『先日行われたバカみたいな格闘スケート競技は、結局のところ私達にとってはいい感じに転がっていったわけですが、しかしすべてが丸く収まったわけではありませんでした。ようやく終わった、と思ったら転がり込んできた中国からの目の上のたんこぶに頭を悩まされる日々が始まったのです。目の上のたんこぶのその人、固有名詞で言うところのシャンプー、中国の女傑族の美少女、腕っ節は超一流。そして女乱馬の命を狙っているというスペシャルオプションつき。力、スピード、すべてにおいて勝てるはずのない私は命が惜しかったので、このときばかりは始終獣の姿で生活をするはめになったのですが、やっとそれからも開放されるようです。書けば長いことやら女の姿では命を狙われる乱馬、しかし男の姿では求愛されるというトンデモ毎日を送る羽目になったのはシャンプーが属する一族、女傑族の掟に由来することだったというのです。強く猛々しくプライドの高い女傑族の娘はよそ者に負けることを良しとしない。だからあの日―――過去に乱馬が女の姿でシャンプーを負かしたから命を狙われる羽目になり、その乱馬を殺すために来日したシャンプーを男の姿の乱馬が倒したことにより求愛される運びとなった、と。




 ともあれそんな慌しい毎日が送られることとなったので、当然保身に走ったがゆえに私は良牙君との(人間の姿での)ラブラブライフ(死語)は見送られることになったのでした。でもまあずっと終縁側で一緒にひなたぼっこしてたからいーんだけど。




 でもでも、結局はそんな日々も終わったのです。あかねも良牙君をも巻き込んでの大騒動は一件落着を迎えました。…シャンプーの失恋、という形をもって。
 だけれど、乱馬が言った「オレは女」発言は結局は嘘なわけなのだから、傷つき帰ったシャンプーを思えば決して気持ちよくひと段落したわけではないということを心に留めておかなくてはいけないよね。




 ……季節も春になりました。私も結構長く休んでいたようです。誤解はこじれてしまったようなものだったけれど、でもやっと私も普通に生活できるようになりました。明日から、また学校に行きます』




 春、某日。の日記より。












ニーハオ!!恋を探してきます
01












 青い空白い雲、そして道端に咲くたんぽぽの花。春へと変わった季節は空気を暖かく穏やかにし、人の心も心なしか陽気にさせてくれる。
 やっと獣の姿から人の姿へ。怯えることなくありのままの姿で生活することができるようになったことも相成って、の機嫌は上々だった。今日も今日とて元気いっぱい胸いっぱい。朝からPちゃんこと良牙とも仲良く言葉を交し合ったし(ただし片方は人の言葉ではなかったが)、久しぶりに通した制服の肌触りはとても心地よかった。




「おっはよー!!!」
「おは………って、すっごい久しぶりじゃん。風邪ー?」
「まあそんなとこかなー」
「わたし九能先輩に拉致監禁されてれるかと思ったわよ」
「なにその不吉な思考!有り得ないってば」
「だよねー」
 きゃははは、と軽い笑い声が教室に満ちた。久しぶりの人の言葉での会話も上々、はカバンから教科書を取り出して机の中に詰めていく。朝の穏やかな教室の中の雰囲気も久しぶりで、自然との口元は緩んだ。机の上に座って談笑していたクラスメイトはジャージに体育着とラフな格好で……………ん?ジャージに体育着?


、一時間目体育だから早くしないと遅れちゃうよー」
「きゃー、やっぱり!?」
 すっかりジャージに身を包んでいるあかねは教室の入り口でを待っている。予鈴前にもかかわらず人が少ないような気がしていたが、それは当たり前の話で一時間目が体育だった所為だ。予鈴間もなくとなった教室では遅刻寸前に駆け込んできた男子生徒が慌ててジャージに着替えているし、さきほど談笑していたクラスメイトは駆け足で教室を出て行った。


「早く行かないとチャイムが…」
「いま着替える!」
 もうすでに教室には人も少なかったので、ためらうことなくはスカートを脱ぎ捨てた。少なくとも残っていたクラスメイトの視線は釘付けだったが、は素早くそれこそ風のように体操着を纏っていた。


「お…おぉー…」
 まるで一瞬のうちに着替えたような所作に、ささやかな拍手と感嘆の声(少なからず残念さが含まれて居たような気もする)があがる。
「さ、行こっ。あかね」
「………ってやっぱり乱馬と兄弟なのね」
 目をぱちくりさせたあかねと目が合って、それからどちらともなく小走りで体育館へと向かった。
「ん?どーゆー意味?」
「似てるってこと」
「そりゃあ双子だもの」
「性格もね」
 うっそだぁ。似てない、似てない。と笑い飛ばすもそれごとあかねに笑われてしまったので、少しばかりは腑に落ちない気持ちを抱えて頭を傾げた。別に嫌なわけじゃあないけれど、納得はいかないというか………うぅむ。慎み深いつもりではいるんだけなー・なんて思いながら、とあかねはチャイムが鳴る終わる寸前に体育館へと滑り込んだ。


「…ギリギリセーフ?」
 体育座りで体育の先生の前にきっちり整列している女子クラスメイト達は、息を切らして滑り込んだたちを振り返って見た。恐る恐る先生の顔を伺いつつ、クラスメイトたちが並ぶ一番後ろの列に座り込むが、少し引きつった顔をしている先生は笛をピッと吹き、たちにこう言い渡した。


「早乙女、天道あかね。早速平均台の模範演技から始めて頂戴」
 にっこりと、向けられた笑顔は満面の笑みだったが、どこか空恐ろしく感じた。


「は…はぁ〜い……」
「もー、がうっかりしてるから」
「えへへ、ごめんね」
 こそこそ耳打ちしていると、まるで「早くしろ」とでも言わんばかりの怒気のこもった笛の音がを急かす。しょうがあるまい・と、は立ち上がり小走りでもって平均台へと駆け、それを助走として大きく踏み切った。くるりと宙で一回転し、平均台の上に着地すると感嘆の声と拍手が響く。今まで培った格闘技術や身の軽さは無駄ではなかったのだと、こういうときこそ実感する。両腕を水平に開いてバランスを取りながら聞こえぬ賞賛に浸っていると、それを打ち砕くように笛の音が次の技を催促する。現実に引き戻されたは台の上を走り、平均台の端ギリギリのところで倒立回転をしてみせた。
 それから平均台の上で次々とアクロバットな動作をしたは最後、くるりと宙返りしてマットの上に降り立った。長く鳴らされた笛が演技の終了を告げる。


「すごいすごい、すごーい」
 絶賛の拍手に迎え入れられながら、はクラスメイトが集って座る真ん中へ引き込まれた。
「次、天道あかね!」
「よおし、行くぞぉ!」
 呼ばれたあかねが今度は立ち上がる。に刺激されたらしいあかねは強く意気込んで駆けていった。
「がんばれ、あかねー」
 いつの間にか隣りに座っていたあきこと声を揃え、はあかねへとエールを送った。片手をあげたあかねは軽やかに倒立回転から入り、に負けず劣らずアクロバットで美しい演技をしてみせた。二人の模範演技は文句なしに先生を満足させたらしい。遅刻ギリギリアウトはなかったことになって、穏やかな雰囲気で体育の授業はつつがなく行われた。


「ん? …なんか視線を感じるような気が…」
「どうしたの、
「んー、」
 研ぎ澄ませた精神であたりを伺ってみるが、和やかな体育館内の雰囲気に入り混じってぼんやりと異様な気配というか、視線を感じる。気のせいではないかと思うのだが、あまりに希薄なものなので、はそれを確実に感じ取れずにいる。
「なんか誰かに見られてる? ような気がする」
 気のせいかもしれないけど、と付け加える。
「乱馬じゃない?」
 ぐるりと周りを見回したあかねが、向かいの窓を指さす。もそちらに視線を移すと、確かに窓には乱馬の姿があった。こちらを後ろ姿を見せているので、外に誰かいるのだろう。ざわざわと話し声も耳に入ってきた。


 あんなかわいくねー女の。断片的に聞こえた言葉にが「あ。」と思ったときにはあかねは窓を開けていた。窓枠に足をひっかけていたらしい乱馬は、不意打ちの一撃に地面へと放り出された。…無様に落ちるでもなくちゃんと着地しちゃうあたりが乱馬だなあ、なんて思ったところで授業終了のチャイムが鳴った。窓を閉め、踵を返したあかねは口をへの字にしてこちらへ戻ってくる。
「ごちそうさま」
「はあ?なに言ってんのよっ」
 より早く、乱馬に気がついたあかねの言うことなんて説得力ないよね。だなんて、はご機嫌に笑った。













の演技は、前宙あがり―前方倒立回転―360度ターン―後転跳び連続―開脚後方宙返り―後方抱えこみ宙返り降り。というアクロバットな流れでした。参考までに。


2011/1/29 ナミコ