04










「あいつ、どーしたんだ?」
 いつもだったら黙っててもきっとここにいたであろうの後姿を見送ってしまい、乱馬は慌ててあかねに詰めた。というよりは、たぶん今日、一緒に出かけていただろう筈のブタに詰め寄った。
「さー。なんか……誰かと一緒に来てたみたいだけど、あたしに会った時はひとりだったから…」
 いまいち歯切れの悪いあかねを見れば、たぶんがあらかじめ乱馬には内緒とかそういうことを言っているだろうと思う。だったら・だ。
「それが誰かって、オレだってわかんねぇわけじゃねーんだぞ」
「ん、」
 ちらり・と、含みを持たせてブタを見るが、いまいちその含みが分かっていないブタはのんきにあかねの腕の中に抱かれている。おめーのせーなんだよ、おめーの。そう言って拳を落として絞めて縛り上げて捨ててやりたい衝動に駆られもしたが、少し冷静になってその手を押しとどめた。


「その―――、なんか、急にいなくなっちゃったって、言ってたけど」
 誰が・とはまだ言わない気か。でもだいたいの察しはついているのだ、急にいなくなった・というくだりのあたりから挙動がそわそわと落ち着かなくなったブタを見ればこそ、明快に。
「とりあえずこのブタにを追いかけさせろよ」
 がっしり、あかねの腕におさまるブタを、力任せに掴み上げてやる。案の定盛大に暴れ出したが、気にせず乱馬は床に放り出す。
「ちょっと!!!」
「行って来い」
 しっしっ、とまるで動物を追い払うみたいに手を動かして、それでもブタが乱馬に噛み付いたりなんだりをしなかったのは、たぶんを任せたあたりを汲んだのかもしれない。認めるか認めないかなんてそんなことは、今の時代となっては当人同士の気持ちが最優先にくるべきもので、ナンセンスだ。それでもどうかと聞かれれば、乱馬は認めるとは言いたくない。言いたくないが、のことを考えれば認めないとも言えないのだから、しょうがない。だから行け・と、そう告げることで見えにくいひとつの意思を遠まわしに伝えてみたのだ。これでどう転んでも、当人次第だろうとも思っていたけれど。


「……なんでPちゃん?」
「あー…………………あいつが人の慰めを素直に受け取るわけがねーだろ」
「そうかしら?」
「……そうだろ」


 ふうん・と、いささか腑に落ちなさそうな顔をしたあかねのすぐ横で、乱馬はラーメン屋から飛び出すブタの背中を見送った。
















 なんかうるさい・と、は立ち止まった。重たい足をふらふら動かして、来た道のりの半分くらいを戻ったところだ。考え事しながら動く足というものはなかなか早いもので、歩き始めから比べれば最後のほうなんてほとんど駆けているような速さになっているから不思議なもんだ。フと、は卑屈に笑ってもういちど歩き始める。ささいなことも考えれば考えるほど悶々とした気持ちに渦巻かれてネガティブになっていくもんなんだ。ひどい、ひどいじゃない置いていくなんて。本当は、きっと戻ってきてくれると思った、思っていた。けれど戻ってくるどころか、を目の前にしてあかねの腕の中とはどーゆーことだというのか。いやでも百歩譲って気が動転しててまわりのことがあんまり良く見えていなかったのかも。ていうか真っ先に自身が駆け寄ってあげていればよかったのかも。いやそもそも後ろ手に滑って止まらない良牙をちゃんと追いかけていってあげていればよかったのかも。いやいやまてよまてよ、そもそも気が動転していたとしても少しすれば落ち着くだろう。もしかしてあかねの腕の中で浮かれてたんじゃないのか。いやでもしかし――――、


「うるさいっ!!!」


 ぐるぐるめぐる思考の隙間に入り込んだのは、絶え間ない鳴き声―――なんだっていうのか、一体。募る苛立ちに思うまま叫んで、振り返ったその足元に見えたのは、黒い影。ぶき・と、一声鳴いた黒ブタは、あからさまに怯えてそこにいた。そしては熱くなっていた自分から正気に返るのだ、やっと。
「……なんでここにいるの?」
 どうせ言葉なんて喋れないから、聞くだけ無駄だろうけど。けれど言葉を喋れないなりにブタは、身振り手振りで気持ちを伝えようとするから健気なもんだ。すり・と、足元に擦り寄って見上げたブタを、そのまんまにすることもできずにはそっと抱き上げてしまった。こういうの、かわいさ余って憎さ百倍っていうんだろうなあ。溜め息をついては帰路を歩き始める。家に着いたら、何食わぬ顔で居間にいればいいんでしょう?その隙に、お湯をかぶって人の姿に戻った良牙は、に会いにきて言い訳と取り繕いをしてくれるのだから、きっと。


(…そんなでもって惚れた弱みってやつなんだ)










 


2007/4/22 アラナミ