03










「Pちゃんスケートリンクでいなくなっちゃったのよ」
「さらわれたのよっ、見てた人がいるんだから」


 わらわらと乱馬のまわりをあかねたちが取り囲む。よくよく考えれば昔から乱馬のまわりは人が集まっていたなあ・なんて、こんな状況を見るたびに思うのだけれど、今のにとって別にそれはどうでもいいこだった。さらわれたって、言われても。ブタの中身が中身なだけに、どうせそのうちなんでもない顔して戻ってくるんじゃないかと思うのだ。そもそも不意を突かれてさらわれたのだとしても、その先で逃げ切ることができないほどの腕でもあるまいし。
 フン・と、乱馬の傍にいるあかねたちから一歩引いた場所で、はあさっのほうをみた。ラーメン屋のカベには、シンプルなメニューが4つ並んで、追加できるトッピングの具の名前がずらりと並んでいる。そういえば、お昼まだたったなあ。もう少ししたらお昼食べに行こうと思ってたのになあ。よくなかった気分にプラスして、空腹を覚えたはどうしてだか寂しくもなった。おなかがへると寂しくなるのか、たしかそんな歌があったような気がする。


「さらわれたブタの特徴は?」
「なにトボケてんのよっ」
「あそこにいるのはなんだ?」


 ぼけーっとメニューを見ていたの前を、ラーメン屋に似つかわしくない女の子が通り過ぎていった。ふわふわの栗毛、そのてっぺんにかわいいリボンのカチューシャ、ファーのついたゆったりめのひらひらコート。うわ・と、の気を一瞬で引き戻したそれ。女の子女の子した、かわいいいでたちで、そしてその子自身もそれがとてもよく似合う雰囲気を持っていた。
 そして、その子が手にしていたのは、黒い――――


「Pちゃん!!」
「いや〜ん、なんですのあなた」


 まっさきにそれに向かって駆け寄ってったのはあかねだ。ひくり・と、は別の意味でちょっと引いてしまったのは、今どきあからさまなぶりっ子でも使わないような口語にかちあってしまったからだ、きっと。いやいや、でもたしかに雰囲気はもちろんその声色言葉遣いすべてマッチしているからすごいもんだとは思うけれど。


「この子はシャルロットですわ」
 女の子の手の中で、まるで違うでも言うみたいにブタは鳴いた。はあ・と、は溜め息をつく。どうせ道端をうろついていたブタを拾って名付けて飼おうと思っていたのだろう。ぬいぐるみサイズのミニブタは、ペットとしてだって流通しているわけだし。そもそもさかのぼればあかねとだってそうした過程あって、ブタを飼っているに至るわけだし。
 ばちばちと、火花散るあかねと女の子。どう考えたって女の子の方が分が悪いのにまったく引こうとしないのは、気質か。はたまたただたんにふてぶてしいだけなのか。


「あっ!!」
「君の?」
 からからと扉を開いて、あかねと女の子の怒気の間を縫って男が入り込んだ―――女の子の手からブタを奪って。店内の女の子たちのざわめきを見れば、それが一定基準以上のイイオトコなのだろうとは判別がついた。けれどはそこに、ちょっとナンパそうな顔という情報を付け加えておいた。案の定まっすぐあかねの傍に行って、女の子の手から奪ったブタをあかねの元に戻してくれた。
「連れが失礼したね」
「いえ……ありがとう」


 ここで1匹のブタがあかねの元に戻ったことにより、この一件は落ち着いたかのように見えた―――「彼女はかわいいものを集めるのが趣味なんだが、」颯爽と男はひとつの椅子に腰掛け、たぶん自分がいちばんかっこよく見える角度で語るように話しはじめた。「かわいいものをみつけると、」しかし彼の語りは一節一節で息を呑むように区切られていた。それは彼の思惑のうちではないだろう、語る彼の真後ろでブタを取り上げられた女の子は涙を零しながら恨みがましく男に拳を叩きつけていた。「その場で名前をつけて持ち帰ってしまうという…」犯罪じゃねーか・という声はたぶん正しい。そして男もそれが良く分かっている。分かっていないのは本人ばかりなのだろう。男が言葉を区切らせられるその一節ごと、比例して増していくのは叩く拳の力強さ―――というか小道具すら混じって、灰皿、椅子、テーブル・と、ランクアップされているのだけれど。
「返せ返せ返せ返せ!!!」
「えーかげんにしないか、バカ女!!!」
 なりふり構わず叫ぶ男は正しいと思う。ああそうか・と、はパズルのピースがあうように、ぴったりはまる適切なことばが思い浮かんだ。このふたりにではない、女の子の方―――今や怒りの矛先をあかねに向け、果し合いを申し込んでいる、彼女は。


「わたしが勝ったら、シャルロットを返していただきますことよっ!!!」


 うん、やっぱりふてぶてしいんだな。と、は珍しく頭を抱えたくなるような気持ちになった。次から次へと憂鬱にさせていくような出来事が続くのは、なんでだ。しかも今日に限って。出かけたときはすごくしあわせな気分だったのになあ・と、はあからさまに溜め息をついて、踵を返す。
「どこ行くの、
「帰る」
 あき子の声を後ろに、ひらひらと手を振ってはラーメン屋をあとにした。まだ日も高いお昼時だが、どこへ行く気にもならないのは、ひとえに今日という日の今までにいろんなことがありすぎたからだ。きっと。…たぶん。











 


2007/4/21 アラナミ