07










「おっかしいなー」
「どうしたんだい、ちゃん」


 居間を覗きに来た所では大きく頭を傾げ呟いた。居間では早雲が新聞を広げて見ていたが、大きな独り言に気が付いてこちらに視線を寄越した。
「あかねを探してるんですけど……見ませんでした?」
「はて、あかね…」
 新聞を閉じ、早雲は同様首を傾げた。今頃戦場と化している客間を後にしたは、あかねはどこかと部屋、道場、裏庭、などとしらみつぶしに家中を探しまわってみたが、その姿をみつけることは出来なかった。最後にやってきた居間に望みをかけていたが、どうやらそれもなさそうだった。穏やかに「うーん」と唸る早雲はあかねがどこにいるか知らないようだ。


「あかね、まだ帰ってきてないんじゃないかな?」
「えー…っ」


 先に帰ったと思っていたのに・と、はぺこりとお辞儀をしてから玄関へ向かった。確かにあかねの靴はなく、まだ家に帰ってきていないという早雲の言葉は当たりのようだった。けれど、それならばどこに寄り道しているのだろうか。
「う〜ん…」
 探そうにも心当たりがあるわけではなく、は玄関で腕を組みながらあっちへ行ったりこっちへ行ったりとしばらく右往左往し、考え込んでしまった。


「なにやってんの?」
「あ、あかね。どこ行ってたの?」
「東風先生のとこ。お茶飲んでた」


  ガラリ・と、音を立て、タイミングよく入ってきたのはの探し人、あかねだった。変なとこを見られてしまったと、恥ずかしさ半分、やっと見つけた安心感半分といったところだったが、俯くあかねの元気のなさに、それは打ち消えてしまった。
「もしかして、泣いた?」
「えっ……ううん、そんなことないよー」
「嘘だ、しらじらしい。…乱馬とキスするの、そんなに嫌だった?」
「そんなんじゃないわよ!…そんなんじゃあ」
「あんな人前でされてやだったってこと?」
「そうじゃない!」
「じゃあなによー」
「…………」


 放っておいて欲しいのかな・と思いつつも、心配さが勝ってはついあれこれと口を出してしまう。けれど追及するように出た言葉は、心配という意味には当てはまらない類のものになってしまったようで、ついに黙ってしまったあかねはそれ以上口を開こうとしなかった。
 もまた、そんなあかねを見て口を開けずにいると、気まずい沈黙が玄関に漂った。居心地の悪さを肌で感じていたが、それに耐え切れなくなったのか、おずおずとあかねが先にぽつりと言葉を口にした。


「誰でも良かったのかな…」
「そんなわけないじゃない」


 深刻に落ち込むあかねに、即座には言い放つ。驚いてを見上げるあかねに尚、言葉を続ける。
「乱馬、猫になったときのことはよくわからないって言うけど、好き嫌いだけは物凄くはっきりしているんだからね。乱馬が膝に乗って大人しくなったのは、あのおばあちゃん以外ではあかねがはじめて。………玩具みたいな扱い受ける私より、よっぽど乱馬はあかねのこと、好きなんだと思うけど」


 ひとつひとつはっきりと、伝わるようには言った。それはの推測で、決して乱馬の言葉ではなかったけれど、でも少なからず真実に近いものがあるとは確信している。強くきっぱりと言ったの言葉が言い終わる頃には、あかねの顔は真っ赤に染まっていた。


「そっ、そーゆーうんじゃ、ないと思うけどっ!」
「私はそーゆーうんだと、思うけどなー」
「からかわないでよっ」


 薄っすら頬を染めたあかねは恥ずかしいのか、照れているのか俯き加減にを伺っている。へらりとが笑うと「もうっ」と言って口を尖らせたが、先程とは打って変わって元気が出たようだった。
(良かった、元気でたみたい)
 玄関先で座り込み、話し込んでいたは立ち上がる。座ったままのあかねに手を差し伸べて。あかねのほっぽたはまだ少し熱っぽく赤い。恥ずかしさなのか、しばらくの掌を見つめていたあかねは、おずおずと手を伸ばし、ようやくと思える時間を要して掴んだ。
「よし!」
 掛け声と共に掴んだ手をしっかり握り、あかねを引っ張っり立ち上がらせた。ふわりとスカートが揺れて、は一瞬、自分が女の子をエスコートする男の子の気持ちになってしまった。
(私が男の子だったら、横からあかねを掻っ攫ってく自信あるんだけどな)
 だなんてことも、思っちゃったりして。


がいて、よかった」
「そぉ?」
 にこにこと笑いあった二人はひと時の姫君と騎士となって、そのまま仲良く手を繋いで廊下を歩いていった。










「わーーーーーーっ」




 少し嬉しいような楽しいようなひと時は、つんざく落ち着きのない悲鳴で打ち壊される。何事かと顔をあわせたとあかねは、いまだ悲鳴の上がり続けているお風呂場へ向かって駆け出した。
「何事っ!?」
 勢いよく浴室の扉を開けたあかねに続き、デッキブラシを片手に構えては乗り込んだ。けれど、目の当たりにしたそれは思わずぽかんと口を開けてしまうような出来事で、言わずもがなはデッキブラシを落としてしまう。カラン・と、タイルに落ちたブラシの音が大きく浴室に響いた。


「乱馬、やっぱり男だった、嬉しい!」


 身体一杯に喜びを体現するシャンプーが、生まれたままの姿で乱馬に抱きついている。あんぐり口を開けたは、同じく顎が外れる勢いで大きく口を開けている乱馬と目が合った…ような気がする。
 浴槽で乱馬に抱きついているシャンプー、そして乱馬。より先にそれを目の当たりにしたあかねはずっと黙ったまま動かない。あかねの後ろにいるはその表情を伺う事は出来ないし、かといって一歩踏み出し顔を覗きこむこともできない。


「………」
「……あ、かね?」


 呼べど反応を示さないあかねは肩に力を入れたかと思うと、こみ上げたものを抜けさせるように今度は肩を落とし、踵を返した。先程笑いあっていた表情は嘘のように硬くなにもない表情を佇ませ、あかねは浴室から出て行った。
「あかね!」
 の声も虚しく空に木霊した。あっという間にいなくなった背中を見送って、はもう一度浴槽の中で抱き合ったままの乱馬とシャンプーを見た。


「いい加減離れなさいよっ!」
「乱馬っ!」
 落としたデッキブラシを乱馬の顔めがけて突き刺し、もあかねの背中を追いかけ浴室を後にした。けれどあかねは部屋にこもったっきり、出てきてくれなかった。


「タイミングが悪いって言うか、なんていうか…もー!」
 はひとり呻いて頭を抱えた。次から次へと寄ってくる問題に目が回りそうだ。久々にやってきたシャンプーは、乱馬を諦めきれずはるばる中国から恋を求め探しに来たってわけだ。つまりは乱馬のついた嘘も見破られたってことで。


「……はー…」
 重く重いため息を吐くことしか、今のには出来なかった。











2011/6/15 ナミコ