※性的描写がありますので苦手な方・読みたくない方はスルーしてください
































































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 ただキスを繰り返し繰り返しすことに、ふたりは夢中になっていた。軽く啄ばむようなキスを何度も繰り返すが、不思議と飽きはこなかった。ちゅ・と音を立ててくちびるをあわせ、軽く食むようにくちびるでのくちびるを挟む。悪戯にやったことだったが、パチ・と目が合ったは嬉しそうに同じようにくちびるを食んで返した。しあわせだ・と、良牙は思った。冷たい水に落ちたのなんてなんのその、もう今はほかほかと身体はあったまっている。
(、ちゃん……かわいい、)
 くちびるをあわせながら良牙が思うことは、目の前のが好きだとか好きでたまらないだとかかわいいとかもう本当にそんなことばかりだった。
(なんか、キモチイイ…)
 ぼんやり幸せにひたりながらうっとりとくちびるをあわせていたが、だんだん熱くなる身体に良牙はなんだか違和感を感じ始めた。
(あ、なんか…)
 ヤバ・と思ったときは遅かった。熱を孕み、首をもたげ始めた下半身にだらだらと冷や汗すら流して―――そうだ、だって男は本能に忠実な生き物だ。気持ちいいことには逆らえないんだ。というか、よくよく考えてみる今この状況・だ。素肌にタオルをまとっただけの格好で、しかもお互いに好き合ってる者同士で、抱きしめあったりキスしあったりしている・なんて。
 身体中の血が沸騰するくらい、良牙は熱くなる。ヤバイ、こんなのは。


「んっ、」
 止めなくちゃ、離れなきゃ……でも。思考の隅に追いやられてるなけなしの理性が、かろうじて持ちこたえてつぶやいていた。けれどつぶやいてるぐらいでは、歯止めになるほどのものでもない。ぐ・と、離れるくちびるを追いかければ自然と身体は斜めに傾いていく。は後ろに倒れまいとするだろうが、しかしその両手は良牙とつながり合わさっていたので止める術はなかった。スプリングが音をたてる。体重をかけてもろくにしずみやしないソファーは、けれど音だけは立派に軋んでいた。追いかけたくちびるが追いついて、あっという間に噛み付くようなキスになる。
 くちびるが合わさる音と、隙間から漏れる息遣いが理性を削り取っていく。かわりに研ぎ澄まされた感覚が、熱だとか柔らかさだとかにおいだとかをより扇情的に脳に伝えた。ふたりの間に言葉はない。掌を重ね、ソファーに押し付けているの指がすがるように掌に絡む、その強弱だけが意思を持っているようであった。
、ちゃん」
 吐き出すように熱っぽく、良牙は名前を呼んだ。呼ぶためではなく、ただ確認するように口にして、潤んだ目元にくちびるをよせた。嫌なら逃げてくれればいいと、思う端で良牙はと絡めた指を離すまいと力を込めた。矛盾した思いと行動を今は気付くことなく、良牙は目元に寄せた唇を移動させる。辿るように頬へ移し、軽くついばみくちびるを軽く食み、首筋へ。ふわり・と香った柔らかくあたたかいのにおい。良牙の内側から湧き上がるのは衝動だ。このまま、突き動かせれば間違いなく我を忘れる・と、そう思う。ゆっくりと下へ辿らせ、鎖骨あたりにくちびるを寄せる。何度も何度もそこをついばみながら、良牙は考えそして自分自身と戦っていた。鎖骨のすぐ下、の身体はそこからバスタオルにくるまれている。薄い一枚の隔たりを除けばもう止まらないだろう、理性と衝動のせめぎあいの中、良牙は揺れている。
 そんな良牙を知ってか知らずか、けれどはなんとなくこんな流れ的に流されてしまえばこの先にあるものはひとつのような気がして静かに黙って待っていた。好きだと言った、はじめはそれすら跳ね除けてしまっただけど紆余曲折の末にも好きだと言ったのだ、そして良牙もそれに応えてくれた。ならば今こうしていることはいつかふたりの間で交わされるだろうと思っていた。言葉と心だけでもしあわせで満足していたけれど、すべてが欲しいと言われればは自分のすべてを良牙にあげたいと思っていたのだから。けれど首筋や肩、鎖骨の辺りをついばむだけでそれ以上は一向に先に進まない良牙の目の迷いに、は彼の優しさを見てしまった。そうしたらただの胸は切なくなって、なにがなんでも自分をあげたしまいたくなったのだ。
 ぎゅ・と、絡めた指に力を込めれば、首筋をついばんでいた良牙が顔をあげ、その目と目が合わさった。
「いいよ」
 なにが・とは言わない。思えば言葉も心もあやふやで形のないものだった。気持ちが込められていたとはいえ、でも確かめようのないものでもある。不安だったんだろう、形あるものを全力で欲しがっているくせに、逡巡するのは良牙が優しいからだ。
「良牙君なら、いいの」
 ぎゅ・と、力を込めて握り返される掌はじっとりと汗が滲んでいる。
「良牙君じゃなきゃ………嫌なの」


 ぱん・と、はじけたように良牙の思考はクリアになった。もどかしい思いを抱えていたさっきよりも衝動もなにも歯止めはなかったが、けれど理性はしっかりしていた。そしてその真ん中にあるのは、優しくしたいという思いだけだ。
 そ・と、良牙はの素肌に触れた。柔らかい、けれど弾力のある滑らかな肌に指を辿らせ胸のふくらみに手を置けばかすかには反応したが、けれど離した片方の掌に抵抗の様子はなく、その胸に安堵を落とさせる。しかしほっとしたのも束の間だ、さきほどから跳ね上がる心拍数が緊張を塗りたくってどんどん重なっていく。それを紛らわせたくてキスをした。深く絡めて溶けように没頭しながらが覆うタオルを取り払い、乳房の下の方に手を当てやんわりともちあげた。
「ん、」
 そうして緩慢にもちあげる途中、指先が先端を掠めた。はびくりと身体を強張らせたが、でも拒んでいるような感じでなかった。一瞬止めた動きを良牙は再開し、ぼんやり"もしかしたら気持ちいいのかも"と、今度は意図的に触れてみた。やはりはびく・と、身体を強張らせたが、しかし先ほどのでもなかった。ただかすかに寄せた眉が切なそうにうつったので、良牙は触れたそこを指で撫でたり押しつぶしたりしてみた。
「ふ、っ」
 すると切なそうに合わさったくちびるの隙間から声が漏れたので、良牙は思わず指を離してしまった。押し倒したが、下から良牙を見ている。
「…いい、よ」
 うろたわないで・と、暗に言われているようだった。これがどんな行為なのか、どうして進めていけばいいのか、そんなことは知識としては分かっていた。だってもう17年も生きている。性知識なんて、当たり前のように中学の時は転がっていたし、小学校高学年の頃から失っているなんていう早熟な奴だっていた。好きだったから・と、口を揃えて言うけれど、それは言うほどにキレイな行為ではないと思う。ドラマや小説、漫画ではひどく美しいもののことように描かれているが、見せてはいけないとこを晒して、身体を貪って擦り付けあい、汗や涙、そして精液、時には血すら混ざり合ってめちゃくちゃになるそれは醜くキレイとは到底言えないだろう。…思いながらひとり果てたこともあった。好きだから、大切にしたくて守りたかった。けれど想像の中で良牙はを穢しているという自覚もあった。好きだから、触れたい。それでいいのだと誰かが言った。そしてもまた、受け入れてくれるのだという。触れた乳房をやんわりと揉みながら、唇を落とす。夢にまで見た行為じゃないか、良牙に押し倒され身体を撫で上げられながら、は大人しく心と身体を差し出している。こんなふうにしたかった、身も心も手に入れたかった、けれどこんなイケナイこと。戸惑いながらでも、欲望に忠実な身体は止まらなかった。繋いだ手を離して身体を撫で上げれば、空いたその両腕を良牙の首に絡めては抱き寄せた。


 止まらない。


「は、あ…、ッ」
 肌を擦る音の間に、絶え間なく呼吸の音が入り込んでいた。そしてたまに、水音。それはひどくいやらしい音だった。肌を舐める音、深く絡める舌と舌が擦りあう音、下半身を伝うもの。直接的なそれに慣れるまで、おっかなびっくり手をつけて、離して、また手をつけてと繰り返していたが、深いくちづけの音に紛らわせてうやむやにした。
「んんっ、」
 びくびくとの身体が強張る。さすりあげ刺激を与えていた指をずらし、太股は内側を撫でればまた身体をびく・と、かすかに反応させた。胸も腹も太股も、唾液に精液と体液まみれで汚かった、汚いはずだった。けれどいざ蓋を開けてみればそれはひどく扇情的で欲望に直接刺激を働きかけた。こんなにも気持ちいいことを共有している・と思えばますます自身は高まり、その末に一度の腹に良牙は出した。これをイケナイコトだと思うのは子供じみた考えだったのかもしれないなんて、あれほど躊躇っていたくせにそんなことまで思う。これは、いわゆる純粋さと引き換えに得ているもの・だ。良牙は太股の内側を撫で上げる。そこは陰部から伝った愛液で濡れていた。ぴた、ぴちゃ・と、滑る音を掻き消すようにくちびるをあわせる。くちびるからもまた、同じような音がした。そ・と、陰部の割れ目から指を侵入させていく。苦しそうに眉を寄せているの表情を窺いながら、だがゆっくりと指を埋めていく。止めようとは思わなかった。止められるとは思ってなかった。
「あ、あぁ……、」
 すんなりとは入っていかないそこはきつく、まるで異物を押し出そうとするようでもあった。じっとり汗をかいた額に髪の毛が張り付いているな・なんて思いながら良牙は空いている片方の手で乳房に手を当て身体をずらした。胸周辺には、ついばむようにキスを落としたときにつけた痕が赤く散っている。そのひとつひとつにキスを重ね、それから良牙は先端を口に含んだ。びくり・と、また強張るのを感じながらちゅ・と吸い上げたり舌で押しつぶしたりした。
「ん、ぁあっ」
 埋めていた指をきつく締められる。埋めた半分以上は進みそうにないので、いちど抜いてみれば思いのほかすんなりと出て行った。息が荒い、顔も、火照っている。指の腹で陰部を撫でながら、また良牙は指を埋める。ゆっくりと、だが今度は三分の二くらい埋まった。もう一度抜いて、またゆっくりと埋める。繰り返せばやがて指は完全に埋まったし、中をすりあげるように動かすことも出来た。指を、増やすことも。
「あっ、あ、っ、ん」
 途切れ途切れに声は漏れ、そのうちぽろぽろとは泣き出した。
「痛い?」
「ち、がっ…」
 違う、違うのだとは首を振った。良牙は一旦手を止め、ソファーに倒れたままのの身体を起こし、強く抱きしめた。ぴったり身体をくっつけ、抱きしめ返したは違うの・と、つぶやいた。
「……身体がふわふわする」
 だから強くしがみつく。上目遣いに潤んだ目で見られて、今日はもうイヤなんて言われても、きっとやめてなんかあげられない。けれどが言った言葉は予想とは裏腹だった。すごく、キモチイイの・だなんて。
「あの、、ちゃん」
 ぎゅう・と抱きしめた腕の中で、繰り返し繰り返す。
「好きだよ、好きなんだ、好きだから…」
「うん」
 好きだよ、と言いながら足を割る。片足抱えてぴったりあてがって、もう一度「好きだ」。絡めた腕はそのままに、ただ指先に力を入れたのを知る。ゆっくり身体を進めれば、は身体を強張らせた。今まで良牙の刺激に感じていたように強張ったあとの弛緩が訪れない。ぐ・と力の入った指が良牙の背中で震えていた。
「好きだよ」
 言いながらキスをする。軽く触れ合い、ついばんで、また好きだという。背中を撫で、肩を撫で、頬にキスを落とした。ほ・と息をつく間に腰を進めていくけれど、そこの狭さときつさは指の比ではなかった。入れる良牙すらその思うのだから、受け入れてるの負担といったらそれは大きいものなんだろう。けれどは口を閉ざし、決して痛いとは言わなかった。やや青ざめているようにも見えた表情だ、ゆっくり、なるべく負担をかけず、できたら楽になるようにとキスと愛撫を繰り返した。


「はっ、」
 時間をかけゆっくりと腰を進めていけば、やがていつかは行き着くとこには行くだろう。びったり繋がった下半身、普段人に見せたりはしない場所と場所で繋がってひとつになっている。じっとり汗をかいていたのは良牙もも同じだったし、繋がって生み出されたのはそれだけではなかったようだ。痛そうにくちびるを噛んでいたは息を上がらせているし、良牙もまた息が上がっていた。痛いだけじゃなくてよかった・と、思いながら良牙はを抱きしめる。ひとつになっている。それはとても充足したもので、気持ちいいことでもあり、奇妙なものだった。
「動いて、いい?」
「…ん、」
 こく・と、頷いたのを見て、良牙は腰を動かす。思えばこんなにも身体を繋げることに一生懸命になっている。心と身体を使った共同作業とでもいうのだろうか、気持ちいいことに満たされて輪郭があやふやになるけれど、たしかに良牙は今とても心が満たされていた。ひっきりなしにの口から端的な声が漏れる、その声が、肢体が、すべてが可愛いと思う。じわ・と、涙が滲んで、良牙は泣いた。嬉しいと思う、そしての優しさも知るのだ。さっき泣いた、の涙の理由。繋がったところから感じるのは物理的に生み出される快感だけではない、気持ちよさと、充足感、そしてどこまでもふたりは違う人間で、それぞれの固体で、身体を繋げたってひとつの人間になれるわけでもない。こんなにも貪りあって身体を重ねて、でもそれしか一番近づく方法はないのだ。いつまでも一番近くにいたい、一番傍にいたい、できることならひとつになって生きていたい。人間なんて不完全な生き物だ、だからこうしてぬくもりを伝え合って抱き合うんだろう。汚くも醜くもなかった、この行為はただ愛しくて、切ない。


「あっ、んんーっ」
 腕の中でが果てると、きつく良牙を締め上げた。ヤバイ・と、我に返った良牙は慌てての中から自身を引き抜いた。ぶるり・と震えたそこから搾り出すように出た白い液体がの腹を汚す。誰もいない保健室に残ったのは汚れた身体と、上がった呼吸の音。そして前より近く、けれどその遠さを知った二人・だ。










 くたりと力なく足を投げ出しはソファーに腰掛けていた。裸のままで。
「ごめん、ムリさせちゃって」
「別に、良牙君のだけのせいじゃないよ」
 好きだったからいいの・と、は言う。これはいわゆる事後の甘い会話というものなんだろう、顔を赤らめたふたりは気恥ずかしげに会話をしながらけれど汚した身体とソファーの処理をしている。幸い場所が場所だっただけに水も布も豊富にあった。ひととおりの身体を拭いた良牙は、に制服を渡した。ストーブの上にかかっている服はもう完全に乾いていた。良牙といえば、男であるから自分の処理なんてひどく簡単なもので、既にもう服をまとっているくらいだった。下着をつけ、シャツを羽織ってボタンを留めているの横で、床やらソファーにこびりついたものをおとしている。布製のソファーでなくて良かった・と思いながら。


「良牙君」
「なんだい」
 残った痕跡すべて拭きとって、あとにのこったのはお互いの身体と心だけがそれを残している。先ほどよりも近づいたふたり、けれどその間にある距離も知ってしまった。
「好きよ」
 面食らった良牙は、まじまじとを見る。にっこりと笑ったが可愛くて、そしてつられて良牙も口元をあげた。
「ずっと、一緒にいようね」
 良牙と乱馬は違う、乱馬と違って良牙ととは遠く違う個体だと知ってしまった。けれどは、それでも良牙と一緒にいたいのだという。良牙もまた、昔からそれを切望していた。
「……もちろん」
 きっと、今天馬の近くにいるのは良牙で、良牙の近くにいるのはなのだと、そう思った。みっともなく泣いてばかりの良牙は、また今も泣いた。しょうがないだろう、だってそれは溢れ出す気持ちと一緒で止め処もないのだから。









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2007/6/10 アラナミ