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「ここからの試合はわたくし早乙女の規制によって大体の概要を音声で説明させて頂きます。女体変身などとぬかして、私と瓜二つ、変わらぬ姿でバニーの格好なんかして戦う乱馬は初めの勢いはどうしたものか……………靴先に針を仕掛けたムースに嬲られるようにただでさえ露出の多いバニー服を破かれ取り払われ……………。男との男の闘いってなんなんだってーの!ふざけんな!無防備っつーか、無謀に肌晒しまくってこっちまで視線が痛かったわーーーーーっ!」


、落ち着いて!」


 リング脇で叫ぶの身体を揺らすあかね。


「あかねの電光石火の勢いで、オールヌードは阻止されました。どうもありがとう!」


 半分涙目になりながら、はしっかりあかねの掌を両手で握り締めた。乱馬の身に着けていた衣装がどんどん剥がされていくその様を、お祭り騒ぎに乗じて見に来ていた男子生徒達は食い入るように見つめていた。そして時折乱馬とを見比べる視線があって、終始は居たたまれない気分と羞恥心でいっぱいだった。これが自分の半身ともいえる乱馬でなかったら、きっとは首を絞めて息の根を止めていた。否、本当は今だって戦いの最中であるにも関わらず、は乱馬の首を締め上げたい気持ちでいっぱいだ。
 けれど、それをすんでの所で止めたのは、あかねのナイスな行動あってのものだった。首の皮一枚で繋がっていたと言っても過言ではない、乱馬の腰にまとわり付いていた最後の防波堤は、ムースの釣り針によって冷酷にも取り払われてしまったのだ。…というか、身体一つで勝負するが聞いて呆れる事態じゃないか。のムースに対する同情のようなものも、これにて一切なくなってしまったわけでもあるのだが。




「乱馬の馬鹿!乱馬の馬鹿!乱馬の馬鹿ーッ!!」
 リング脇でぎゃんぎゃん喚いてみれど、聞こえているのかいないのか、乱馬はちらとも顔をこちらに向けない。
(これはもう確信犯だ!はじめっからこうなることが分かっててやりやがったなこんちくしょう!)
 眉間に皺を寄せ口はへの字に曲がったまま、ひどい仏頂面ではリングを見つめた。


「しかしどうして乱馬くんは男になって戦わないんだい?」
「総身猫舌のツボを押されて、お湯にさわれなくなっちゃったんです」
 ふとした疑問を東風が口にし、あかねがそれに答えた。総身猫舌のツボ…そもそもそれこそがすべての原因で、乱馬どころかまでもが恐ろしいほどまでのとばっちりを食らっているのだ。
「総身猫舌?」
「中国四千年の妖怪にしてやられたんですー」
「誰が妖怪じゃっ」
 ぺろっと舌を出し、悪びれなくは顔を突き出した。
「そういうことは、早く言いなさい」
「へ?」
 食えない顔つきで指を鳴らした東風はが問い返すよりも先に、リング間際に後退してきた乱馬の背中を一突き押した。
「なにをしたの、東風先生」
「猫舌破りのツボ…あらゆる動物の中で一番熱さに強い江戸っ子じいさんのツボを押した!」
 江戸っ子じいさん…といえば、だ。お年寄りは熱いお湯が好き、そして江戸っ子とくればぬるいお湯にはつからないの二段攻めで熱さに強い生き物だ。
(なるほど、ということは・だ)


 素早く機転したの頭と、ほぼ同時進行で動き出したあかねはお湯のたっぷり詰まったヤカンを手にしての横に立った。
「とにかく、お湯をかけても平気なのね!」
「乱馬お湯だよーっ」
「そう簡単にさせるか!」
 乱馬を元に戻そうと、は大きく声をあげた。けれど、乱馬を男に戻してしまうと困るコロンは、間髪いれずに邪魔をした。大きく振った杖はヤカンを直撃し、金属製のヤカンは真っ二つに割れ、中に入っていたお湯は無残にも地面に零れ落ちた。
「なにすんのよっ」
「あかねっ、お湯だよ!」
 コロンに反論したところで素直にやめてくれるようなタマではない。は舌打ちし、とっと次のヤカンを持ち出しあかねへと投げ渡した。戦い続ける乱馬たちだけではなく外野もざわざわと騒がしくなってきた。その証拠に、乱馬を男に戻そうと精力的に動き始めたあかねとを見て、野次馬の男子生徒たちがふたりを取り囲み始めた。


「邪魔よっ」
「邪魔してるんだよっ!」
 リングに近付けさせまいと、たむろした男子生徒たちはあかねとの行く手を阻む。対峙してしまえばひとりひとりをなぎ倒すなんて朝めし前だったが、恐るべきは人海戦術か。こうも大人数に壁のように立ちふさがれては身動きが取れなくなってしまう。


「あかね、もう投げちゃえ!」
「オッケー、!」
 狙いを定めて勢いよくあかねはヤカンを投げ飛ばした。ヤカンは一直線に乱馬の頭上に差し掛かり、そのまま落ちれば間違いなくお湯が乱馬にかかる筈だった。
「おっと!」
 想定外だったのは、乱馬がされを避けたことだ。というか、ちょうどムースの大技が乱馬を襲い掛かるタイミングとヤカンの落下のタイミングが運悪くも重なってしまったのだ。
「馬鹿!なんでお湯避けるのよ!」
「蹴りを避けたんだよ、蹴りを」
 あかねの罵詈に冷静な東風の突っ込みが入る。乱馬たちの戦いは佳境に差し迫っているのか、白熱して水を差す暇もなさそうに見えた。


「スキありっ!」
「くっ!」
 大技を放った直後、一瞬生じたムースの隙に素早く回りこんで乱馬は顔面に蹴りを食らわした。その反動でムースの顔からメガネが落ちた。
「メガネが落ちたっ!」
 ムースはどのつく近眼だ。これにて戦況は乱馬の有利になった・と、誰しもが思い、そう叫んだ。けれど、そんなことも想定済みなのか、ムースは煙幕を撒き散らし、その煙の中に姿を消した。


「なにコレっ」
 思い切り煙を吸ってしまったはげほごほと咳き込んだ。そして次いで、自分の意思などおかまいなしに目から零れ落ちる涙に、この煙がただの煙ではないことを知った。
「催涙ガス!」
 誰かが叫んだ・そう思っても、それが誰だかは分からなかった。目に染みるガスに身動きが取れない。外野にいるですらそうなのだから、乱馬なんてこの比じゃないだろう。


「わははは、これであいこじゃ!」
「そこかーっ!」
「ぎゃん!」
 どこから響いたとも分からないムースの声を探って、あてずっぽうに仕掛けた乱馬の攻撃は、危うくの鼻先を掠めた。
「なにすんのよっ!」
 涙でぼろぼろになりながらは乱馬に抗議すると、一瞬申し訳なさそうな表情をした乱馬は、すぐにまたきょろきょろとあたりを窺い始めた。そこでははっと気付く。多分いま、乱馬の一番近くにいるのはなのに、その手元にお湯がない。しまった・と思うが、すぐには先程まったく同じタイミングで行動を共にしたあかねのことを思いついた。
「あかね、お湯っ!」
 言い終わるよりも早く、煙に乗じてヤカンを手にしたあかねがすぐ横から現れ、そのお湯を目の前にいた乱馬へとかけたのだった。みるみるうちに男の姿を取り戻していく乱馬を見て、とあかねは手と手を取り合ってお互いの協力プレーを称えあった。




「乱馬!覚悟ーっ!」


 頭上から空中に響き渡るムースの声が、愚かにもその場所を乱馬へ知らせた。


「秘技、鷹爪拳!」
 まるで鷹の爪のような仕込靴を履いたムースが、獲物を狙うように頭上高くから乱馬を狙っている。あんな爪でひとたまりもなさそうだ・と、は一瞬ひやりとしたが、乱馬はものともせず返し技「焼き鳥固め」で封じた。男に戻った乱馬は女の姿のときよりも更に余裕があるようで、その上拾ったメガネをムースにわざわざ返し、その姿をムースに焼き付けさせた。
「おのれ、やっと男の姿に…」
「見たな」
 にやり・と笑った顔は余裕そのもので。
「じゃあもう寝な!」
 瞬時真剣な顔つきをたたえた乱馬は、繰り出した一発の蹴りでこの戦いを終局させた。地面に落ちたムースは起き上がることなく、倒れたままでいる。


「見事じゃの〜婿殿」
「ざまーみろ、くそババア。猫舌のツボが破れたからにはもーてめーの思い通りにゃあならねーぞ」
 舌を突き出し憎まれ口を叩く乱馬を横に、は心底ほっとして息をついた。
「よかった」
 乱馬が勝ったし、総身猫舌という不安材料もキレイさっぱりなくなって、は胸のつっかえが取れたような気分になった。それに乱馬が勝って一番ほっとしているのはあかねだ。ポーカーフェイスでなんでもないように振舞っているように見えるけれど、若干嬉しそうな顔をしているのはの気のせいではないはずだ。
「よかったよかった、一件落着だねぇ」
 なんて気楽に言ったら、実に複雑な顔をした東風がひょっこりと顔を出し、とんでも発言をぶち落としていった。


「…言いにくいんだが、乱馬君。江戸っ子じいさんのツボは、一度突いたら二度と効かないんだよ」
「なっ…!」
 なにそれっ!という叫びは声にならなかった。タイミングよく崩れた天気が雨を降らし、乱馬は女には獣に変わり、獣の鳴き声がグラウンドに響いたのだった。そして顔面蒼白の乱馬は暫らく固まったまま、動かなかった。













2012/2/6 ナミコ