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「くそばばあ〜〜〜〜ッ!!!」




 空をつんざく怒号、それからプールに落下する乱馬、続いて大きく立ち上がる水柱。…夏になった。
 ありったけの怒りを込めて叫び声をあげた乱馬は勢いのまま、飛び込み台からプールの中へと落ちていった。豪快な水柱をあげ、撒き散らされた水しぶきから身を守るように遠く距離を置いたはプールサイド脇のベンチに腰をかけた。さんさんと照りつく太陽が肌を焼き、とても暑い。暑いけれど、水に触れると不便な身体になってしまうは、その暑さをじっとこらえてやり過ごしている。


「……あっつーい…」
も泳げばいいじゃない!」
「いや、それはちょっと…」
 クラスメイトたちは水の中できゃっきゃっと涼んでいたが、は羨望の視線を投げかけるだけにとどまることしか出来ない。じわりと滲む汗をタオルで拭い、のぼせそうになりながらベンチの上で膝を抱えた。


「それにしても乱馬君とって、ほんとーによく似てるわねー」
「並ぶと見分けが付かないわよ」
「並んでてもあかねはどっちがどっちか見分けてくれるよ?」
「さっすが許婚ってこと?」
「そうです、ご馳走様なんです」
 茶化したように言い放ったの一言にクラスメイトの女子…あきこたちは甲高くきゃーっと黄色い声をあげた。なんだなんだと一瞬にしてプールにいたクラスメイト達の視線が集中したが、割って入ったあかねの「そんなんじゃないわよ!」によって注目の視線は散らされた。


「ねーあかね、乱馬君いつ男に戻るの?」
「さー、私に聞かれても」
「俺ずーっと女のままでいいと思うけど」
「そんなん私が嫌だよ。嫌、ぜーったい嫌!」


 無責任なクラスメイトの発言も既に耳にタコだ。私とあかねは肩をすくめて顔を合わせる。




「そういやは泳がないの?」
 暑くない?とクラスメイト達はせっつくが、にとって水は相性が悪い。呪いがかかる前は泳げないわけではなかったけど、今となっては獣になったら泳げないわ可愛い水着は意味をなくすわでどうしようもない。


「ふ…!プールサイドで夏を堪能しているからいいのよ!」


 でもこれはただの強がりである。くっそー、可愛い女の子の姿のままで泳ぎたいわ!というのがの正直な気持ちである。どうしようもないけどねー。




「ぎゃーっ!わーっ!」




「なになに、どうしたの?」
 突然響いた乱馬の間抜けな叫び声に、はプールを覗き込む。端から端までものすごいスピードで往復して泳いでいる乱馬の後ろを、見覚えのある華奢な白猫が追いかけていた。


「シャンプー」
 ほとんど同時にその名を呟いたあかねとは顔を見合わす。都合よくもふたりの足元に勢いよく突っ込んだ乱馬は頭を強く打ちつけ目を回したので、はそれを引き上げた。だが、数十センチ先には猫シャンプーである。引き上げすぐに距離を取ったに代わり、あかねがシャンプーを引き上げた。


「あ、チャイム」
「で、なんの用かしら」




 都合よくこれで本日の授業も終わりだった。あかねが話かけても、猫のままでは言葉はわからない。お湯が必要なようなので、これまた都合よくはヤカンを取りに行ったのだ。






***






「で、なんの用なのー?」
 おそるおそる猫シャンプーにお湯をかけると、みるみるシャンプーは人の姿を取り戻した。言葉を発したあかねは腕を組んでおり、ちょっと威圧的だった。


「大歓喜的いい話持てきたね!乱馬の総身猫舌なおす画期的丸薬が存在するね!」
「本当かっ、シャンプー!」
「嘘言う目違う」


 たしかにシャンプーの目は真剣で、まっすぐ乱馬の目を見ていて偽りがなさそうだった。とあかねが黙っていると、シャンプーは口火を切ってその丸薬の詳細について話し始めた。


「不死鳥丸?」
「不死鳥って、あの炎の中から蘇るって言う?」
「熱さに強いチャンピオンね」
「どこにあるんだそれはっ!」
「ひいばあちゃんが持ってる」
「よおーし、行くぞ!」


 なんともあきれるぐらい安直な乱馬の行動である。疑うってことをしらないのか…呆れては溜息をついた。あかねも同様半信半疑の面構えだ。たしかにシャンプーが嘘を言っている様には見えなかったが、それでもすべてを信じるにはまだちょっと早いんじゃないのだろうか。息巻いて今にも走り出しそうな乱馬の首根っことっつかまえて引き止めたあかねは、疑い深くシャンプーに視線を移した。




「…シャンプー、あんたなんでこんなこと教えてくれるの?」
「お前は女を口説く気になるのか変態娘」
「誰が変態娘だっっ!」
「………なるほど、乱馬にべたべたいちゃいちゃしたいけどってやつね!」
「そのとおりね!」


 スゴクわかるわっ!だって確かにPちゃんとべたべたしてるのと良牙君といちゃいちゃしてるのって重みが全然ちがうものっ!


「………」
 あかねがちょっと冷たい目で見ていたけど、は知らないふりをした。
 あかねも素直になればいいのにね!






***






「ばばあいるかーっ!」
 4人で連れ立ってコロンが経営する中華料理屋へ行くと、着くなり乱馬がまるで強盗にでも入るかのように乗り込んでいった。呆気に取られたのは一瞬で、その次の瞬間には乱馬は店外へ飛ばされていた。さすが甥ても武芸の達人である。
「あいやあ」
 負けじと再度踏み込んでいくが、またまた派手な音と共に乱馬は飛ばされてきた。
「やっぱりひいばあちゃんには敵わないあるな」
「なんのまだまだ…ん?」


 乱馬の目は宙に飛ばされながらも一点を捉えた。それは猫飯店入り口ドアに張られた張り紙である。ウェイトレス募集と書かれた張り紙を見て、乱馬は大きく声を張った。
「これだあっ!」


「まさか乱馬、バイトする気なの?」
「ったりめーだろ!内側から攻めて奪ってやるぜっ!」
「…ウェイターじゃなくてウェイトレスだよ?」
「わーってるっつーの!」
「プライドはどーした」
「男に戻れるならなんでもすらぁ!」
「じゃあ私と婚約すればいいね」
「それとこれとは話が違う!」


 いや、ちがくないでしょーが。というの声は胸の中にしまっておく。元もとの論点はそこだった。でもって乱馬の負けず嫌いが絡んで複雑になった。
 でもでもでも、だ。それ全部取っ払って見るとさ、結局乱馬は許婚は自分で選びたいのよね。


「すきって言っちゃえばいいのに」
 あかねにね。
 乱馬の背中を見つめるは溜息をひとつ零したのだった。













2012/12/29 ナミコ