恋と喧嘩はマイエラの華 2






「……っはぁ、」

 ぞくぞくと背中を駆け上がる震えに眉をひそめながらしがみついた。
 ひとまとめに掴まれたふたりぶんの熱をすりあわせているその手。先走りのもので白く滑る潤滑油となっている筈なのに、それはひどく緩慢な動きしかしない。
 意図してそうしているのだろう、きっと。火照り、戸惑う心と身体に身を捩じらせながら見上げた彼の顔は、ひどく楽しそうに笑みをたたえていた。
 もっと強い刺激が欲しい、と腰が揺らめくのは無意識の意識下であって故意ではない。本能から求めるそれを、彼は与えながらどこか見下して一歩線を引いた向こう側で客観視している。

 肌を合わす、交わる、求め合う。
 相手がいてこそのそれを、まさに行っている最中でさえ認めないその気高さは実に愚かで神聖なものに見えた。

「や、…っと、もっ…と、」
「なにがもっとだと言うのかな」

 この切羽詰った痛みにも似たものを彼だって抱えているはずなのに、それでも彼は先を急がない。
 欲しい、と口にした。だから与えてやるのだ。自分がそれを望んでいるわけではない。それが彼であり、常であった。どこかまだひどく清純な潔癖さを持っていて、穢れを嫌うと言うにはその表現は生易しく、まるで憎んですらいそうな思いは誰も愛さないと、愛すはずがないのだと言い訳するみたいに固く込められ滲み出ていた。
 これは性交。まぎれもないそれを頑なに認めない彼はどこか異常で、ずる賢かった。エイトが求めているから与える。エイトがマルチェロを求めているから相手になる。すべての行動の主語はエイトに、そしてエイトによって関係がもたらされていると設定し、それを歪めない。

 達したい、弾けたい。もっと、気持ちよく。
 望みを伝えれば、そうか、ならばと緩慢な動きはあきらかな意思を持って蠢きさらなるものを与える彼は、熱に浮かされたエイトから見ればひどく滑稽なものにも思えた。
 いいや滑稽と思われているのはエイト自身か。この熱の交わりに背筋を震わす冷たさで交わっているのだから、きっと。
 愛してるとも、好きだとも言わぬ彼はただ一言、「祝福を」と呟いてくちづけを贈る。

 それだけが、ただ、交わりに相応した熱を伴っていたんだ。










 深夜をすぎる修道院の廊下は、灯籠の灯火と月明かりだけで照らされる。ひたり、と一歩足を踏み出すごとに冷えた空気は流れ、気配をそっと運んでいく。もしも見張りがここにもいたら、とうに気付かれ不振がられていただろうに。幸運にも深夜の見張りはオディロ院長住まう離れのみに配置されているだけだったので、いつも深夜に不定期に抜け出すことをエイトはいまだ誰にも見咎められずにいた。
 もっとも、それを計らっての団長の意図であろうことは承知の上だったけれども。

(少し、寒い…)

 温暖な気候の下にそびえたつ修道院とはいえ、秋も終わりに近づく頃。夜となればいっそう冷え込み、外気に晒される皮膚から容赦なく体温を奪う。吐き出す息が白く変わるのようになるのも、もう間もなく訪れるだろう。
 いつまでも、こんな寒いところ…と思っても自室に戻る気もなく、睡眠をとるにしても冴えた頭はそれを受け付けそうにない。ならば少しだけ夜の空気を吸ってみようかと、その足は階下へと向かった。

 きっと、月はキレイだろう。こんなに寒いのだから。

「さっ、む…」
 誰にも気付かれないようそっとドアを開けると、その隙間からぴゅうと入り込んだ風が顔にうちつけた。冷えた風はそんなに強くもないくせに、痛みすら与えて中へ消えていく。
「わー、」
 案の定、見上げた月は美しかった。銀の月や星たちが暗い空に散りばめられ、ハッキリと見える。これからどんどん空のものは美しくなる。凍えるように冷えた空気が夜に訪れ世界を美しいものに変えるからだ。

「この月夜を授けた父なる神に、感謝を」

 神に祈りを捧げる気持ちはどこまでも純粋に流れる水のようで。その水がなにもかも神の子が抱くもののすべてを流すわけでもなく、清めるわけでもないけれど、それでもと思ってしまうのは人の性なのであろうか。祈りは懺悔に、懺悔は罪を洗い流し清らかでいたいと思う。

 人は胸に海を抱いているという。身に染みついてしまったものを完全になくすことは出来ず、薄めても薄めても決して零にならない。色濃くするのも、薄めるのも、その人次第なのだと。抱いた海は人それぞれで、それを背負って生きろと神は仰るだろう。
 抱き合うことを穢れだとは思わない。そのたびに刻まれていく業を、身をもってして覚えていこうと。それがいつか、彼らを業から開放する手助けになればいいと、そう思って。

 大切だと、かけがえがないのだと、今も昔も変わらず胸は訴える。業を刻まれるたび、あの兄弟の業を深めていることを知ろうとも、刻まれていくものを捨てることは出来ない。もっと深く、離れぬように、ふたりを傷つける棘となっても、血が流れ、じくじくと膿んで、腐り果てても、捨てないと思う心はもう底なし沼のように深く、足を捕らえている。
 どんなに憎み、蔑み、嫌って遠ざけようとしても、断ち切ることの出来ない兄弟という鎖を羨んでいるのだろうか。記憶も何も、自分すら忘れたものにとっての言いようのない世界からの疎外感をずっと感じていたから。あのふたりの手だけが、自分を世界にとどめるすべてだと言うように、離れられない。

「ハッ…、」
 流れるように頭をめぐった思いにエイトは自嘲した。夜は闇の力に呼応し、それにあてられた魔物たちは凶暴性を増し人を襲う。
人の心も、魔物の心も、根底は同じもの。狂気を孕んだ生き物であるということに、なんら変わりはない。

「夜は怖いなあ」
 狂気を孕んだ思いを抱えていた自分を気付かせる闇。目を閉じれば闇はすべてに広がり光を喰らい尽くす。その闇に蓋を閉じるように、忘れるように、目を開ければ、銀の。


 月ひとつ。






 



正直、なんでこんなシリアス!?と頭抱えてます…
だって見るからにパロディなタイトルのくせに!!

2005/1/5 ナミコ
2005/9/25 加筆修正