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「お、ウナギじゃねーか」
「患者さんに貰ったんだよ」

 東風先生の治療院の庭先で、水張ったたらいの中にたくさんのウナギが泳いでいた。物珍しく乱馬が覗き込んでいると「天道さんにおすそわけ」と、ウナギを分けてくれた。

「ありがとう東風先生!ちゃんとかすみさんに渡しておきますねっ」
「えっ、いや、そんな……」
 もじもじと、かすみさんが出ると途端に普段の名医っぷりがどこかへ行ってしまって、別世界を見てるかのような振る舞いになってしまう。乱馬が抱えた金魚鉢に次から次へとウナギを放り込んでいってしまったり…これが恋のなせる技なのね、とは思いながらまじまじと遠巻きにその様子を見ていた。

「東風先生、かすみさんいないから。今は」










、お前も変なこと言うのやめろよな」
「そういうつもりじゃなかったんだけど―――ま、うなぎいっぱい貰えたからいいじゃない」
 えへへ、と笑いながらと乱馬は軽快な足取りで家に向かっていた。
「まったくお前は…ん?」

「乱馬、覚悟ーっ!」
 怒声が横から響き渡ると同時に、鋭い蹴りが乱馬を襲う。けれど乱馬はそれをするりと交わして、その上良牙へ軽口を叩いた。
「よ、良牙。1週間の遅刻だな」
「わ、良牙君!おかえりー」
 ひょい、と乱馬の横をすり抜けて、は良牙へと駆け寄った。だいぶ久しぶりにあった大好きな人に、の心臓は跳ねあがる。
ちゃん!」
 それは良牙も同じなようで、やや紅潮した頬、彼氏だというのにぎくしゃくとした少し緊張したようなしぐさに、はなお一層愛しさがこみ上げた。

「あの、これ、おみやげ」
「わーありがとう!」
 山で修行していたって聞いていたのに、たくさんのお菓子や佃煮や民芸品を渡されて、思わずはクスっと笑ってしまった。たぶんこのお土産ぶんくらい、いつだって両手いっぱいの気持ちを抱えていてくれるんだなって思ったからだ。
 ああ、ちゅーしたい。今すぐ、ちゅって、ぎゅーって。
 そんな気持ちを込めて熱っぽく良牙を見ていたら、良牙もやっぱり同じように熱っぽくを見つめていた。

「おいこら、お前ら」

 乱馬の声にハッとなって、良牙とは目を逸らす。
 そうだった。乱馬がいたんだった。残念、と恨みがましく乱馬を睨んだが、乱馬はそんなのおかいまいなしに(むしろ拍車をかけて?)良牙に発破をかけた。

「おめーにしちゃ早く帰ってきた方か」
「ふっ、命日が一週間も伸びたんだ。感謝しな、乱馬」

 す、との背中を押して、乱闘の起きるべく場所から遠のけられる。

「いくぞっ!」
 間髪入れずに拳を繰り出し、乱馬に怒涛の攻めを味合わせるが、乱馬は軽くそれを交わして、あまつさえ「届け物の途中だ」と、余裕さえ見せている。
 拳も蹴りも全部避けられてしまっているけれど、愚かなる恋フィルターにかかればどんな姿もにしてみればカッコイー上に胸きゅんきゅんなのだ。

「良牙、動きが鈍くなったな」
 あっという間に距離を詰めて乱馬優勢、むしろ手玉に取ってるんじゃないかってくらいで、の頭はちょっと疑問符がちらほら出だした。
 おかしい、だって乱馬と良牙君は今までほぼほぼ互角で、力では良牙君、速さと巧みさで乱馬が得意っていう感じだったのに。今日はずべてにおいて乱馬が上回ってる、そんな雰囲気。

「ふざけるな、貴様!」
「やっぱり鈍い」

 ばしっと、一発良牙に拳が入り、今までとは圧倒的な速さで勝負に決着がついてしまった。

「あら、良牙君」
「あかね」

 偶然通りがかったあかねを前に、運が悪くも噴水に落ちてしまいそうになっている良牙。

 一瞬時間が止まってしまいそうな感覚に陥るが、サッとその窮地に救いの手を伸ばしたのは乱馬だった。
 良牙の鼻をつまんで、それでも水に落ちないように静止して――――でも、そのやり方はちょっと意地悪だな、とは思った。

「またケンカしてんの?しょーがないなー」
「しょーがねーだろ、良牙がつっかかってくるんだから」

「ちょっと、ちょっと乱馬」

 が話しかけても無視である。ひどい。いくらあかねに気を取られてるからって、「離してあげてよ」と近づくも状況を打破しようと暴れる良牙も知らないふりをしようというのか。
「ほのやろうっ!!」
 勢いあまって蹴りを繰り出す良牙には「恩知らず」とまで言って良牙の手と足を結ぶように絡ませてしまった。

「ちょっと乱馬ってば!」
「ときにあかね、Pちゃんは見つかったか?」
「捜してるけど全然…なによいきなり」
「会わせてやろうか」
 ぱっと乱馬が手を放し、良牙が落下する―――「なーんちって」と、今度は足を伸ばし、絶妙なバランスで良牙を支えるけど――――。

「乱馬」
 ぷっちん、との中で何かが切れた。グッと良牙を引き寄せて、蹴り飛ばす。
「弱い者いじめするんじゃない!」
 と、あかねの一撃も相まって乱馬は空へと飛ばされた。
「乱馬の意地悪意地悪!!!」
 あっかんべーして見せたけど、懲りてないらしい乱馬は体制を立て直し言い返そうとしたけれど、あかねが投げたテニスラケットに追い打ちをかけられて黙った。

「乱馬のばか!」
「少しは手加減すればいいのに…」
 あかねと二人そろって良牙を介抱しようと、絡まった手足をほどこうとするが、うまくいかない。
「この関節が…」
「こっちかなぁ?」
「んもー、わかんない!」

 ふう、とあかねがため息をついた。
「あのね、良牙君。とにかくもう乱馬にケンカ売らない方がいいわよ。乱馬のやつ、シャンプーのおばあさんにいたぶられてるうちに強くなっちゃったのよ」
「いやいやいや、たしかにそうかもしれないけどっ!良牙君だって充分強いし!乱馬はこう…運がいいっていうか、意地悪なとこがあるから―――じゃなくてぇ…」

 フォローがフォローになってない。というか、にとってはどっちが強いかなんかどうでもいいのに、でも乱馬と良牙はどうでもいいわけじゃないから………ああもうなんて言ったらいいのかわからない!

「ちくしょーーーー!」

「あ、良牙君!」

 追いかけたくても、今のじゃ何を言っていいのかわからない。を守ってくれるっていう大好きな人は今、打ちひしがれていて、の慰めの声なんか届かないのだ。久しぶりに会えて嬉しかったのに、こんな気持ちになるなんて、せつなくて、悲しい。
 はぐっと唇を噛みしめて、泣きそうになる気持ちを抑えた。










「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!乱馬の野郎!!」

 町はずれの空き地の壁を思いっきり拳で打ち付けても、良牙の悔しい気持ちはちっとも晴れやしなかった。あんな、無様な姿をやあかねに見られて、男としてのプライドはボロボロだった。

「相当こっぴどい目にあわされたらしいのう…もう一度話がしたくてな」

 まるですべてを見ていたかのように、つい数時間ほど前に会ったコロンがそこに、立っていた。
 シャンプーのばあさんて確か…。
 ふ、と数時間前の自分を振り返って、良牙は自嘲するするとこう口を開いた。

「俺も…あんたに会いたいと思っていたとこだ」

 と。










2017/6/18 ナミコ