03





「まったくもー。夏休みだってのに、なんで私が」

 晴れやかな空の下、どこかの山中の川のほとりで、照りつける太陽とは裏腹に不服そうなあかねが薪を割りながらつぶやいた。



「乱馬君の修行に同行し、飯炊きをすること!」
「花嫁修業になるわよあかね」


 と、早雲とかすみにせっつかれ、拒否する暇もなく同行させられた。
「な〜にが花嫁修業よ」

 ふん、とあかねは何もかも投げ出したいような気持ちで淡々と薪を割り続ける。「も行こう」と誘ってはみたものの、この間からは不機嫌で、しばらく乱馬と顔を合わせてもそっぽを向く始末だ。乱馬はいつものことだからなんていって、大して気にも留めていないけど、ははっきりこう言った。

「この間の件で私もちょっとぷっつん切れた。しばらく乱馬の顔は見たくないからついてかないし、用事があるから当分家には帰ってこない」

 詳しいことは言わなかったけれど、あかねには大体のことは想像がついていた。このあいだの良牙のことに間違いないだろう。
 大体乱馬ってば最近あのおばーさんのせいで腕をあげちゃって、おばーさんには敵わないにしろ同世代の人間相手には敵なしでちょっと調子に乗ってる感はあるのだ。そもそも褒めてもおだてても謙遜どころか調子乗っちゃうタイプだからなぁ。

「はー…」



 ため息をついた森の奥の奥では、乱馬と玄馬が小競り合いにも似た応酬を繰り返していた。





「なんで断らなかったんだよクソおやじ!女連れで修業ができっか!」
「お前の作るメシはまずい!」
「お互いさまじゃねーか!」

 けっ、と舌を出して乱馬は玄馬を挑発する。
「おのれ!そもそもお前がとケンカなんぞせんかったらよかったんじゃ!」
「ケンカなんざしてねーよ!が一方的にヘソ曲げてるだけだ!」

 玄馬の拳をするりと避けて、木の上に着地する。額に青筋のっけた玄馬は忌々し気に乱馬を睨んだ。

「偶然じゃの、婿殿も修行か」

 ひょい、とどこからともなく現れたコロンが、長い杖の切っ先で乱馬の背中をなぞりあげた。あまりの気持ち悪さに背中に悪寒が走り、思わず乱馬の力が抜ける。

「また出やがったなクソババア!」
「誤解するな、婿殿にちょっかい出しに来たわけではない」

 にやり、とコロンが笑う。

「せいぜい修行に精を出すことじゃな。すぐに効果を試すときが来る」
「なにいってやがるんだ?」
「また会おう」



 踵を返したコロンは颯爽と木から木へと飛び移り森の奥へと消える。同じ山で修業とは、まるでおあつらえむきじゃないか。
 乱馬たちが拠点とするキャンプ地のやや北の位置にコロンは向かうと、たき火めがけて軽快に降り立った。

「婿殿がおったぞ」
「え、乱馬たちもこの山きてるんだ」
 しかめっつらでたき火に薪を投げ込んだのは。あかねの誘いを蹴って家を出たの用事とは、これだった。あの日追いかけられなくて、でもやっぱり気になって街をうろうろしてたら偶然聞こえた良牙とコロンの会話―――。

「私もその修行に付き合う」

 と、迷いなく言葉にしてた。力になれるかはわからないけど、何もしないままじっとしているよりはいいかと思ったから。

「おあつらえ向きじゃろう、わしが鍛えれば婿殿も一筋縄ではいかんじゃろうて」
「えーえー、そうでしょうとも」
「よし、それでは手始めに…」


 どん、と横綱級の大きい岩を目の前にして、コロンは良牙にこう言った。
「この岩を砕いてみい」
「なんだとう?」

 ぽいぽいぽい、と一口大に切った野菜と肉を煮立った鍋の中に放り込みながら、は二人のやり取りを覗いていた。

「くだらねえ。どんなすげえ修行するのかと思えば…でいやっ!」

 力任せに振り下ろした拳で、良牙は目の前の岩を真っ二つに割って見せた。おお、とは感嘆の拍手を小さく良牙に送った。

「こんなもんだ」


 だがコロンは表情ひとつ変えることなく「誰が割れといった」と良牙に言った。
「わしゃ砕いてみろと言ったんじゃ」



 一瞬目を細めて、つい、とコロンが人差し指で岩を突く。勢いなんてない。ただ、そっと触れるように触っただけだった。
 でも次の瞬間、ボン!とまるで爆発でもしたかのように岩がはじけ飛び、その言葉通り粉々に砕かれた。

「すごーい」
 思わず拍手する同様、眼前で見せられた良牙も、驚きのあまり声を失っていた。
「どうじゃ、この技覚えてみるか?」
「すげえのは顔だけじゃないんだな、ばあさん」
 真実心から出た言葉だったのであろう。でもそれにはいささか失礼すぎた。コロンは額に青筋を立て、真剣な面持ちの良牙をポカリ!と殴ったのであった。


「ときによ」
「ん?」
「わしの目に狂いが無ければ、今クマに持ち去られたのは今晩の食材じゃなかろうか」
「えっ!?あ!きゃーーーー!」

 コロンに指摘され振り返ると、けっこう大柄なクマが食材の入るリュックを背負って走り去っていくところだった。
 慌てては立ち上がり、追いかける。

ちゃん!」
「やれやれ…お主は修行の続きじゃ、バカモノが」












2017/6/23 ナミコ