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 ひらり・と、は深いブルーの制服の裾を翻す。いつものライトブルーの制服ではないのは、今日、あかねと乱馬が受けた果し合いの試合当日、コルホーズ学園にて潜伏していたからだ。というのも、白鳥あずさがPちゃん、もとい良牙にかけた首輪の鍵を狙ってのことである。どうせ潜伏するなら前もって侵入していればよかったのでは・と、思う人も多いだろう。だがは学生だ、高校生だ、そしてれっきとした風林館高校の生徒である。自分の学業を疎かにしてしまうのはどうしても気が引けた―――だって留年したらたまったもんじゃないでしょう。それに、試合当日ともなれば、白鳥はまず間違いなくあの首輪の鍵を手にして来ている筈だ。条件は揃っている。今日という日は鍵を探し出すに最高の条件なのだ。
 ――――そもそも、試合に勝ったとしても、あの白鳥あずさが簡単に鍵を渡すはずがないと思う――――だからこそ、余計に。


「今日格闘スケートの試合だろ」
「見にいこーぜ」


 いろめきたつ学内の生徒たち―――そりゃそうだ、いけ好かないとはいえ、顔だけは素晴らしい出来の人たちがスケートをやるとなるのだから。騒然としたざわめきは、流れるように特設会場へと向かっていく。やがてどこもかしこも校舎は人少なになるだろう。そうしたら探したい放題だ・と、は上機嫌に笑いながらコルホーズ学園内を歩いていた。






 ***






「シャルロット杯?なんのこっちゃ」
 特設会場へと続く道すがら、でかでかと宣伝された看板にはことごとくシャルロット杯の文字が書き連ねてあった。分からない奴には最初から最後までその意味なぞ分かるはずもないだろう。だがしかし、ふざけやがって・と、それだけはしっかりし良牙の胸の中に刻まれているのだ。
 持参したスケートシューズ、練習の時間なんてほとんどなかったが、だが一度ペアを組めば必ずといっていいほど勝利へと導かれる――――そう信じてやまない良牙の心の根底にあるのは愛の力だ、きっと。


 今日の試合、なんとしてでもオレがあかねさんとペアを組んで、勝つ!!!


 思えばそれは、当事者からしてみれば当然の判断で、けれど"シャルロット"であることを隠している良牙は、事情を知らないまわりからしてみればおかしなことでもあった。でもだが、良牙にの中には燻った思いがひとつだけたしかな理由としてそこにあった。中身は乱馬だったとはいえ、の姿形をした乱馬にキスをした三千院、だ。もう一度言う、本人でなかったとしても――――あれはあまりに強烈でショックで、そして悲しみと悔しさの衝動に突き動かされた。事実あれを見た良牙は戸惑い自分を見失って酷く泣いた。カンチガイだよってに諭されてもやっぱり気分のいいものではなかったし、それだけで納得できるほどできた人間でもなかったのだ。


 そもそも、だいたい―――そんな羽目に陥った乱馬に、まかせてられるか。


「こんなところにいたのかシャルロット」
 ばしゃ・と、盛大な水の音。と思えば瞬時に冷たい水の感触がして、そして情けなくも姿は呪われたブタの姿に変わった。ひくり・と、顔が引きつるより先に怒鳴ってみるが、しかし声はもう人のものではない。出会い頭に後ろから、バケツの水をぶちまかすとはいい度胸してやがるじゃねえか、乱馬!!けれど言葉にならない声はただのブタの鳴き声としか聞こえていない。
「オレとあかねがペアを組めば天下無敵だ。安心して見物してろよ」
 今回の試合の賞品は、賞品らしくしてろってか。勝利の証のトロフィーに鎖で繋がれるその屈辱、いつもいつも寸でのところで持っていかれる悔しさに、良牙は歯を噛み締めて、その後姿を睨んでいた。






 ***







「はじまったみたい」
 甲高い歓声が会場から漏れ、校舎の仲間で響いて来た。もうさっきからほとんどの学生は会場へと向かってしまったようで、校舎の中に残っている生徒はほとんどいなかった。僅かに残っていた生徒たちも、ばたばたと慌しく駆けていった。恐らく目当ては格闘スケートなんだろう。ますます好都合だ・と、は悪びれずに教室のドアを開けた。白鳥のクラスはあらかじめリサーチ済みだった、だからあとはくまなく白鳥の私物を調べればいいだけなのだ。人の荷物を漁る・ということに抵抗感を感じないわけではなかったが、だが目には目を・というハンムラビ法典の教えもあるのだ。人のものをとったら、その腕を切り落とせだとか…あれ?イスラム法だったっかな?ともかく因果応報ってやつだから。


「なにやってるの、あなた」
「うひゃあ、!!?」


 ビク・と、条件反射で一瞬飛び上がりかけた身体を必死で地面に繋ぎとめる。見つかったと、内心冷や汗もんに焦りながらも、平常心を装っては後ろを振り向いた。
「あ、あは、白鳥さんに…ちょっと頼まれ物をしちゃって」
「頼まれ物、ねぇ」
 ふうん・と、こちらを見る女生徒の目は、いささか冷たい。いや、いささかどころかすごく冷たい。まさか、バレた?内心の焦りはピークに達しようとしていたが、でもまだはここでボロを出すわけには行かなかった。最終目的は鍵!!それを目前に尻尾巻いて逃げ出すなんてバカらしいじゃないか、こんな格好までして潜入したって言うのに。


「そんなウソつかなくたって良いわよ、どうせあなたもあの子になにか大切なもの盗られちゃったんでしょ?」
「え?」
 にこり・と、女生徒は笑った。それは共犯者の笑みだった。教室の入り口に立っていた女生徒は軽やかにに歩み寄り、その目前で足を止めた。つい・と、女生徒の右手がの左手をつかむ。
「今日はここにはないわよ、だって試合があるんですもの。控え室の方よ」
「あ、ちょっと…!!」
 ぐいぐいひっぱられて、はすっかり自分の調子を崩してしまった。しかし勝手知ったるよその学校…ではないのだ。だいたいの間取りはリサーチしていたとはいえ、実際に歩いてみるとそんなものはまったく役に立たなかったりする―――実際は白鳥の教室につくまで、多少なりとも迷ったりしていたのだ。むしろこうして連れて行ってくれるなら、ありがたい―――この子にどんな思惑があろうとも。
「あなたもって貴方は言ったけど、もしかしなくても―――」
「そうよ、私もあの人に私のもの、盗られたの!!彼から貰ったものだったのに!!!」
 きい!!と、ひときわ甲高い声で女生徒は叫んだ。そうか、なるほど―――は納得した。白鳥のあの癖は、多くの敵を学園内に作っていたんだろうな・と。









 


2007/5/28 アラナミ