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「たいした執念じゃねえか、乱馬……と、褒めてやりてぇところだが…」
 氷の中から出てきた乱馬は良牙の足にしがみついていた。だが、さすがに氷に埋もれ、さらに氷を突き破って今ここにいるのだ。ぜいぜいと息が上がっているのはどうしようもないだろう。反して、良牙の呼吸はもう落ち着いている。身体の半分以上、まだ氷にうまっている乱馬を引き上げてやるつもり―――などではない。
「オレは、負けないっ!!」
 強く乱馬の頭を掴み、引きずり出して高く上げて思いっきり下へと叩き付けた。足場の氷が音を立ててひび割れていった。
「お前が、なんでそんなに焦ってるのか、しらねえけど…」
 ぐぐ・と、乱馬も負けじと力をこめる。頭の半分は氷に埋もれたままだったが、いくらでも反撃は出来る。
「どうせひとりで深刻に考えて、ひとりで不幸しょって、ひとりで自己完結させようとしてんだろっ!!!」
 ぐ・と腕に力を込めた乱馬はそこから腕を立て、捉えた良牙に向かって回し蹴りをした。それは顔にクリーンヒットし、受身を取るために良牙は少し離れた場所に移動した。良牙を遠ざけることに成功した乱馬は、軋む身体を叱咤しながら立ち上がる。


 そう、どうせひとりでなにか考えいやがるんだ、あいつは。話せばわかることもあるかもしれないのに、単純で短絡な思考は冷静という言葉を知らない。バカみたいにまっすぐで、バカみたいに正直で、バカみたいに甘っちょろい。なにが二度と姿を現さない・だ。そんなことをして、じゃあそんなことをさせた方はどんな気持ちになるかってことを考えていないんだ。自分ひとりだけ不幸なツラしやがって、そんな不景気な顔が、その行動が、誰かを―――良牙が大切だと言うを、悲しませるなんてこと、気付きもしねぇんだ。


「コルホーズ学園黄金ペア試合放棄!!よって風林館高校の勝利です!!!」
 もはや水が大部分を占める流氷の試合会場に、風林館高校の勝利を告げる司会の声が響いた。結局先の良牙によって氷に押しつぶされる形となった三千院は、戦闘不能状態であったからだ。だが、いくら風林館高校が勝利をしても、乱馬と良牙の勝負に決着はまだつかないのだ。
「覚悟しやがれ、オカマ野郎!!」
「なんだと、このブタ野郎!!」
 飛び掛った乱馬と良牙は空中で凄まじい攻防を繰り返す。だが、良牙の繰り出した蹴りをひらりとかわし、滑るように乱馬は良牙をホールドした。死なばもろとも、だ。
「地獄に落ちろーーっ!!」
「わーーーーっ!!!」
 そのまま道連れにする形で乱馬は良牙を引き連れ水の中に落ちようとした―――。だが、飛んできた氷塊によって、それは免れる。飛んできた氷塊の先を見れば、そこにはあかねがいた。不安定な氷の上を、足を震えさせながらそこにいた。


「いーかげんにしなさい、ふたりとも!!!」
 呆れと怒り、それを素直に表して乱馬と良牙を叱咤したのはあかねだ。一時的に止まったケンカに、はハッとして流氷のなかのひとつに降り立った。
「あんたたちどーしてそんなに仲が悪いの!!」
「やかましい!!おめーはひっこんでろ!!!」
 スケートシューズではないせいか、ひどく歩きにくく、そして滑りやすかったので、ことさらは慎重に流氷を渡り、乱馬と良牙、そしてあかねの元へと近づいていった。あまりに壮大すぎるケンカに蒼白していたが、けれど黙って固唾を飲んでいるほどは器用ではないのだ。この間、久しぶりに会ったあのときみたいなのは、もう嫌だと、思っているから。


「と、とにかく、わけを言いなさいっ、ケンカの原因をっ!!」
「それはっ……」
 ぐるぐると、良牙の頭でいろいろなことが巡った。負けたくない、乱馬に負けたくない。思い出すのはずっと昔、はじめた乱馬に出会ったときからそう思っていたことだ。一番強いのは自分だと思っていた、けれど乱馬に負けた、その悔しさ。好きになった女の子は、乱馬の妹だった。その子が頼りにしてていつも傍にいるのは乱馬だった。
(傍にいたい、離れたくない、好きでいて欲しい…!!!)
 折角想いを返してもらったのに、もしも秘密がバレてしまったら、きっと全部ダメになる。だからたしかな証が欲しかった。乱馬より強くなければダメだ、そうでなければ、きっと。


「この勝負がついてから……ゆっくりっ!!」
「なーにがゆっくりだ!!!」
 止めても尚、止まらない乱馬と良牙にもう言葉などかけても無駄なのだろうか。あかねの立つ流氷の上に辿りついたは、足元にあった氷塊をふたりに投げつける。だが、それはただ乱馬を不利にしただけで、氷塊を避けるために飛び上がった乱馬は格好の餌食となって流氷に叩きつけられた。
「きゃ、」
「あ、あっ」
 乱馬が叩きつけられたのは、あかねとが足場としていたところだった。ぐら・と、揺れた足場にバランスを崩し、はしりもちをついたがあかねは場所が悪かったせいか今にも流氷から落ちるところだった。
「あかねっ」
 は慌てて手を伸ばし、あかねの手を掴んだ。しっかりと繋がった手は、それ以上あかねを落とすことはないだろう。
「待って、今引き上げるから」
「うん、ありがと。
 ぐ・と、力を入れてあかねを引っ張りあげる。流氷のはしっこで、とあかねはこんなにも心を寄せているというのに、乱馬と良牙は傷付けあうばかりだった。ぐたり・と、同じ氷の上に倒れた乱馬も目に入ってはいたが、はなによりもあかねを優先した。


「とどめだっ!!」
 後方から声があがり、良牙が乱馬に向かって飛び込んだ。けれど間一髪のところで乱馬は避けたので大事には至らなかった。けれど突き刺さるように氷を崩した良牙は、果たして同じ足場にいるとあかねに気がついていたのだろうか。みしみしと音を立てる足場は、今にも崩れる寸前だった。
「あっ、」
「こっちよ、
 慌てて別の足場にうつろうと思うが、うまく身体が動かない。それどころか、の手を引っ張ってくれていたあかねも巻き込んで足を滑らせてしまった。ぐら・と傾いた氷はもう、足場の意味を成さない。
「きゃあっっ」
 冷たい氷の水の中にまっさかさまおちたとあかねは、水柱をふたつあげて沈んでいった。水は冷たい―――だけど、身体は熱く変化する。には気に食わない獣の姿だ。しかも、泳げないときた。
 ゴボ・と、ひときわ大きく口から零れた酸素の気泡を確認しながら、はその意識を手放した。








 ゴボ・と酸素があがり、水面に波紋を寄せた。
っ!!!」
 乱馬は叫び、慌てて飛び込もうとする。だが、沈んでくだけでなく、一緒に落ちたあかねの様子もおかしいことに気がついた。
「お前も泳げねぇのかっ!!!」
「バカな、ちゃんは昔ちゃんと泳げてたじゃ」「あいつは、変化したら泳げねえんだ!!!」
 水面間近で水面を揺らしていたとあかねは、ぶくぶくと気泡を水面に残し、沈んでいった。幸い沈んでいった場所は近いかった。これなら両方引き上げるのも大丈夫だと、乱馬は水に飛び込んだ。
「ん?」
 だが、その横での名前を呼びながら水にダイブしようとする良牙を見て、ふと乱馬は話しかけたのだ。
「なあ、おまえ」
「なんだ!!!」


「いいのか?」
 ハッ・と気がつけば、もう逃げ場も足場もない水の上だ。あれほど落ちるまいと思った水に自分から飛び込むなんて――――でも、なりふり構わずを思った証ってことなんだな。
 高く水柱をあげて、良牙は水中に飛び込み、そして沈んでいくたちを必死に上へと引き上げたのだった。









 


2007/6/5 アラナミ