込んでるどころかだって良牙にベタ惚れだから無理っつーか。 「ば、ばかやろー!!だいたい誰が、あかねみてーな色気のない女を…」 「乱馬!!!」 タイミングよく、ラーメン屋の扉をあけはなったのは、あかね・だ。驚いた。乱馬も乱馬の友人も、けれどたぶん誰より乱馬がいちばん驚いている。ずかずかと詰め寄るあかねにたじろいで、睨んでみればあかねはぼろぼろ大粒の涙を零して泣くのだ。 「な、なにも泣くことねーだろ」 乱馬は女の子の涙が苦手だった。泣いている、それが男だとしたら、けっ・と毒づいてやればいいだけだが、女の子は勝手が違う。めんどくさくて、―――だから苦手なのかもしれない。けれど苦手以上に、焦ってどうにかしようと思ってさらに面倒な思いをするはめになるのは、の涙と最近気付いたけどあかねの涙なのだった。 「だ、だから別、色気がなくたってオレは・・・」 「Pちゃん捜してっ!!」 「別にかまわな………………なに?」 白々しい友人たちの目に、いらんことを言った・と、赤くなったり青くなったり乱馬は絶妙な気分になった。いや…なに…なんて今言った・と、あかねを見る。一緒に出かけると言っていたクラスメイトの女子たちが2人、あかねの後ろについてきていて、そしてその後ろに。 「………?」 不機嫌そうな仏頂面。出かけるときとは打って変わった表情に、乱馬は首を傾げた。 → 2007/4/18 アラナミ |