05






 じりじり太陽が照り付ける夏の山中、四肢の自由を奪われ指一本のみ自由にできるようにされた良牙が、ロープに縛られ木から吊るされていた。

「はああ〜…」

 意識と力を蓄え集中し、真剣な眼差しで捉えているのはひとつの大岩。そちらもロープに吊るされ振り子のように良牙めがけて突進してくる!

「でやーーーー!」

 思い切りよく指を突き出すが、良牙の指はぐきっ、と恐ろしい音を立てて曲がっただけで、大岩にはなにも起きなかった。それどころか、振り子の原理で勢いよく突進してきた岩は、そのままべちん!と良牙にぶち当たった。
 指先のみの自由しか許されていない良牙は無様に大岩にたたきつけられ、一瞬意識を飛ばした。

「やれやれ…何度言ったらわかるんじゃ。ツボを突くんじゃよ、ツボを!」

 ひょい、と岩に飛び乗ったコロンは、良牙に見せつけるように岩の「ツボ」らしきものにつんと触れた。瞬間、大岩がはじけ飛ぶ。

「いでででで!」




「岩が粉々に…!」
 コロンの技を初めて目の当たりにしたあかねは、緊迫した表情でそれを見ていた。
「恐ろしい技だわ…もしも良牙君があれをマスターしたら…乱馬は……」
「スプラッタになっちゃうかもね」
 ふん、と鼻をならして、は野菜の入った籠を地面におろした。
「さー、今日もカレーよ。心得てる?野菜は均等に切る。隠し味は大さじ2杯まで。はい復唱!」
「や、野菜は均等に、隠し味は大さじ2杯まで!」
「はいけっこう、じゃー野菜切ろう」
「えい!」

 だん!だん!とものすごい力を込めて野菜を切る…いや、たたっきるあかねに目を見張る。
「力入れすぎ…まな板割れるよ」
「だって加減が!」
「ちょっと押すくらいでいいの!あと別に急がなくていいから」
 とんとんとん、と今度は規則正しい音が聞こえて胸をなでおろすのもつかの間。炒めようとすれば、どう手がすべるのか油をドボドボ、水を入れてと言えば分量以上、ルーを入れておしまい、のはずが調味料を入れたそうにうずうず「大さじ2杯まで」といったものの、なんで大さじがお玉一杯に変わるのか、は見てるだけで料理する以上にどっと疲れ果てた。

「なんで…?」
「教えてもらった通りにやったわよ!」
「やってないよ!全然違うよ!!」

 ああもうどうしたらいいんだろう、とが頭を抱えていると、うしろからどて、と何かが倒れる音がした。

「…………」
「…………」

 お玉を片手にすくったカレーを口にして、ひくひくと痙攣している乱馬――――やっぱりまずかったか、とは心の中でつぶやいた。だってお玉一杯酢、入れてたもんね。

「なにしに来たのよ」
「ま…」
「まずいと思うなら最初から食うなっ!」
「それもそうだ」
 はー、と大きなため息をついては二人を見る。
「うまかろうがまずかろうが、どうせあかねの手料理食べに来たんでしょ」
「ちがーわい!」
 なにが違うんだ。わざわざ覗きに来ちゃって、違うも違くないもあるか。
「なんじゃ婿殿、偵察に来たのか」
「別にー」
 良牙をずるずると運んで、コロンが下に降りてきた。どうやら良牙は気絶してしまったらしい。

「良牙君!」
 は駆け寄って良牙を抱きかかえた。
「大丈夫!?かわいそうに…」
 どん、と乱馬を突き飛ばしてあかねもこちらに駆け寄った。もの言いたげな目で乱馬はこちらを見ているが、乱馬の性格じゃ何も言わないだろうな、とは思った。
「わははは、ふられた〜!ふられた〜!」
「わはははははは!」

 わかりやすいほどわかりやすく、コロンが乱馬をからかうが、乱馬はへともしない表情でむきになって答えた。
「帰ろ」
「んー?いいのか?本当は許婚を迎えに来たんじゃろ?」
 未練なくすたすた乱馬は歩くが、ちら、とあかねを振り返って口を開いた。
「ちょっと心配だっただけだよ」
「え…」
 意味深にじっとあかねを見る乱馬。だけどたぶん、こういう時の乱馬はだいたい皮肉を言うときなんだってことを、は知っている。

「あかね…」
「…なによ」
「くれぐれも食あたりさせるなよ、勝負の日は近いんだから」
 やっぱりな、と的中した事態には心の中で舌を出す。その余計な皮肉が無かったら、あかねのこと連れて帰れたにちがいなのに。

「なんの心配をしとるんだお前はーーーー!」
 どーんっ!と乱馬を蹴り飛ばし、あかねは乱馬を退散させてしまった。
「行ってしまった。薄情な婿殿じゃのー。どうじゃこの際良牙に乗り換えたら」
「ちょっと!あのねー良牙君はわ・た・し・と…」
「余計な事言うんじゃねーよ、ばーさん」
 の言葉をさえぎって、気が付いたらしい良牙がコロンの言葉を制止する。まだよろよろと不安定な体幹だが、良牙の目の奥は熱く燃えていた。

「いいか、ばあさん俺はな、乱馬を倒すことしか考えてないんだよ!!」



「良牙君必死ね……」
 ぽそり、と呟いたあかねは不安そうにの服の端を掴んだ。あんなに言われたにもかかわらず、結局のところあかねは乱馬の心配をしてるのだ。ばかばかしい。夫婦喧嘩は犬も食わない、の典型じゃないか。
「そんなに心配だったら乱馬のとこいって応援してあげればいいじゃない」
「それは…」
「あかねも乱馬もほんっとーに素直じゃないよね。…でも悪いけど、今回私は良牙君が勝つって思ってるし、そのための協力は惜しまない。邪魔だってさせやしないんだから」
 にっこり笑って、でも確かな意思ではあかねに自分の意志を表示する。「だから、ね?」と、あかねの作ったカレーの入った鍋をどん、と置く。
「これはあかねが自分で食べて」
「え、ちょっと!なんで!」
「身から出たサビっていうでしょ。責任は自分で取ろ」
 有無は言わせないからねって、ダメ押しで突き付ける。あかねはえらく慌ててるけど、人に食べさせておいて自分は食べないってのは私、ダメだと思うのよね。

「うう…おいしいって言ってくれる人に食べてもらうもん!」
「お世辞…っていうか、嘘つくよりまずいって言いながら食べてくれる人のが誠実だと思うけどね」

 食べてたみたいだし、乱馬。昨日のあのまずいカレー。ごはんせびりにきた親父に聞いた話なんだけどね。

「それにもしもそんな人がいたとして、その人と結婚したとしたら、そのまずい料理、自分も食べることになるんだからね」
「ぐっ…」
 ま、私もちょっと手伝ってあげるから…と本当は嫌だけど、良牙君に食べさせるくらいなら自分がっ!っていう自己犠牲の精神のもと、はあかねの料理の犠牲になる道を選んだ。












2017/6/23 ナミコ