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 ふ・と、場内の証明が落ちた――――試合が始まるのだろう。コルホーズ学園放送部の解説が入り、そして証明がつく。乱馬がいたところとは正反対の向こう側に、差し込むように強いスポットライトが差し込んだ。そこから出てきたのは白鳥あずさと三千院帝。白を基調とした衣装に身を包んで、さながら王子と姫のつもりだとでもいうのだろうか、黄色い歓声と、野太い歓声に包まれて、優雅にリンクに飛び出した。―――反吐が出る。キザったらしい出方しやがって。乱馬はナンパな男は嫌いだった。けれどそういう男に負けるのは、もっと嫌いだった。
「こっちだって…」
「ん?」
 意気込んで乱馬はあかねを担いだ。力強さは人の何倍だって優れている自信のある乱馬だ、それくらいわけはない。けど、
「ちょっと、乱馬!!」


 あかねの制止の声も聞かない乱馬は頑固で不器用で、そしてついこの間までまったくスケートなんてできなかったのだ。だから踏み出して滑り出したその瞬間、マヌケな音を立て、転んで回ってまさに度肝を抜くような登場をしたっておかしくないのだ。
「きゃはははははははは!!!」
 会場の感嘆はモノにした、白鳥からの笑いもかった。だがしかし、ふるふると震えながらあかねを支え、今にも崩れ落ちそうな乱馬はあまりにマヌケだった。
「きゃーっきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」
「うるさいっ!!」
 ひととおり笑って満足したらしい白鳥は、不敵に笑う―――今の乱馬を見れば、コルホーズペアの勝ちは確信だというのだろうか、ふざけるなとばかりに、あかねは白鳥を睨みつけた。
「もはやこれでシャルロットはあずさちゃんのものですわ」
「絶っっ対にPちゃんは渡さないわよ!!」


 ペットの黒ブタを巡っての戦い―――観戦者にとってそんなことはどうでもいい理由でしかないだろう、むしろそれはくだらないのかもしれない。完全KO制の時間無制限一本勝負、そして白鳥あずさと三千院帝の目玉ペア。そうだ、見ているものなど当事者たちの理由なんて知ったこっちゃない。ただ乱馬とあかねは、この広い会場の中で、乱馬は三千院を、そしてあかねはペットの黒ブタのために白鳥を、討ち取れば、それでいい。


「先手必勝いくわよ!!」
 一番初めに飛び出したのは、あかねだった。いまいち戦闘能力に欠けるあかねは、今日の試合のことを考えていた。総合的な能力で劣る二人は、一対一だったら、この氷の上ではまず不利でしかない。けれど、スケートにおいて好評を得ているあかねの小回りに、乱馬の戦闘能力を重ねれば、陸上となんら変わりない実力を発揮できるというものだ。
「てーーーい!!」
 あかねは手を繋いだままの乱馬を、後ろから前へ、円をかくようにぐるりと回した。乱馬はその遠心力に自分の力も込めて、重たい蹴りを繰り出した――――。
 けれど、氷上では身のこなしの軽いコルホーズペアは、ふわりとそれを避けて乱馬たちに踏み込んだ。行き場をなくした乱馬は、勢いのまま、宙ぶらりんになっている。その間にさらに踏み込んで三千院はあかねに詰め寄った。乱馬の頭に、嫌な言葉が甦る――――控え室で会った三千院のあの言葉。今日はあかねのくちびるを奪うのだと、そういった。
「今日は一段とかわいいね」
「ひいいい!!」
「させるか!!」
 この慢性発情男が。三千院に毒づく乱馬は今に始まったことではない。なんでもかんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ、あかねはあからさまに嫌がっていたし、乱馬だって―――ファーストキスをこんな男に奪われたかと思うとやりきれなくてしょうがない。がっちりと、その顔をあかねから引き離す。
「乱馬、上!!」
 あかねの声があがったが、けれど三千院に注意を注いでいた乱馬は、一歩遅れてまともに白鳥からの一撃を喰らってしまった。頭からリンクに落ちて、乱馬はくらくらと脳震盪のように目を回した。起き上がるのに、意識ははっきりしているというのに、身体がもたつく―――。


「邪魔者は消えたね」
 乱馬がそこからいなくなって、嬉々とばかりに三千院はあかねに詰め寄った―――が、
「ていっ!!!」
 押し倒されるそれをカウンターにとり、あかねは三千院を思いっきり後ろへと投げ飛ばした。力のままに三千院は飛んでいき、思惑は消えたがしかしダメージを与えたわけではない。余裕で体勢を整える三千院は、まだ諦めてはくれないらしい。
「ぼくのくちづけを拒否するとは…なんて照れ屋なんだ」
「心底嫌がってるんですわ」
 遠くで投げ飛ばした先での三千院と白鳥の会話は、幸いあかねと乱馬の父には届かなかった。あかねはまだくらくらと目を回している乱馬に駆け寄って肩を担いでいたし、乱馬も目の回った頭じやまだなにも考えられなかったからだ。
「しっかりしてよ、もお」
 パチン・と、弾けるように乱馬の意識が元に戻る。
「必ずくちびるを奪ってやる!!」
 不穏で不埒な言葉もしっかり頭に届いた乱馬は、こちらに向かってくる三千院と白鳥を凝視した―――どんな動きをしようと、乱馬の目にはしかり見えている。なれないスケートリンク上に足をついているから、それさえ慎重になればどうってことは、ない。
「あかね、どいてろ!!」
 タイミングを合わせ、終着点にあわせて、地を蹴る。そのためにあかねを投げ飛ばしたけれど――――、すれ違いざま、乱馬の一発は見事きまった。ヨロ・と、三千院は肩膝をついて地に伏した。もちろん終着点では、ちゃんとあかねをキャッチした乱馬だ。だが、


「フェンス、フェンス!!!」
 勢いのつきすぎたスピードに、ブレーキがかからない。冷静に、慎重に考えればできることも、もうフェンスを間近に迫られてはパニくるばかり・だ。
「止まってーーー!!」
「とまらねーーーー!!!」






 ***






「まあったく、あの子ってばちょっと顔がカワイイからって、なんでも許されると思ってんのよね」
 家だってお金持ちだし、世間知らずなのよねえ・と、女生徒は自分の部屋に入るように気軽に、控え室の扉をあけた。はあ・と、は曖昧な相槌を打つ。正直この女生徒の勢いに押されてここまできてしまったが、本当にいいのだろうか・と、の中のなけなしの良心が叫んだ。だってまるでこれじゃあ集団イジメか本当の泥棒じゃないか…いやでも先に手を出したのは白鳥なんだけど。
「あの子ね、カワイイものは自室で飾っているらしいんだけど、手に入れたばかりの頃はまだ持ち歩いてるらしいのよね」
 だから今のうちよ・と、女生徒はおそらく白鳥の持ち物であろうカバンをひっくり返し、その中身を物色していた。あれでもないこれでもないそれでもない。


「ところであなた、あの人になにをもってかれたの?」
「私は―――ペットの黒ブタ…」
「ああ、今日の試合で賭けられてるやつね!!…でも、ブタちゃん試合会場で繋がれてなかった?」
「ううん、私が探してるのはあの子にかけられちゃった首輪の鍵よ」
 なるほどね―――、話している女生徒は、べつにまったくふつうの女の子だった。ただこうして物色している姿は正直どうかと思うのだけれども。ぽいぽいと分別され、山となっていく白鳥の私物の中を、も気が進まないながらに鍵を探した。


「あ、ねぇこれじゃない?あなたの探し物!!!」
 キラリ・と、女生徒の手の中でそれは光った。金のハート形にリボンがついて、ご丁寧にも"シャルロット"と書かれたそれは、紛れもない。はい・と、差し出されるままにはそれを受け取った。
「…でも勝手に持っていっていいの?」
「いいのよ!!」
 あのこったらもう・と、女生徒の言葉は続く。
「かわいいものを集めるのは別にいいのよ、でも、それを誰かから奪ってまで手にするなんておかしいじゃないの。自制心がきかないっていうのかしら、わがままなのよ。―――昔はあんなじゃなかったのに」
「むかし?」
 思いつめたように女生徒は一瞬表情を険しくした。けれどが聞き返すと、ハ・として元のそぶりに戻った。
「ホラ、私はまだ探すから、あなたは子ブタちゃんを取り戻しに行きなさいよ」
「え、ちょ?」
 背中をぐいぐいと押され、ついに控え室から締め出しを食らったは、閉じられた控え室の扉を見て、心底複雑な気持ちになった。結局この女生徒はなんだったのか。ただならぬ関係性があるような気もするんだけど――――。手にした金の鍵を、はぐ・と握った。考えていてもしょうがない、与えられたキーワードは少なすぎてこれじゃあ考えるにも及ばない。


「ヨシ、試合会場に行くぞおっ!!」


 気持ちを切り替え、は今格闘スケートで対峙しているだろう乱馬とあかねたちのいる試合会場へと向かった。









 


2007/5/30 アラナミ